事例:138
ピストン及びシリンダの縦傷によるエンジン出力低下について |
【整備車両】
RG250EW-4W (GJ21B) RG250Γ(ガンマ) 4型 推定年式:1986年 参考走行距離:約3,900km |
【不具合の状態】
2番シリンダに複数の深い縦傷が発生していて,出力の低下に影響している状態でした. |
【点検結果】
この車両は他社から中古で購入されたお客様のご依頼により,素性が分からない為,
公道を走行する前に万全を期したいというご要望から各所分解整備の実施をメガスピードにて承ったものです.
今回の事例では,エンジンオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施した際に整備した,
ピストンやシリンダ廻りについて記載します.
図1.1 エンジン台に設置された素性の分からない中古エンジン |
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図1.1はエンジンを車体から取り外し,専用のエンジン台にエンジンを設置した様子です.
走行距離がメーター表示約3,900kmですが,
実際には中古であれば内部を分解してみなければ正しい判断をすることは不可能であると言い切ることができます.
したがって当然私の判断からすれば,中身を確認していなければ,
“走行距離4,000km程度!まだまだこれからのエンジンです!”などとは言うことができないのです.
それが言えるのは正しい知識のある整備技術者がすべてを分解整備してからです.
いくら走行距離が4000km未満であっても,発売から何十年も経過していればゴム部品はすべて“アウト”であり,
金属部に関しても極端に錆びていたり,オイルを切らせたままで5kmも走行すればやはり“アウト”なのです.
実際にこの車両に関しても,シフトシャフトが曲がっていたり ※1 ,
リヤブレーキマスターシリンダから液漏れが発生していたり ※2 ,
キャブレータ内部が詰まっていて始動できなかったり ※3 と,危険な事象も含めて様々な不具合を内在していました.
よって公道を安心して走行したいというお客様による整備のご依頼は,非常に賢明な判断であったということができます.
図1.2は取り外した2番シリンダピストンの様子です.
周囲に縦傷が発生していて,特に吸気側に著しい傷が見られた為,
接触するシリンダ側にも損傷があることが推測されます.
図1.3は取り外した2番シリンダの様子です.
表面をわずかにホーニングし,深い縦傷を鮮明に表示しました.
指で触っても明らかに溝が深いことが分かるレベルで傷が発生している上,
特に排気側に多数の縦傷が発生していました.
例え走行距離が4,000km未満のエンジンであっても,
この様にシリンダに深い縦傷が無数に発生しているようでは何の価値もありません.
つまり,走行距離はあくまで目安であり,本当に必要な情報はエンジン内部に隠されていることを意味しています.
これは中古車両のエンジンは常に分解整備の実施が要求されると換言することができます.
私が個人的に乗る為に発売から10年以上経過した中古車両を入手した場合は,
必ずエンジンを含め,外部から見えない箇所のオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施してから乗ります.
その為のコストを惜しむ理由はどこにも見当たりません.
本当に安心してバイクライフを楽しく送るのであれば,実際にその目で内部まで確認する必要があるのです.
それ程,私は中古部品あるいは他人の言葉,他人の仕事というものを信用しておらず,
究極の領域になると,“もはや自分以外は信用できない”という次元に達します.
当然それでは社会生活が成り立たないので,いかにして“信用できる相手”を選べるかが,
質の高い生活を送る上で非常に重要なファクターとなります. |
【整備内容】
今回の整備では,供給のあるピストン及びピストンリングは新品を使用し,
絶版であるシリンダは中古良品を使用する段取りになりました.
図2.1はお客様に用意していただいた良質の中古シリンダの様子です.
わずかに浅い縦傷が発生している箇所があるものの,全周にわたり状態が良く,錆もない為,
良好な結果を得ることが期待されます.
リードバルブや排気バルブの分解整備を含め,各部の状態を詳細に点検し問題ないことを確認して使用しました.
図2.2は新品のピストンの様子です.
ピストンリングも新品に交換することにより,状態の良くなったシリンダとの密封性能の向上を見込むことができます.
同じRG250ΓでもGJ21A型すなわちエンジンJ201型と,GJ21B型のエンジンJ202型では,
一見同じ様に見えるピストンでも,リングのストッパピンの位置設計が異なります.
図2.3 新品のピストン及びリングに組み付けられた中古シリンダ |
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図2.3は新品のピストン及びピストンリングに状態の良いシリンダを組み付けた様子です.
