事例:E-105
2バレル2キャブレータ式スロットルバルブ廻りのオーバーホールについて(気化器の型式:BSW27) |
【整備車両】
GSX250RCH (GJ72A) GSX-R250 推定年式:1987年 参考走行距離:約18,100km |
【不具合の状態】
中低速にパワーがなく,始動直後は4番シリンダが燃焼していない状態でした. |
【点検結果】
この車両はお客様のご依頼によりメガスピードにて各所分解整備のご依頼を承ったものです.
キャブレータのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を行った際に,
パイロットジェットやスタータ経路が詰まっていたり ※1 ,
フロートバルブシート固定ねじがナメていたり ※2 ,ニードルジェットホルダに亀裂が発生していたり ※3 ,
フロートチャンバ取り付けねじ溝が破損していたり ※4 ,
ピストンバルブが欠けていたり ※5 ,様々な不具合を確認しましたが,
ここではキャブレータのスロットルバルブに関して記載します.
GJ72A型に搭載されるキャブレータは2バレル2キャブレータ式(気化器型式:BSW27)であり,
ひとつのキャブレータで2気筒分の燃料供給を行う方式になっています.
その為スロットルバルブはひとつのキャブレータに2つあり,特に精度が求められる構造になっています.
図1.1はエンジンから取り外したキャブレータの様子です.
まずボデーに関してはアルミニウム合金の著しい腐食はそれ程見られないことから,
比較的天候に影響されにくい環境での保管が維持されていたと見ることができます.
しかし,錆の発生する鉄鋼材を使用した箇所は錆が確認できました.
図1.2 錆の発生しているスロットルバルブリターンスプリングや同調調整スクリュ |
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図1.2は錆の発生しているスロットルバルブリターンスプリングと同調スクリュの様子です.
この車両は数年前に他店でオーバーホールされたということですが,この錆びている部分の位置が,
上は燃料タンク,下はエンジン,左右はカウルで守られている位置にあることを考えると,
数年間で形成された錆とは考えにくい為,
他店でのオーバーホール時には何もされず,そのまま取り付けられてしまった可能性が高いといえます.
図1.3 極度に錆びているスロットルバルブシャフトカバー |
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図1.3は極度に錆びているスロットルバルブシャフトを密封しているカバーの様子です.
この部品は圧入されていて,通常の整備では取り外されることがほとんどないことから,
まったく手入れがされずに部分的に錆びてしまっている事例が少なくありません.
このキャブレータも他店でオーバーホールされた際には例に漏れず,
この部分に関しては何も整備作業が行われなかったものであるといえます.
私の個人的な立場でいえば,錆に対する極度の嫌悪・拒絶意識が高い為,
せめてオーバーホールしたというのであれば錆取り,防錆処理等はやっておくべきだといえますが,
なかなか他店でそこまでやるところは少ないのかもしれないという疑念を払拭することができないのは残念です.
しかし,今回の整備ではそれがむしろ幸いだったといえるのは,
このカバーの錆の状態から,内部のスロットルバルブシャフトのシールに,
おそらく劣化や破損が発生しているであろう推測ができたことに他なりません.
図1.4 キャブレータボデーから取り外された左スロットルバルブシャフト |
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図1.4は1番2番シリンダを受け持つ左側のキャブレータから取り外されたスロットルバルブシャフトの様子です.
シャフトのシールが劣化・退色していることから,
シールそのものはおそらく発売当時のものであると推測されます.
図1.5は図1.4のシャフトシール内側の様子です.
黄色の四角Aの部分すなわちシャフトの接触リップ部が破損していることが分かります.
また全体的に劣化によりゴムが硬化していて追随性や密封性能が低下していることが確認できました.
これはキャブレータボアに二次エアの吸い込みを発生させ,
空燃比の狂いによるアイドリング不良を引き起こす大きな原因のひとつになるおそれがあります.
図1.6 経年劣化により光沢がなくなり傷の発生しているスロットルバルブ |
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図1.6はシャフトから取り外したスロットルバルブ(#95)の様子です.
