事例:124
取り付け不十分なキックペダルの使用により発生したスプラインの破損について |
【整備車両】
K125S (コレダ S10) 推定年式:1995~2000年 参考走行距離:約23,100km |
【不具合の状態】
キックペダルが固着していて取り外しが極めて困難な状態でした. |
【点検結果】
この車両はお客様が走行中にシフトロックが発生して変速できなくなった ※1 ものをメガスピードにて修理を承ったものです.
修理の段取りとしてクラッチカバーを外す為にキックペダルを取り外そうとしたところ,
ボルトが固着しており,かなりのトルクをかけないと緩まない状況でした.
ボルトが折れ込む時の手応えに似ていた為,慎重に養生しながら抜き取ると,大きくねじ溝が破損していました.
図1.1 ねじ溝の破損しているキックペダル取り付けボルト |
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図1.1は取り外したキックペダル取り付けボルトの様子です.
白い四角Aの部分は本来シャフトの“逃げ”に位置する部位ですが,
このボルトでは潰れた様に大きく破損していることから,
ペダルの取り付け位置がずれているにもかかわらず無理やりねじ込んだ結果であると推測されます.
また白い四角Bの部分はキックペダルに締め付けられる部位ですが,
ねじピッチの広がりから判断して,溝があっていないのに無理やりねじ込んだ結果破損したものであると考えられます.
いづれも位置の確認や締め込む際の手応えから避けることができるはずであり,
実際にこの様な事態に陥っている状況を見れば,
残念ながら相当な素人整備がなされてしまった結果であると結論付けられます.
図1.2は図1.1のBの雄ねじに対するキックペダル雌ねじの様子です.
奥側のねじ山が潰れてしまってほとんどなくなっていることが分かります.
これは雄ねじが無理やりねじ込まれた結果破損したものであると推測されます.
図1.3 完全に破損しているキックペダルスプライン部 |
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図1.3はキックペダルがシャフトに取り付けられる部位ですが,スプラインが完全に破損していて,
山がほとんどなくなってしまっていることが分かります.
ボルトを抜き取るのもかなり大変でしたが,
そのあとのキックペダル本体のシャフトから引き抜きの方がより困難であったことは,
この破損状況を見れば容易に理解することができるはずです.
つまり抜き取り時にそれだけ固着しているということは,取り付け時にも同様の力が加えられていたことになり,
これはねじ溝の合っていないボルトを巨大なハンマーで無理やり叩き込む様な,
信じられない状況で取り付けられた可能性が否定できません.
また取り付けが甘かった為にキックペダル使用時にスプラインがずれ,山をなめた経緯も疑われ,
その補償にボルトを無理やり締め込んだ結果破損したおそれもあります.
実際に破損したスプラインを観察すると,周方向に引っ掻いた形跡が見られることや,
スプラインが均等に大きく山を崩していること等から,
取り付けが不十分なキックペダルを使用した際にキックペダルがスプライン上で空回りをしてなめてしまい,
すでにその時点でかじっていて抜けなくなった為,
取り付けボルトを無理やりねじ込んだ結果である可能性が高いといえます.
図1.4はキックペダル取り付け部スプラインを洗浄した様子です.
細部まで点検した結果,破損している箇所はほとんどない為シャフト側は再使用可能であると判断しました.
これはシャフト側の材質がキックペダル側よりも強固な為に損傷を免れた為であると考えられます. |
【整備内容】
キックペダル取り付けボルトの修正はヘリサート加工等で可能であるものの,
スプラインの破損が著しい為,それぞれの部位に対する修正加工を実施するよりも,
新品に交換する方がコスト的にも優れている為,キックペダル及びボルトを合わせて交換しました.
図2.1は新品のキックペダルスプライン部の様子です.
均一な溝が端から端まであり,これと比較すれば図1.3の破損したスプラインが,
いかに酷な状態であるかを理解することができます.
図2.2は新品のキックペダル取り付けボルトの締め付けられる雌ねじの様子です.
これもスプライン部と同様に図1.2の破損した状態と比較すれば,その程度の大きさを把握することができます.
図2.3は新品のキックペダル取り付けボルトの様子です.
やはりこれも図1.1と比較することにより,取り外したボルトの状態がいかに異常であるかが明確に理解できます.
図2.4は正しく取り付けられたキックペダル廻りの様子です.
今回の整備では同時に発生していたオイル漏れ ※2 の修理も実施しました. |
【考察】
キックペダルだけではなく,シフトペダルやブレーキペダル等のスプラインに嵌め込む形の部品は,
それがずれていたり,適切な位置から外れていれば,容易に破損します.
しかし,取り付け時には手応えで異常を察することができる為,
破損しているのは大概の事例において素人によりいい加減に取り付けられた車両であるといえます.
もちろん業者によるその場しのぎのやっつけ仕事である可能性も排除することはできません.
スプライン部が大きく破損した場合は修正が難しく,その為にシャフトと締結対象物の嵌め合いが弱まり,
更にその状態で使用すれば山を崩し兼ねず,悪循環に陥る危険性があります.
やはりスプライン部はその他の取り付け部にも増してより一層慎重に正確に嵌め込む必要があるといえ,
完全に位置が合っていれば,指でスッと軽く入っていくものであり,そうでなければ何らかの異常を疑わなくてはなりません.
その感覚の有無が優れた整備技術者か否かを左右するのは当然です.
また滑らかに取り付けられない場合に,きちんと修理を行うか,そのまま無理やりねじ込んでしまうかは,
素人云々以前に.もはや整備に対する適性ひいては人間性の問題であることに疑いの余地はありません.
※1 “シフトシャフトリターンスプリングの折損によるシフトロックがもたらす変速不能について”
※2 “オイルシールの衰損によるキックペダル付け根からのオイルにじみについて”
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