今回の整備ではエンジン全体一式分解整備を実施した為,
動力発生部のみならず,包括的にリフレッシュした状態で安心してライディングを楽しめるようになりました.
図2.4はオーバーホールの完了したエンジンの状態を車体搭載前に測定し,
各部の最終確認を行っている様子です.
圧縮圧力は左右とも約950kPa以上あり,非常に良好であるということができます.
図2.5 オーバーホールの完了したエンジン (J202型) |
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図2.5はオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したエンジン(J202型)の様子です.
車体に搭載して実際に試運転を行い,始動性や加速性能,異音の有無等すべてにおいて問題がなく,
状態が良好であることを確認して整備を完了しました. |
【考察】
車両の走行距離など何の意味もないことは,この事例を理解することが出きれば十分に認識することが可能であるといえ,
過走行は問題外であり,走行距離が少なくても,中古車であれば過去は推測することしかできない為,
実際の車両の状態を知るには分解整備を実施する以外に手立てがないことが分かります.
この事例では走行距離に対して比較的多くの傷がシリンダに発生していました.
これは出力の低下やプラグのかぶり,始動性の悪化等の原因となります.
それは分解整備を実施したからこそ分かり得た情報であり,少ない走行距離を鵜呑みにして何もせずに車両に乗れば,
何だか思ったより加速が悪い,という感想や,Γの加速はこの程度,あるいはΓのみならず,2ストはかぶりやすい等,
といった誤った情報に基づいて車両を判断してしまうといった致命的な誤解を招かざるを得ません.
それはその様な車両に乗ってしまった方の人生そのものが不幸であるというだけでなく,
それを伝え聞いた,あるいはネットで鵜呑みにしてΓを敬遠してしまった方にとっても同等であるといえ,
やはり正しい判断には十分に性能を発揮した車両に乗る必要があります.
その為に整備というカテゴリが存在するのです.
圧縮のあるエンジンであれば,その他電気系統や燃料系統が適切であれば気持ち良く加速し,
始動が良いのはもちろんのこと,かぶりも生じません.
未整備で性能の発揮されていない車両に乗ってそれを評価することは,
大昔世界チャンピョンになったことがあるという経歴をもった,
病気で入院中のおじいちゃんと本気でファイトするのと同じくらい滑稽なことです.
そのおじいちゃんの強さを正しく評価するのであれば,過去に戻って全盛期の彼と対決しなければなりません.
中古バイクにもそれと同じことが言えるのです.
正しく評価するのであれば,整備により新車に可能な限り近づけた状態にする必要があります.
確かに中古車市場で並列2気筒のGJ21A,GJ21B型のΓは求めやすい値段になり下がってしまっていますが,
所詮中古車は値段なりの性能しか発揮していません.安い物はそれなりです.値段には必ず理由があります.
もし安くて良い物があるとすれば,それは一般のお客様が購入される前に,業者が仕入れで持っていくはずです.
例えば100円のジュースが85% OFFの15円で売っていたら,
それはもはや腐る寸前,あるいはすでに腐っているかもしれないということを疑わなければなりません.
味が落ちていようが,とにかくお腹がいっぱいになれば良いという方は,それで良いのです.
バイクも同じです.ボロボロのゴミの様な状態になった車両でも,
とりあえず走れば良いというのであれば,それでも十分でしょう.
しかしやはり本当の意味で車両を理解し,堪能する為には,それに見合った整備の投資が必要になります.
そうでなければ真の車両の性能を評価することはできません.
それができるか,できないかは,車両に対する考え方であり,少なくとも私は自分が乗るバイクであれば,
可能な限り綺麗な外観でしっかりと性能を発揮した機関に安心して乗る為に確かな整備を実施します.
そこまでやらなければ,中古車に対して本当の性能の評価などできるはずがありません.
中古車のインプレッションとして,ボロボロの車両に乗って,なんだこんなものなのか,
と評価されてしまってはバイクがあまりにも気の毒です.
人が元気にバイクに乗ることができる期間はそう長くはありません.
それだったら,乗ることができる貴重な時間を最高の状態で楽しみたいと願うのは,私だけではないはずです.
※1 “転倒により曲がりの発生したシフトシャフトについて”
※2 “経年劣化したピストンカップの衰損によるリヤマスターシリンダからのブレーキ液漏れについて”
※3 “スタータジェット及びパイロットジェットの詰まりによる始動不可について”
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