トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:141~150)


事例:E-147

エンジンオーバーホール【overhaul】について(原動機の型式:W701)【1】


【整備車両】

 GSX1300RY (GW71A) "HAYABUSA" 隼 (ハヤブサ)  年式:2000年  参考走行距離:約22,400km


【不具合の状態】

 表立った目に見える故障等は確認できないものの,実際に分解していると様々な不具合を内在していました.


【点検結果】

 この車両は一般的なレジャー用として使用されていたものです.

型式から判断される製造が2000年モデルであることや,

走行距離が20,000kmを超えていたことから,車両の走行可能速度域での安心した使用を確保する為,

エンジンのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施しました.


 ここではエンジンの分解整備における経過の中で特に問題があると認識した点を包括的に記載します.

各部の不具合に対する詳細はリンク先の個別の事例をご覧下さい.



図1.1 専用のエンジン台に設置されたエンジン

 図1.1はGSX1300R (GW71A) 専用に用意したエンジン台にエンジンを設置した様子です.

エンジンを確実にエンジン台に固定することは整備の正確性を確保する為にも必須であるといえますが,

特に型式:W701のようにモーターサイクルの中では最も重いカテゴリに分類されるエンジンであれば,

エンジンの自重による床面との接触から発生するエンジン下廻りの破損を避ける為にも,

正しくエンジン台を使用することが望まれます.



図1.2 固定ボルトの脱落しかかっているカムシャフトホルダ

 図1.2はエキゾーストカムシャフトへオイルを供給する為のオイルパイプの取り付けボルトが,

緩んで半分くらい外れかかっている
※1 様子です.

外観及び乗った感じでは走行する上では全く問題ないといえる様な良好な車両でしたが,

ヘッド内部ではこの様な現象が発生していました.

もし今回エンジンのオーバーホールを実施していなければ,おそらく近いうちにボルトが抜け,

オイルがカムシャフトに供給されずに,カムとカムホルダが焼き付きを起こす可能性が極めて高いといえます.



図1.3 カーボンの堆積している燃焼室天井部

 図1.3は燃焼室に堆積しているカーボンの様子です.

バルブフェースやシリンダヘッド燃焼室天井部に強固に固形化したカーボンが堆積していました
※2

これは異常燃焼の発生原因になる為,完全な除去が求められます.



図1.4 カーボンの堆積しているバルブヘッド

 図1.4はバルブフェースに堆積したカーボンの様子です.

構造上インテークバルブにより多く山盛りに溜まっていますが,

エキゾーストバルブに堆積している燃焼生成物の方が硬く,除去が大変であるといえます.



図1.5 固着していたピストンピン

 図1.5は2番シリンダピストンにかじり付いているピストンピンの様子です.

他の3つはスムーズだったものの,このピンは完全に固着していました.



図1.6 泥油の中に脱落したOリングの埋もれているシフトリンケージ上部

 図1.6はシフトリンケージ上部の様子です.

泥と油の混合物が堆積していて,その中にOリングが5つ埋もれている
※3 ことが確認できます.

このOリングは形状や位置から考えると,チェーンから脱落したシールリングであるとほぼ断定することができ,

粘度の高い油はチェーンから飛散したグリスであると推測されます.



図1.7 オイル漏れの発生しているジェネレータカバー

 図1.7はジェネレータカバーからオイルが漏れ出している
※4 様子です.

エンジン下部にまで達していることから,早急な対処が求められます.

また冷却水のリザーバタンクが白濁化していました
※5



図1.8 オイルシールとの接触部の摩耗しているインペラシャフト

 図1.8はウォータポンプを分解し,取り外したインペラシャフトの様子です.

インジケータホールから冷却水漏れやオイル漏れは発生していないものの,

やはり20,000kmを超えた車両のシャフトは,オイルシールとの接触部に摩耗が発生していました.

著しい段付きにはなっていないものの,わずかに肉が減っている為,

近い将来オイル漏れが発生する可能性が高いといえます.




図1.9 腐食しているインペラ側メカニカルシールハウジング

 図1.9はインペラ側のメカニカルシールハウジングに冷却水が侵入し,腐食している
※6 様子です.

本来メカニカルシールにより冷却水が侵入できないようになっていますが,

シールの劣化によりすき間が生じ,そこから侵入した冷却水により,ハウジング側面に腐食による削れが発生していました.



図1.10 打痕の見られるベアリング

 図1.10は打痕の発生しているミッション端部のベアリングの様子です.

ハウジングにもわずかな打痕が発生していました.



【整備内容】

 各部の不具合をそれぞれ修正しながらエンジンを組み立てていきました.



図2.1 点検整備の完了したミッション及びクランクシャフト廻り

 図2.1はミッション及びクランクシャフト廻りを点検整備した様子です.

ミッションに関してはベアリングをすべて新品に交換しました.

クランクシャフトのメタル等のクリアランスの異常等は確認されませんでした.



図2.2 整備の完了したウォータポンプ及びシフトリンケージ

 図2.2は分解整備を実施したウォータポンプ及びギヤシフトリンケージを取り付けた様子です.

