事例:E-164
オイルチェックバルブの衰損により流入した2サイクルオイルに満たされたフロートチャンバについて |
【整備車両】
RG400EW-2W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 2型 年式:1987年 実走行距離:約1,200km |
【点検結果】
この車両はお客様のご依頼によりメガスピードにて各所分解整備したものです.
10年程度の長期保管により始動不能に陥っていた為,不具合の原因と推測される,
キャブレータのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施しました.
今回の事例ではその際に発生していた2サイクルエンジンオイルの流入についてとりあげます.
図1.1 エアパイプに溜まっている2サイクルエンジンオイル |
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図1.1は取り外した2番シリンダキャブレータの様子です.
エアパイプには2サイクルエンジンオイルが溜まっていました.
この時点で当社における多くの過去の事例からオイルチェックバルブの衰損によるものであると判断することができます.
図1.2 キャブレータ内部から流出している2サイクルエンジンオイル |
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図1.2はキャブレータ内部を確認する為にスロットルバルブを取り外した様子です.
エアパイプ側からの流出だけでなく,キャブレータ奥側のロータリーバルブ方向にまで流れ込んでいることが分かります.
図1.3 キャブレータから排出される2サイクルエンジンオイル |
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図1.3は何度かキックによるクランキングを実施したところ,
ロータリーバルブ奥から2サイクルエンジンオイルが逆流してきた様子です.
量が非常に多い為,かなりの異常事態であると判断し,
最終的にキャブレータを取り外して確認したところ,クランクケース内部までオイルが侵入していました ※1 .
図1.4 オーバーフローパイプから溢れ出している2サイクルエンジンオイル |
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図1.4はオーバーフローパイプからオイルが過去に流れ出た形跡です.
現在は滴になっているものの,流出はありませんでした.
このことからパイプ内部に詰まりが発生している可能性があると判断し,取り外して確認しました.
結果から言えば実際に詰まりが発生しており,
その為に本来オーバーフローし続ければフロートチャンバに落下した分は,パイプから排出されるはずです.
ですがフロートチャンバに落下する通路は,
パイロットジェットのポートとニードルジェットホルダとジェットニードルのすき間しかない為,
そのすき間を粘性のあるオイルがどの程度の速度で落下するかを推し量ることは難しく,
その量よりオイルチェックバルブから流出してくるオイルの量が多ければ当然エンジン側に流れ込むと推測されます.
また停車時の車体の左側への傾斜により,
何もなければ重力で2番シリンダキャブレータに流出したエンジンオイルがエンジン側に自然落下する為,
パイプが詰まっていなくても,場合によってはエンジン内部に2サイクルエンジンオイルが入り込んでいたと考えられます.
図1.4 キャブレータ内部を完全に埋め尽くした2サイクルエンジンオイル |
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図1.4は取り外したキャブレータのフロートチャンバを開けた様子です.
キャブレータボアから下が完全に2サイクルエンジンオイルで充満してしまっている状態でした.
図1.5 フロートチャンバに溜まっている2サイクルエンジンオイル |
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図1.5はフロートチャンバに充満している2サイクルエンジンオイルの様子です.
ボデーとの合わせ面から少し上面が下がっていますが,これはボデー側についていったフロートの容積分に該当します.
図1.6 キャブレータボデー側に溜まっている2サイクルエンジンオイル |
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図1.6は2サイクルエンジンオイルの充満しているボデー側の様子です.
エンジン始動は無理ですが,10年間保管されていたにもかかわらず,各ポートに詰まり等は見られませんでした.
また2サイクルエンジンオイルの固着等もなく,ポートを含めて各部を洗浄することにより,
ボデーの再使用が可能な状態でした.
目立つ腐食や汚れ等が発生していなかったのは,オイルの清浄・防錆その他の添加剤によるといえ,
逆にオイルが満たされていたことにより比較的良好な状態を維持していたと考えられます. |
【整備内容】
すでに四半世紀を経たキャブレータ内蔵のオイルチェックバルブが衰損していることは確実です.
したがってメガスピードの常套手段として,内部の古いバルブを抜き取り,
オーバーサイズの新品のニップルを圧入して,オイルラインには吐出圧力を妨げず,
それでいて自然落下を防ぐには十分な圧力保持性能を有した新品のオイルチェックバルブを新設しました.
