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事例:146

M10サイズのスパークプラグの締め付け限界とその実験検証について


【実証実験】

 M10のスパークプラグにおける締め付けトルクの限界を測定してデータを得る為,

CBR250RR (MC22) のシリンダヘッドを使用して実験を行いました.

使用したスパークプラグはともにNGKの製品である,

GSX400R (GK71B) 用のCR8HSA及びCBR250RR (MC22)用のCR9EH-9の2種類です.

GSX400R (GK71B) 用のプラグを使用する目的は,プラグの固着していた事例
※1 に対する参考の為,

またCBR250RR (MC22) 用のプラグを使用する目的は,

シリンダに対応したプラグがどの様な結果をもたらすかを検証する為です.

①CR8HSA ②CR9EH-9 の順番で実験を行いました.



図1.1 CR8HSAを使用したオーバートルクでの締め付け実験

 図1.1はCR8HSAをシリンダヘッドに取り付け,オーバートルクで締め付けている様子です.

どんどん締め付けていき,最大トルクが20N-mになった付近で急に抵抗がなくなりプラグが空回りしました.

これは何かがねじ切れたことを意味し,実際の整備でこの様な手応えを感じた時が一番嫌な瞬間です.



図1.2 シリンダヘッドの一部が詰まっているねじ溝

 図1.2はシリンダヘッドのプラグホールをねじ切ったスパークプラグの様子です.

ねじ溝中央の銀色の部分は,ねじ切れたシリンダヘッドのアルミニウム合金がねじ溝に詰まったものです.

CR8HSAを使用した実験の結果,スパークプラグが破損する前に,シリンダヘッドのねじ溝がねじ切れました.

つまり締め付けトルクの負荷に対してシリンダヘッド側が負けてねじ溝が破損したものであるとえます.

最大トルクが20N-m付近であることから,正規の約2倍程度の締め付けであり,

ともすればこの様なトルクは容易に発生することから,M10のスパークプラグの締め付けは慎重に行わなければなりません.

勘に頼ったいい加減な素人整備による取り付けが極めて危険であることが良く分かる結果であるといえます.



図1.3 CR9EH-9を使用したオーバートルクでの締め付け実験

 図1.3次の実験ではシリンダと同じCBR250RR (MC22) に使用されているスパークプラグCR9EH-9で実験を行いました.

どんどん締め付けトルクを大きくしていき,最大トルクが約28N-m付近で空回りしたところで,

シリンダヘッドあるいはスパークプラグのどちらかが破損したと判断して実験を終えました.



図1.4 接地電極を含むねじ山の脱落

 図1.4はプラグ碍子部から分離した接地電極を含むねじ溝の様子です.

碍子部を含めてスパークプラグの中身がなくなってしまっていることが分かります.

シリンダヘッド側のねじ溝は負荷に持ちこたえたものの,スパークプラグ側が限界を超えて破損していました.

CR8HSAに比べてCR9EH-9はねじ溝上部を含めた距離が長い為,

その差がプラグ側に回ったか,シリンダ側に影響したかの分かれ目になった可能性がないとは言い切ることができません.


 しかしどちらの実験でも30N-mに満たないトルクで不具合が発生している為,

誤った締め付けが容易にシリンダヘッドのねじ溝を破損させてしまうことが理解できるといえます.



図1.5 プラグホールに折れ込んだ接地電極

 図1.5はシリンダヘッド上側からプラグホールを見た様子です.

ねじ溝最下部で接地電極が折れ込んでいるのが確認できます.



図1.6 切断した接地電極と碍子の露出したスパークプラグ

 図1.6はシリンダヘッドから抜き取った接地電極と,破損したスパークプラグの様子です.

スパークプラグは碍子部が丸出しになっており,上部で電極を含むねじ溝が切断していることが分かります.

今回はシリンダヘッドが単体であることから,

接地電極の取り外しはどの方向からも十分な力を加えて抜き取ることができましたが,

車載の状態ではかなり難しいといえます.

つまり,シリンダヘッドのねじ溝が破損した場合でも,プラグが破損して接地電極が折れ込んだ場合でも,

余程位置と空間に恵まれた環境である車両でない限りは,

エンジンを取り外さなければならないという事態に陥ることを示しています.