シフトに関しての重要部品であるリターンスプリングを始め,ベアリングやシール等各消耗品を新品に交換しました.

ウォータポンプに関しても,メカニカルシールやインペラ,シャフト等すべての消耗品を新品に交換しました.



図2.3 点検整備の完了したピストン廻り

 図2.3はピストンを点検洗浄し,ピストンリングを新品に交換した様子です.

固着していたピストンピンの動きもスムーズに修正されました.



図2.4 カーボンを除去し研磨されたバルブヘッド

 図2.4はバルブフェースに堆積していたカーボンや燃焼生成物を除去し,表面を滑らかにした様子です.

これによりスムーズな混合気の流れを取り戻すことができました.



図2.5 シートカットの実施されたバルブシート

 図2.5はインテークバルブシートをカットした様子です.

荒れていた面がすべて均一になり,高い密封性能を取り戻すことができました.



図2.6 整備の完了した燃焼室

 図2.6は整備の完了した燃焼室の様子です.

カーボンを除去し,カットされたシートとの擦り合わせを実施することにより,圧縮混合気の密封性能を可能な限り高めました.



図2.7 正確に取り付けられたカムシャフトオイルパイプ

 図2.7は脱落していたカムシャフトのオイルパイプを規定トルクにて正確に取り付けた様子です.

バルブクリアランスの調整を含めた包括的なヘッド廻りの整備を実施することにより,

走行距離に応じて疲弊した機関をリフレッシュしました.




図2.8 組み立て完了検査のひとつとしてのエンジン圧縮の測定

 図2.8は整備,組み立ての完了したエンジンの圧縮圧力を測定している様子です.

すべての気筒において約1,200kPa~1,300kPaと非常に良好な数値が得られたことを確認しました.



図2.9 オーバーホール【overhaul】の完了したエンジン(型式:W701)

 図2.9はオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したエンジンの様子です.

20,000kmという走行距離に応じて低下した性能を回復させることにより,

旗艦らしい力強いパフォーマンスを取り戻すことができました.



考察】

 この車両は日常的に使用されていたものであり,

販売元の量販店の話では“調子が良い”と言われていたものですが,

実際にエンジンの中身を分解して点検すると,様々な不具合が内在していました.

その中でもカムシャフトのオイルパイプ取り付けボルトの脱落は致命的であるといえます.

少なくとも20,000kmも走行した中古車に対し,調子が良いということは極めて難しいことです.

確かにエンジンがかかり走行することができればそれは“調子が良い”ということになりますが,

何をもって“調子が良い”というのかを明確に定義しなければ,

“調子が良い”という車両に対する見解の相違が発生するのはむしろ当然であるといえます.

メガスピードとしての立場を明確にするならば,

仮にもジェネレータカバーからオイル漏れが発生しているエンジンを調子が良いということはできませんし,

追及を避けるのであれば,中身を分解して確認していない中古車について述べる場合は,

“とりあえず走ることは走るけれど,中身がどうなっているかは分からない”という表現を逸脱することは不可能です.

例えばエンジンに関していえば,20,000km走行したものであれば,バルブにカーボンが山盛りに堆積しているであろうし,

油脂類を含め,各部のシールや消耗品は交換しておきたいものです.

つまり表現の解釈に差があるものの,内容からすれば販売元の量販店が責められるものではなく,

オイル漏れに気づかない(あるいは気づいていても気づかなかったふりをしていた)という質の低さを除けば,

日常の売買のひとつの結果に過ぎないと捉えることは,あながち理不尽ではないということです.


 中古という限りは,実際に開けてみなければ何も分からないのです.

本当に分からないのです.

この事例で一番お伝えしたいことは,中古車は開けてみなければ,実際にはどいうなっているか分からないということです.

超能力で透視ができない限りは,中古車の中身を言い当てることは絶対に不可能なのです.

もちろん今ある状態から様々な情報を読み取ることにより内部を推測することは可能ですが,あくまで推測にとどまり,

1%でも分からない範囲がある以上,この事例の様にカムシャフトのオイルパイプ取り付けボルトが脱落しているという,

希にみる異常事態が発生している可能性が必ず残ってしまいます.

したがって,本当に大切な車両であれば,あるいは楽しくバイクに乗りたいと考えるのであれば,

私としては,入手したものが中古車両である場合には,

“走行距離や経年に応じてオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施すべきである“,

という立場をとります.

その実現の為にメガスピードは協力の手を惜しみません.

各部のオーバーホール【overhaul】をいつでも歓迎して承ります.

そしてその要求に確実にお応えできるよう日々研鑚を積んでまいります.





※1 “オイルパイプ取り付けボルトの緩みとカムシャフト廻りの焼き付きの可能性について”

※2 “バルブに堆積したカーボンの除去とバルブシートカットについて”

※3 “シフトシャフトカバーに堆積した油汚れとシールチェーンから脱落したOリングについて”

※4 “ガスケットの劣化によるジェネレータカバーからのオイル漏れについて”

※5 “水垢の堆積している容器の白濁化した冷却水リザーバタンクについて”

※6 “ウォータポンプインペラシャフトの摩耗とメカニカルシールハウジングの腐食について”






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