事例:E-107
始動系統及びパイロット系統の詰まりによる始動直後及び低速の燃焼不良について |
【整備車両】
GSX250RCH (GJ72A) GSX‐R250 推定年式:1987年 参考走行距離:約18,100km |
【不具合の状態】
始動直後は4番シリンダが燃焼していない状態でした.また低速トルクが細くなっていました. |
【点検結果】
この車両は各所分解整備のご依頼をいただき,メガスピードにて整備を実施したものです.
始動直後に4番シリンダが燃焼していないことや,低速トルクが細いという症状が発生していた為,
その点検から開始しました.
エンジン内部の圧縮は最低限必要であるラインは十分に超えていたことを測定により確認し,
スパークプラグキャップが抜けかかっていたものの ※1 ,点火系統には大きな異常がないことから,
燃料系統の点検を行いました.
図1.1 燃焼不良が発生していたと考えられるスパークプラグ |
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図1.1はエンジンの圧縮測定を行う際に取り外したスパークプラグの様子です.
プラグは燃焼状態を確認する為の重要な手掛かりのひとつになります.
画像左から1番シリンダプラグ,2番,3番,4番シリンダの順に並べてありますが,
まず1番と3番のガスケットが脱落していることが分かります.
通常はこのガスケットが脱落することはないので,
締め付け不良等を含めた何らかの不具合が発生していた可能性は否定できません.
次に,3番シリンダプラグが突出して煤だらけになっていることが分かります.
碍子も完全にカーボンで覆われていることから燃焼温度が自己清浄点まで達しておらず,
燃焼不良が発生していた可能性があります.
3番のみ著しい錆が発生しているのは,ラジエータホースから漏れ出した冷却水が流れ込んでいた可能性があり,
4番シリンダにも錆が発生していることが分かります.
これはいわゆるフラッシュ現象の発生原因になる為,その結果3番のみ燃焼不良が発生してカーボンが碍子部に付着し,
それ以降は短絡により正常な燃焼温度まで加熱されていなかった可能性も考えられます.
またその他のプラグも碍子部が全体的に黒味がかっていることから,
燃焼温度が理想よりも低い値を示していたと推測されます.
番手は標準の8番であることを念頭に,これらの状態を不具合の判断材料として保持しました.
図1.2 完全に通路の詰まっている4番パイロットジェット |
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図1.2はキャブレータのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施した際に発見した,
完全に通路の詰まっている4番シリンダを担当するパイロットジェットの様子です.
このキャブレータは数年前に他店でオーバーホールされたということですが,
その後も放置等はせずにお客様は乗られていたということなので,
実働の車両のキャブレータが数年で詰まることは考えられません.
というのも,実際に残りの3つのパイロットジェットは正常に通路が貫通しているからです.
すなわち他店でこのパイロットジェットの詰まりを見逃されたか,
何らかの原因で4番のみ詰まってしまった可能性があります.
しかしこのキャブレータBSW27型は2バレル方式であり,3番と4番は共通して同じ燃料供給を受けている為,
4番が詰まるとすれば,当然3番も同等になる可能性が極めて高いといえます.
ですが3番は何も異常がないことから,消去法的に考えれば4番は最初から詰まっていた,
すなわち他店で見逃されたか,点検しなかったという結論が導かれます.
図1.3 スタータジェットの詰まっているフロートチャンバ |
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図1.3はスタータジェットすなわち始動系統における燃料供給通路が完全に詰まっている3番4番シリンダの,
いわゆる右側のフロートチャンバの様子です.
左側のフロートチャンバのスタータジェットは詰まっていなかったことから,
何らかの原因により,右側のフロートチャンバの始動系統が詰まった可能性があります.
これにより,始動直後に4番シリンダが燃焼不良に陥っていたのは,
チョーク機構が働いていないことが原因であったと考えられます.
以上により,4番シリンダパイロットジェットの詰まりと,3番4番シリンダのチョーク機構の詰まりが原因で,
始動直後や低速時に燃焼不良が発生していたことが裏付けられました.
図1.4 異物の堆積している右側フロートチャンバドレンボルト |
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図1.4は右側のフロートチャンバのドレンボルトを取り外した様子です.
フロートチャンバ内部もこれと同じ物質が底に溜まっていました.
ここで重要なのは,右側のフロートチャンバのみにこの堆積物が確認できたということです.
燃料タンクから落下する燃料はホースを通してキャブレータに一本で接続される為,
燃料タンク内の錆であるとすれば,左側のフロートチャンバにも同じような堆積物が発生しているはずですが,
実際には右側のみしか確認できませんでした.
このことは,この堆積物がタンクから流れ込んだのではなく,最初から存在していたことになります.
これはお客様が購入された時点で車両が長期保管状態であったという内容と一致し,
その時に堆積した汚れであると推測されます.
すなわち他店でキャブレータをオーバーホールしたとされた時点ではすでに存在していて,
右側はほとんど何も見ていなかった可能性が極めて高いといえます.
そしてこの堆積物が右側のフロートチャンバ内部のスタータジェットや,
4番シリンダパイロットジェットを詰まらせていたと結論付けられます.
またこの堆積物が磁石に反応しないことから錆等ではなく,長期間で熟成されたガソリンの一部であると判断できます.
