事例:148
2サイクルオイルのエンジン内部への流入によるエンジンロック(ウォータハンマ現象)について |
【整備車両】
SE50MSJ (AF19) DJ1.RR 推定年式1988年 参考走行距離:10,000km(メータ1周)+約50km |
【不具合の状態】
数年ぶりにエンジンをかけようとキックしたところ,レバーが少し下がったところで急激にロックしました. |
【点検結果】
この車両はメガスピードにて点検整備を実施したものですが,
エンジン実働状態から長期保管により不動になっていました.
エンジンを始動する為にキックペダルを踏み下ろしたところ,少し下がったところで急激にロックして,
全くペダルが動かなくなりました.
エンジン実働状態からの始動であり,保管前にはオイル廻りも含めて総合的に整備されていた為,
また始動前にわずかにピストンの位置を動かしただけでロックしたことから焼き付きではないと判断しました.
屋内保管であったことから異物の混入等の可能性は極めて低く,
この場合に多くあるのが,保管中にガソリンがシリンダや燃焼室に入り込み空間を満たしてしまうこと,
及び2サイクルエンジンオイルが同様にエンジン内部を満たしてしまうことによる,
いわゆる“ウォータハンマ現象”が発生している可能性が極めて高いということです.
その為にまずは外観から目視点検を実施しました.
図1.1 キャブレータからあふれ出している2サイクルエンジンオイル |
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図1.1はキャブレータのフロートチャンバ下部が2サイクルエンジンオイルで汚れている様子です.
キャブレータボデーとフロートチャンバの合わせ面も青緑になっていることから,
位置的にキャブレータベンチュリ部に供給されている2サイクルエンジンオイルがニードルジェットホルダを伝わり,
フロートチャンバ内部に落下し,それが下から溜まっていき,合わせ面から外部に漏れ出した可能性があります.
キャブレータ前側がエアクリーナボックス,後ろ側がインテークマニホールドですから,
当然キャブレータ内部で保持し切れない分量のオイルが双方に流れ込んでいると考えられます.
そしてインテークマニホールド側に流れ出した場合,リードバルブを通ってクランクケースに落下し,
そこで充満した結果ウォータハンマ現象が発生したのではないかと推測されます.
したがって,スパークプラグを取り外してエンジン内部に2サイクルエンジンオイルが充満していないか点検しました.
図1.2 シリンダヘッドから噴き出した2サイクルエンジンオイル |
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図1.2はスパークプラグを取り外して連続的にキックを行った様子です.
本来オイルが充満していると推測された段階でオイルの飛散を防止する為周囲にウエス等を養生すべきですが,
今回はあえてその様な処置を実施せず,凄惨な状況をレポートすることにより同様の事例の再発防止の啓発を図りました.
クランクケースや燃焼室を満杯にする量のオイルがプラグホールから周囲に噴火することにより,
完全に抜け切るまでキックを行った結果,この様な状況になりました.
図1.3は図1.2の状態で床を撮影した様子です.
滴り落ちたオイルやプラグ穴から噴射されたオイルで一面が汚染されました.
図1.4 2サイクルエンジンオイルにまみれているプラグ電極部 |
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図1.4は取り外したスパークプラグの様子です.
電極部や碍子部が完全に2サイクルエンジンオイルに覆われていて ※1 ,とてもエンジンのかかる状況ではあませんでした.
これは燃焼室が完全に2サイクルエンジンオイルで満たされていたことを示しています.
図1.5 キャブレータエアクリーナ側に漏れ出した2サイクルエンジンオイル |
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図1.5はエアクリーナを取り外し,キャブレータ内部を確認した様子です.
フロートチャンバより上面に達した2サイクルエンジンオイルがエアクリーナ側に流れ込んでいるのが確認できます.
したがって,キャブレータを軸に吸気側にもエンジン側にも2サイクルエンジンオイルが落下していたことになります.
図1,6 2サイクルエンジンオイルで完全に満たされていたフロートチャンバ |
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図1.6はキャブレータを取り外した様子です.
ジェット類を含めたキャブレータボデー側は完全に2サイクルエンジンオイルで充満していました.
またフロートチャンバも完全にオイルが溜まっていて,
逃げ場を失ったオイルがエンジン側に流れ込んでいたことを裏付ける結果となりました. |
【整備内容】
エンジン内部の2サイクルエンジンオイルはキックにより排出し,
その他の残りはエンジンをかけることにより燃焼させる方法をとりました.
またオイルに満たされていたキャブレータをオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)することにより,
可能な限りクリーンな状態に復元しました.
図2.1 点検洗浄の完了したキャブレータボデー及びフロートチャンバ |
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図2.1は完全に洗浄したキャブレータボデー及びフロートチャンバの様子です.
細部にオイルが満たされていたものの固形化しておらず,状態は比較的良好でした.
図2.2 内部部品の取り付けられたキャブレータボデー |
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図2.2はフロート等をはじめ必要な部品をすべて取り付けたキャブレータボデーの様子です.
特にパッキン等は潰れていて再使用によるガソリン漏れが容易に推測できる状態でしたので,
ガスケットセットとして新品に交換しました.
図2.3 オイルチェックバルブの取り付けられたオイルホース |
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図2.3はオーバーホール【overhaul】の完了したキャブレータをエンジンに取り付けた様子です.
オイルホースに最適なオイルチェックバルブ選定し,それを割り込ませる形で設置することにより,
エンジン停止時における2サイクルエンジンオイルのキャブレータ内部への自然落下を防止しました. |
【考察】
オイルタンクの位置,オイルポンプの位置そしてオイル供給先の位置により,
2サイクルエンジンオイルが自然落下により流入してしまうケースが少なくありません.
その結果としてプラグが被ることによりエンジン始動困難あるいは不能に陥る場合がありますが,
一番致命的なのはこの事例の様に,いわゆる“ウォータハンマ現象により”エンジンがロックしてしまうことです.
今回の事例ではキックペダルによりエンジン始動を試みた為,
エンジンロックによりキックペダルに無理な力がかかり過ぎる前に動作を停止することができました.
しかし,もしセルモータで急激に回転させた場合はエンジンロックの様な異常事態に際し,
ピストンやコンロッドに対する機械的な負荷を発生させるだけでなく,
セルモータそのものにも過大電流が流れることにより損傷の大きな原因の一つになります.
したがって,しばらくエンジンが動いていない車両については,
少なくともキックペダルが付いているものであればそれを使用すべきであり,
キックの取り付け設定のないものであれば,クランクシャフトを直接手動で数回転させることが大切です.
今回の事例でキックが少し動いたのは,各ポートから2サイクルエンジンオイルが移動した為であり,
その直後に圧縮上死点に達したピストンが2サイクルエンジンオイルで燃焼室を完全に満たしてしまったことが,
エンジンのロックにつながったものであると考えられます.
これらの不具合を発生させない為には,やはりオイルの自然落下によるエンジン内部への流入防止策が必要であり,
ひとつの解決法としては,オイルの自然落下圧力やオイルポンプの必要吐出量等を計算して,
オイルラインの内部抵抗にならない様に適切なオイルチェックバルブを選定・使用することが有力であるのは,
当社のRG500/400Γ (HM31A/HK31A)のオイルチェックバルブに関する事例による立証から明確です.
※1 “スパークプラグ電極部が2サイクルオイルで満たされたことによるエンジン始動不能について”
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