事例:E‐101
フロートバルブシート固定ねじ緩め方向のナメと錆について |
【整備車両】
GSX250RCH (GJ72A) GSX-R250 推定年式:1987年 参考走行距離:約18,100km |
【不具合の状態】
フロートバルブシート固定ねじが著しくナメており,同時に錆が発生していました. |
【点検結果】
アイドリングから中低速にかけて吹け上がりが悪く力不足であるという症状を訴えられたお客様のご依頼を承り,
メガスピードにてエンジン圧縮測定等を行い,燃料系統に不具合があると判断して整備を行いました.
この車両は量販店で数年前にキャブレータをオーバーホールしたということですが,
ニードルジェットに亀裂が発生していたり ※1 ,パイロットジェットが詰まっていたり ※2 ,
フロートチャンバ締め付けねじ溝が破損していたり ※3 ,
スロットルバルブシャフトのシールが破損していたり ※4 ,
ピストンバルブに欠けが発生していたり ※5 と,各所に不具合が発生していました.
この事例では,ナメていたフロートバルブシート固定ねじについて記載します.
図1.1 ナメているフロートバルブシート取り付けねじ |
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図1.1はフロートバルブシート廻りの様子ですが,シートを固定するねじの頭がナメていて,
表面に著しい錆が発生していることが分かります.
更にねじのナメ具合を詳細に分析すると,左回転すなわちねじを緩める時に大きくナメていることが分かります.
つまり,この3mmというバイクの中では最も細く弱いトルクで締め付けられているねじを緩める時に,
頭をナメてしまう程の力が必要であるということは,かなり強力に固着していた可能性が極めて高いことを意味しており,
固着が発生していたとすればそれは長期動かされていなかったことが第一に考えられ,
長期間在庫であったという販売元の量販店の発言と一致します.
問題は,量販店がキャブレータをオーバーホールしたとする結果が“これ”であるということです.
もし量販店の作業者がオーバーホールする段階ですでに取り付けられていたねじがナメていたとすれば,
当然この状態までナメているねじは再使用せずに交換することが求められますし,
推測通り量販店の作業者が固着していたねじを取り外す際にミスしてナメていたのであれば,
尚更新品の交換して組み付けるのが筋です.
ここまでナメているねじを再使用するという判断は理解し兼ねると同時に,
“オーバーホールしました”と言われて,中身がこれではあまりにも気の毒であるといえます. |
【整備内容】
各所分解洗浄が完了し,組み立ての段階でフロートバルブシート固定ねじを新品に交換しました.
図2.1 トルクドライバによるフロートバルブシート固定ねじの締め付け |
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図2.1は精密検査を終え,フロートバルブシートの固定ねじを締め付けている様子です.
トルクドライバを使用し,ねじ径に対する標準締め付けトルクを参考に雌ねじの材質等を含めた総合的な判断を行い,
最適なトルクで締め付けました.
図2.2 規定トルクにて締め付けられたフロートバルブシート固定ねじ |
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図2.2は新品のフロートバルブシートに新品のフロートバルブシート固定ねじを取り付けた様子です.
洗浄されたキャブレータそのものの光沢とシートやシート固定ねじの金属の輝きが共演し,
非常に美しい,いわば部品そのものの鮮やかさを楽しむことができるようになりました.
もちろんフロートチャンバで蓋をしてしまえば中身を見ることはできません.
しかし中身がこの様に美しくなっていることが分かっていれば,
その車両に乗る喜びもまた質の違ったものになるはずです. |
【考察】
キャブレータをオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)した,
という表現を使用する場合は,その語句に見合った内容でなければなりません.
特に精密機械である気化器のトルク管理は重要であり,トルクドライバを使用した正確なトルク管理は必須です.
そこが素人整備かどうかの分かれ目の初歩的な第一段階であることに異論はありません.
この事例ではフロートバルブシート固定ねじが緩み方向に大きくナメていたことから,
オーバートルクで締め付けられたか,あるいは環境が劣悪で完全に固着していたものを無理に緩めようとして,
未熟な作業者がナメてしまったものであるといえます.
しかしねじの径を考えれば,正しいトルクで締め付けられていれば,頭をナメようがありません.
つまりこの点も,正しいトルク管理が必要であることを示しています.
また量販店がナメたねじを再使用していることも憂慮しなければならないといえます.
ねじにこの様にナメが発生していたり錆びていたりすれば,私の視点で見れば交換しない理由はどこにも見つかりません.
確かに量販店であれば、いちいち細かなねじを注文して新品に交換するコスト等かけずに,
そのままどんどん進めてしまうという経営方針があるのかもしれません.
しかし明らかに大きくかたちが崩れる程ナメているねじを再使用するなどという選択肢は極力避けるべきであり,
例えそのねじを注文した場合,入荷して組み立て完了までに数日かかってしまうとしても,
やはりそれはやらなければならないことだといえます。
私は一液性、二液性問わず塗装された美しい部品はもちろんのこと,
それと同様,あるいはそれ以上に金属の光沢が好きです.
材質そのものの美しさもさることながら,メッキされたものや鏡面研磨されたもの,そして鈍く光る中にも味わいのある金属.
その点も含めてメガスピードでは整備を承る箇所に関しては、
なるべくねじやボルトに関しては新品に交換することをお勧めしています.
それは機能的性能の向上が主目的であるのは確かですが,
錆びていたねじやボルトが新品になると,まったくその取り付け部品の見た目が変わり,非常に美しくなるからです.
部品を再使用する場合に比べて,新品に交換するとなると,部品代以外に,
部品確認・部品注文・入荷部品の検品・請求書の作成・取り付け等といった労力,
コストが大幅に増えますが,その価値は十分にあるといえます.
機械に心はありません.人が機械に心を入れるのです.
それは機械が心を持つという意味ではありません.
手入れをしてまばゆい光沢を放つ機械を見て,
ああきれいだなとその人の心が動かされたとすれば,
それは機械が人に感動を与えた,すなわち機械が心をもったことになるのです.
※1 “使用に伴うニードルジェットホルダの亀裂と空燃比の崩れについて”
※2 “始動系統及びパイロット系統の詰まりによる始動直後及び低速の燃焼不良について”
※3 “フロートチャンバ取り付けねじ溝のねじ切り破損について”
※4 “2バレル2キャブレータ式スロットルバルブ廻りのオーバーホールについて(気化器の型式:BSW27)”
※5 “劣化したニードルホルダとピストンバルブの欠けについて”
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