図1.5 取り外したフロートバルブシート及びフィルタ |
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図1.5は取り外したフロートバルブシートに取り付けられている燃料フィルタの様子です.
樹脂部の変色具合や,フィルタも目の粗い金網であることから判断するとおそらく車両発売当時のものであるといえます.
フロートチャンバのガソリンの堆積物は,フロートチャンバ内部で生成されたものであると考えられますが,
この目の粗さではフィルタというよりもストレーナという方が正確であり,ろ過能力は期待できません.
図1.6はパイロットスクリュを取り外し内部を点検している様子です.
砂の様な細かいゴミが4気筒すべてに堆積していたことから,通路が狭められていた可能性があります.
またスロットルバルブシャフトキャップは著しく赤く錆びていた為,
内部のシールやスロットルバルブ廻りの状態の悪化が懸念された為 ※2 同時に整備を実施しました.
図1.7は燃料タンク内部を点検した様子です.
確認できる赤いものは表面に発生している錆であり,
浮遊していないことから直ちに燃料系統に流れ込み不具合を発生させる可能性は少ないといえます.
図1.8 燃料コック付属フィルタに堆積しているゴミ |
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図1.8は燃料タンクから取り外した燃料フィルタ及びコックASSYの様子です.
フィルタ付け根にゴミが堆積しているのが確認できますが,
これは錆ではなく,おそらく燃料キャップから混入したゴミであると考えられます.
しかしキャブレータのフロートチャンバ内部に堆積していたものとは異質であることから,
少なくとも燃料タンク内のゴミはこのフィルタで正常にろ過されていた可能性が高いといえます. |
【整備内容】
不具合の主要因であるパイロットジェットやスタータジェットの詰まりの発生を解消することから整備を開始しました.
図2.1は詰まっていたフロートチャンバスタータジェットの通路を開通した様子です.
中央に光が確認できます.
このジェットはフロートチャンバ内部に埋め込まれている為,洗浄するのが難しい個所であるといえますが,
この穴ひとつで3番4番と両方のシリンダへ供給するチョーク系統の燃料通路として非常に重要な部位であり,
脱着が困難である部類に属するジェットであることから,作業中の破損は許されず,一層正確な整備技術が求められます.
図2.2は新品のパイロットジェットの様子です.
図1.2と比較すれば穴の状態は明確であり,新品の穴の状態を整備技術者自ら肉体化し,
それにより逆に詰まりの程度をしる判断材料にする必要がある為,
製品の検品の意味も兼ねて,私は必ず新品でも穴の状態を確認,記憶する動作を行います.
図2.3 改良されている新品のフロートバルブシート付属燃料フィルタ |
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図2.3は新品のフロートバルブシートに取り付けられた新品のフィルタの様子です.
図1.4の取り外した古いフィルタと比較すれば分かる様に,新品のフィルタは材質が樹脂に変更され,
目の細かさも遥かに緻密になりろ過能力が向上している,つまり改良されていることが分かります.
図2.4はスロットルバルブ廻りをオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)し,
キャブレータボデーを洗浄して新品の内部構成部品を取り付けた左側の様子です.
右側も同様に整備,組み立てを行い万全を期しました.
図2.5は新品の燃料コックとフィルタASSYの様子です.
タンクからの汚れは新品のフィルタにより十分にろ過されることが期待できます.
また取り外した古いコックにPRIすなわち常時落下の設定があるのに対し,
新品ではなくなっていることから,おそらくフロートバルブが衰損した場合における,PRIでの燃料落下,
車両火災を避ける為に改良されたものであると推測されます.
図2.6 燃料ラインに新設されたろ過能力の高いフィルタ |
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図2.6は燃料コックとキャブレータ間に社外の燃料フィルタを増設した様子です.
今回は特にろ過能力の高いタイプのフィルタを選定しました.
これにより,燃料タンク,燃料タンクからキャブレータ間,そしてキャブレータ内部のフィルタという,
3重のフィルタにより,キャブレータのフロートチャンバに供給される燃料はクリーンであることが確保されました.
やはりキャブレータをオーバーホールして内部がきれいに洗浄された場合は,
汚れやゴミが混入すれば不具合の再発が懸念される為,同じことを繰り返さない為にも,
可能な限り燃料ラインをクリーンにしなければなりません.
図2.7は燃料コックと燃料フィルターを接続した様子です.
実際の試運転においてフィルタの増設により燃料供給が不足することなく,正常に走行できることを確認しました.
図2.8は試運転を50km程行い,取り外した新品のスパークプラグの焼け具合の様子です.
標準プラグ【NGK LR8A】での試運転の結果から熱価が低いと判断し,
ひとつ上の冷え型のプラグ9番に相当するイリジウム【NGK CR9HIX】を取り付けました.
図1.1の入庫直後に取り外したプラグは煤だらけでしたが,
燃料系統の整備が行われすべてのプラグで碍子が完全に焼け切れていることが分かります.
この結果は特にイリジウムによる自己清浄性能の優越さを示しています.
また始動後の燃焼点検において,チョーク系統を使用した場合と,
チョークを使用せずにアイドリングした状態すなわちパイロットジェット及びバイパスポートのみ使用した場合の,
2パターンの点検を実施しました.
どちらにおいても燃焼不良を発生していた4番シリンダは完全に燃焼しており,
その他の3気筒もすべて問題ないことを確認して整備を完了しました. |
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