大きな破損はないものの,材質の劣化により全体的に色が鈍くなり,表面に細かな傷が発生していることが分かります.
図1.7はスロットルバルブの取り外されたメーンボア上部の様子です.
バイパスポート周辺が汚染されていることが分かります.
性能の低下に影響している割合はわずかであると考えられますが,見逃すことはできない汚れであるといえます. |
【整備内容】
取り外した部品やキャブレータボデーを洗浄することから整備を行いました.
図2.1はキャブレータボアを洗浄し,表面をμ単位で研磨した様子です.
汚染されたいた部分がなくなり,全体的に光沢が蘇りました.
これにより,一層スムーズな混合気の流れが期待できます.
この部分はスロットルバルブがある為通常では洗浄や研磨を行うことは難しいといえますが,
今回はシャフトを抜いている為,表面を整える作業を実施することができました.
図2.2 点検洗浄,研磨されたスロットルバルブシャフト軸受け |
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図2.2は点検洗浄及び修正研磨を行ったスロットルバルブシャフト軸受けの様子です.
摩耗はほとんどないものの,表面が荒れていた為,修正研磨を行い均一に整えました.
BSW27型のキャブレータの場合,特別に設計された軸受けがなく,
ハウジングが直接シャフトを支える軸受けの役割も担っている為,この部分の摩耗の点検が非常に重要になります.
図2.3 点検洗浄,研磨されたスロットルバルブ廻りの部品 |
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図2.3はスロットルバルブ廻りの部品を点検洗浄し,錆取り,防錆研磨等を行い,個々の部品の性能を復元した様子です.
まずスロットルバルブに関しては,絶版であることや,取り外した部品にわずかな表面の傷がある程度であり,
歪みや変形,欠け等がないことから,表面の修正研磨を行いました.
鈍い黄土色だったものが鋭い金色になり,4気筒分すべて光沢が復元され,非常に美しく仕上がっていることが分かります.
次にリターンスプリングはすでに絶版であることや,単体で検査を行ったところ,錆による肉痩等が見られないことから,
錆取を行い,防錆処理,表面研磨を行いました.
図1.2において錆びて真っ赤になっていたリターンスプリングが見事な輝きを取り戻していることが分かるだけでなく,
錆による巻き線間の抵抗摩擦が軽減されたことにより,巻き戻しの性能が向上しました.
そしてスロットルバルブシャフトに関しては,歪みや摩耗の検査を行い問題がないことを確認して,
防錆,研磨を行い本来の性能を引き出すべく再生されました.
図2.4は新品のスロットルバルブシャフトとキャブレータハウジングを密封するシールの様子です.
取り外した古いシールが破損している上,劣化により硬化していたのに対し,
新品のシールは柔軟性があり,シャフトやハウジングになじみやすく密封性能が高いことが分かります.
図2.5 キャブレータボデーに取り付けられたスロットルバルブシャフトとシール |
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図2.5はキャブレータにスロットルバルブシャフト及びシールを取り付けた様子です.
点検整備された軸,軸受けに新品のシールを取り付けたことにより,本来の性能を取り戻しました.
図2.6 スロットルバルブシャフトに取り付けられたスロットルバルブ |
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図2.6は整備されたシャフトに修正研磨したスロットルバルブを正確に取り付け,固定ねじに抜け止めを施した様子です.
スロットルバルブをシャフトに固定するねじは,吸気通路の中に唯一存在する脱落の可能性が否定できない部品であり,
新車出荷時の状態でもそうである様に,固定ねじの脱落防止加工を施し,万が一ねじが緩んでも,
絶対にエンジンの中に吸い込まれない様に施工しなければなりません.
BSW27型キャブレータは2バレルであり,一本のシャフトに2つのバルブが取り付けられることから,
それぞれのバルブ開度を調整することができない為,
この段階で完全に近いレベルで同調が取れていることが求められます.
それを決定づけるのは部品の精度が重要であることはいうまでもありませんが,
スロットルバルブの組み付け技術による部分が非常に大きいといえます.