図2.1は古いオイルチェックバルブの様子です.
外観からして四半世紀を経た真鍮のニップルの色は鈍く且つ材質は脆くなっていることが分かります.
図2.2 抜き取られた衰損している古いオイルチェックバルブASSY |
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図2.2は古いオイルチェックバルブニップル部を抜き取り,
内部のチェックボール及びスプリングを取り出した様子です.
スプリングの衰損やチェックボールの表面の荒れあるいはニップル内部のバルブシート側の摩耗等が考えられますが,
摩耗の可能性として一番高いのは,材質が最も柔らかいバルブシートの摩耗であると推測されます.
ニップルの取り外しはキャブレータに一切負担をかけずに行う必要があり,
もちろん合わせ面にも傷を付けることは許されません.
図2.3 点検洗浄されたオイルチェックバルブハウジング |
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図2.3はニップルを抜き取り,内部のチェックボール及びスプリングを取り除いたバルブの様子です.
ストレート化することにより,新設する新品のオイルチェックバルブとの干渉を避ける必要があります.
内部をストレート化せずにバルブを二重にすることは,
少なくとも当社の実験結果からアイドリング時におけるオイルの吐出量の減少を確認していることから,
極力避ける必要があるといえます.
図2.4 圧入されたオーバーサイズの新品のオイルチェックバルブニップル部 |
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図2.4は新規に設計製作されたオーバーサイズのニップルをキャブレータボデーに圧入した様子です.
材質が新品になることにより靭性を取り戻すだけでなく,
磨かれた新品の真鍮の外観の美しさも忘れてはならない大きな点です.
図2.5 オーバーホールの完了したフロートチャンバ |
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図2.5は詰まりの発生していたオーバーフローパイプ内部を適正に洗浄した様子です.
表面も荒れていた部分を細部まで研磨したことにより美しく蘇っています.
図2.6 オイルラインに新設された新品のオイルチェックバルブ |
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図2.6はオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したキャブレータに,
新品のオイルホースを取り付け,更に新品のオイルチェックバルブを設置した様子です.
これによりオイルポンプからのオイルの自由落下によるキャブレータ内部へのオイルの侵入を確実に阻止するとともに,
エンジン稼働時は確実にオイルをキャブレータに供給することが可能になりました. |
【考察】
キャブレータの中身がすべて2サイクルエンジンオイルで満たされてしまったという状況は,
一見して非常に驚きと衝撃を受ける場合が少なくありませんが,
オイルラインの構造を理解していれば,成るべくして成ったという自然の流れとして受け止めることができます.
特にこの様な状況に至るのは,RG500/400Γ (HM31A/HK31A) では,
オイルの漏れ出す自然落下の流量が最大で10ml/24h程度であることから,
最低でも数年一切動かさずに保管されている個体に限ります.
身近な例としてはDJ.1RR (AF19) に同様の症状 ※2 が見受けられましたが,
多かれ少なかれ,2サイクルエンジン搭載モデルに関しては,
オイルポンプからオイルの供給先が直接シリンダやクランクケースでなく,キャブレータボア部である場合,
オイルチェックバルブが衰損した,あるいはもともと設置されていないモデル等は同様の運命にあります.
RG400Γに関してはオイルチェックバルブの衰損によるキャブレータ内部への2サイクルエンジンオイルの侵入が,
かなりの個体で確認することができ,当社では古いオイルチェックバルブをストレート加工し,
新品のオーバーサイズのニップル ※3 及び新品のオイルチェックバルブを使用して対応しています.
すでに発売から四半世紀を経た機械部品に性能を求めることは酷であり,
仮にも2スト500/400という稀有な車両の所有者であれば,
オイルチェックバルブは必ず対策しておきたい部位のひとつであるといえます.
そしてそれに可能な限りお応えできるよう務めさせていただくのがメガスピードの責務であると考えており,
その為にも常に研究・研鑚を積み重ねております.
※1 “エンジン内部に侵入した2サイクルオイルとロータリーバルブカバーからのオイル漏れについて”
※2 “2サイクルオイルのエンジン内部への流入によるエンジンロック(ウォータハンマ現象)について”
※3 “オイルチェックバルブの衰損によるエンジン始動不可について”
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