実験検証】

 シリンダヘッドのプラグホールに対するM10のスパークプラグの締め付けにおいて,

NGKの場合,メーカー推奨締め付けトルクが約10N-m~12N-m程度となっています.

これに対して今回の実験では20N-mでシリンダヘッドのねじ溝をねじ切ってしまうという結果が得られました.

すなわち10N-mでいえば約2倍,12N-mでいえば約1,67倍程度の締め付けトルクでシリンダヘッドが破損することになります.


 ここで問題にしなければならないのは,締め付けトルクそのものが10N-mという比較的小さい数値であることから,

その倍の20N-mという数値は,少し力が入り過ぎれば,容易に達成できる締め付けトルクであるということです.

したがって,トルクレンチを使用して正確にプラグを締め付けることは必須の条件であり,

破損をおそれて締め付けが弱くなったり,締め付けが強過ぎてねじ溝を破損させたりする事態を回避する必要があります.

またプラグの固着により異常なトルクをかけなければ取り外せないといった状況
※1 に陥ることも極力さけるべきであり,

その為にも正確かつ定期的な点検整備が求められます.


 今回の実験ではCR8HSAを使用した場合には過大な締め付けによりシリンダヘッド側が破損し,

CR9EH-9を使用した場合の過大な締め付けではプラグ側が破損しました.

どちらのケースにおいてもエンジンを取り外さなければ抜本的な修正は難しいといえ,

いかに適切にスパークプラグをエンジンに取り付けることができるかが“カギ”になります.

プラグの締め付けという行為そのものは素人でも誰でもできます.

しかしそれが優れた取り付けであるかどうかは結果を見れば一目瞭然であり,

特に脱着が困難な部位にあるエンジンこそ意識的に正確にプラグを取り付けなければなりません
※2


 優れた整備技術者である条件のひとつとして,私は“ものが壊れる限界を知っている”ということを挙げます.

今回の事例ではM10におけるスパークプラグの締め付けの限界を数値として明らかにしました.

しかしそれだけでは“知っている”ということにはならないのです.

例え今回の締め付けでシリンダヘッドやプラグが20N-mで破損するということが分かっても,

20N-mというトルクがどのくらいの体感なのかを把握していなければ,その数値は何の意味も成しません.

すなわちトルクレンチの表示と己の感覚が一致してこそ初めて正しい締め付けが可能になり,

どちらかが異常を検知した場合にはそこで緊急停止できる能力いわば二重の対策が必須なのです.

トルクレンチの表示を鵜呑みにしてはならず,ましてや己の感覚にのみ頼るのは愚かであり,

その双方がともに正常であると判断できる時にのみ正確な締め付けが完了するのです.

“知っている”とは何か.

それは体で覚えているということです.

どれくらいの力を加えたら物が壊れるか,それを把握しているということです.

もっと突き詰めて言えば,己の腕にかかっている工具先端に発生している曲げモーメントの感覚と,

実際のトルク数値が一致しているということです.

例えばボルトに関していえば,この手応えは折れ込む危険性がある,とか,これ以上締めたらボルトが折れ込む,といった,

感覚的な経験の蓄積が非常に大切になります.

なぜなら疲労しているボルトと新品のボルトでは粘りが全くことなり,数値として同じトルクをかけても,

折れ込む場合と持ちこたえる場合が明確に分かれる程,個々の状態により,結果が異なる
※3 からです.

したがって,もちろん数値としての知識を持ち合わせているのは当たり前の前提条件であり,

それに加えて自分の体が優れた感覚器官であることが重要なのです.


 精肉店の主が秤を使用せずに肉を持っただけでグラム単位まで重さを計る能力を身につけているのと同様に,

優れた整備技術者である為には,知識のみならず,まさに己の肉体を秤とする能力が求められるといえます.





※1 “プラグホールに堆積した砂利と強固に固着したプラグの取り外しについて”

※2 “スパークプラグの締め付け不良とエンジン型式MC14Eのプラグホールについて”

※3 
“金属疲労によるエンジンマウントボルトのねじ切れについて”





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