今回の事例ではシャフトカバーに著しい錆が発生していた為,合わせて新品に交換しました.
非常に美しい輝きを放っていることが確認できます.
図2.7は図1.2とほぼ同じ角度から撮影した,
オーバーホールの完了したキャブレータスロットルバルブリンケージ廻りの様子です.
本来の性能を取り戻せたばかりでなく,
防錆研磨を行ったリターンスプリングやスロットルバルブ同調スクリュ等が金属光沢を放ち,
新品に交換された燃料ホース,そのクリップ,各部スクリュ等の美しい輝きに魅了されないわけにはいきません.
図2.8 オーバーホールの完了したキャブレータ(エアクリーナ側) |
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図2.8はオーバーホールの完了したキャブレータをエアクリーナ側から見た様子です.
このアングルではスロットルバルブリンケージは奥まっている為,リターンスプリング等しか見えませんが,
垣間見える部分からも十分に機械的美しさが伝わります.
新品に交換されたピストンバルブやスロットルストップスクリュの輝き,
修正研磨されたブラケット等からもその眩しさを楽しむことができます.
図2.9 オーバーホールの完了したキャブレータ(エンジン側) |
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図2.9はオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したキャブレータをエンジン側から見た様子です.
スロットルバルブの閉まりが均一であることが分かると同時に,その新品の取り付けねじを含め,
まさにメカニカルな機能美,金属光沢,理路整然とした中に見える美しさ等を兼ね備え,
見ているだけで欲しくなってしまう程非常に美しい輝きを放っていることが分かります.
これにより,回復した走行性能を楽しむことができる様になったばかりでなく,所有する喜びも一層大きくなったといえます. |
【考察】
スロットルバルブ廻りをオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)する大きな目的は,
① スロットルバルブの点検整備
② スロットルバルブシャフトの摩耗及びシールの密封性能の点検整備,リターンスプリングの点検整備
③ キャブレータボデーの点検整備
の大きく3つを挙げることができます.
このうち②のシール性能の点検は最も重要であり,シャフトが摩耗していたり,
シールが破損していればアイドリング不良等の引き金になりかねません.
またリターンスプリングが錆びていれば,当然スロットルレスポンスがスポイルされます.
スロットルバルブ廻りのオーバーホールは高度で正確な分解整備技術が要求されます.
今回の事例ではシャフトカバーの錆の具合から,おそらくシャフト内部は一度も整備されておらず,
シールの劣化が予測された為,キャブレータのオーバーホールに際し,
スロットルバルブ廻りまでオーバーホールを行いました.
結果的に4か所すべてのシールが硬化しており,その中の1か所は破損していました.
リターンスプリング側のシールはスロットルバルブシャフトを引き抜かないと交換することはできません.
その為にはスロットルバルブを取り外す必要があり,
実際にはリターンスプリングを含めたASSYとしてすべてが分解整備の対象になります.
リターンスプリングの錆の除去や防錆処理,表面研磨は本来のスプリングの性能を引き出し,
スロットルレスポンスの向上に大きく影響します.
また今回の整備においてはキャブレータオーバーホールと合わせてスロットルワイヤも新品に交換したことにより,
錆取り,防錆処理を施されたリターンスプリングや動きのスムーズになったスロットルバルブにより,
より鋭いスロットル操作が約束されました.
キャブレータのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)というのであれば,
私の見解では常にこのレベルの水準が求められると考えております.
それを実現させるべく,メガスピードでは最高水準の技術を追求し,
可能な限り充実したサービスを提供させていただいております.
※1 “始動系統及びパイロット系統の詰まりによる始動直後及び低速の燃焼不良について”
※2 “フロートバルブシート固定ねじ緩め方向のナメと錆について”
※3 “使用に伴うニードルジェットホルダの亀裂と空燃比の崩れについて”
※4 “フロートチャンバ取り付けねじ溝のねじ切り破損について”
※5 “劣化したニードルホルダとピストンバルブの欠けについて”
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