事例:E‐114
オイルパイプ取り付けボルトの緩みとカムシャフト廻りの焼き付きの可能性について |
【整備車両】
GSX1300RY (GW71A) "HAYABUSA" 隼 (ハヤブサ) 年式:2000年 参考走行距離:約22,400km |
【不具合の状態】
シリンダヘッド排気側カムシャフトのオイルパイプ取り付けボルトが外れかかっていました. |
【点検結果】
この車両は特に異常がなく,高速走行を含めて通常使用されていたものですが,
20,000kmを超えた為,メガスピードにてエンジンオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施したものです.
実際にエンジンを分解してみると,外観からでは決して確認することのできない重大な不具合が発見されました.
図1.1 脱落しかけているオイルパイプ締め付けボルト |
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図1.1はエキゾースト側カムシャフトからインテーク側のカムシャフトにオイルを供給するオイルパイプの様子です.
ボルトが座面から3mm程度外れていました.
シリンダヘッドの潤滑経路は,サブギャラリからオイルホースを介してエキゾーストカムシャフトに供給されており,
それと連結したオイルパイプでインテークカムシャフト廻りに至っています.
つまりこの状態ではオイルパイプからオイルが漏れ出すことにより,
インテーク側はもちろんのこと,エキゾースト側のカムシャフト廻りの潤滑が不十分になっていた可能性が否定できません.
どの段階でボルトが抜けていたのかは分かりませんが,
もしエンジンを開ける直前にこの様な状態に至っていたのであれば,
おそらく次に乗った時に潤滑不良による焼き付きを含めた重大な不具合を発生させていたといえます.
図1.2 取り外された脱落していたボルト及びワッシャ |
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図1.2は脱落しかかっていたボルトを取り外した様子です.
ねじが緩んだ原因となりそうなものは一切見つからなかったことから,
何らかの振動による緩みか,初めから緩んでいたことになります.
初めから緩んでいた場合は,まさにリコールの対象となりうる製造工程の不具合であるといえます.
しかし車両そのものが中古であり,過去にエンジンが分解された経緯があれば,その時の作業ミスということになります.
メガスピードにて今回エンジンをオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)するにあたり,
エンジンの取り外しを含めた作業工程の中で,おそらくエンジンを分解するのはこれが初回であろうと推測される為,
過去に分解された時の作業ミスという可能性は低いといえます.
また製造工程でのミスであれば,オイルパイプからオイルが漏れた状態で20,000kmも不具合を発生させずに
走行できる可能性は極めて低いといえ,結果的にエンジン使用時に徐々に緩んでいったとみるのが自然であるといえます.
今後の再発防止の為に,どのような状況でボルトが緩んだのかを検証する判断材料の1つとして,
もう一方のボルトの締め付け状態を検査しました.
図1.3はインテーク側のオイルボルトの締め付け状態を検査用トルクレンチを使用し検査している様子です.
戻しトルク法補正値で約19N-mの締め付け状態が確認された為,正規の締め付けトルク15N-mとを参考にすると,
確実に締め付けられており,全く緩みがないと判断することができます.
インテーク側とエキゾースト側のボルトの位置は10cm程度のずれがありますが,
エンジンの振動を考えた場合,片一方は脱落するほど揺れ,
もう一方には全く影響していないということは考えにくいといえます.
したがって,エキゾースト側のボルトのみ脱落するほど緩んだ原因を特定することは,
初めから緩んでいたことを除いては非常に困難であり,
もしかしたら何らかの原因でエキゾースト側のみ緩んだのかもしれません.
しかしそれを裏付ける根拠となる現象を発見することは非常に難しいと言わざるを得ません.
図1.4はエキゾーストカムシャフトホルダのオイルパイプ取り付け部内部の様子です.
取り外したボルトと同様に大きな損傷や不具合の発生した形跡等は確認できませんでした.
図1.5はエキゾーストカムシャフトホルダを取り外し,軸受部を点検している様子です.
状況としてオイルパイプ取り付けボルトが外れていて,
そこからオイルが漏れ出した為に供給不足していたと考えられますが,大きな傷や焼き付き等は見られませんでした.
インテーク側も同様に大きな不具合は見当たりませんでした.
オイルパイプと脱落したボルトのすき間から判断すれば,
少なくともインテーク側カムシャフト廻りへのオイルの供給は確実に不足していることから,
ボルトは直前に脱落したのではないかと推測されます. |
【整備内容】
ボルトの脱落防止を図る為,規定トルクの締め付けのみならず,ねじロックを併用して確実に締め付けを行いました.
図2.1 新品のオイルパイプ取り付けボルトに塗布されたねじロック |
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図2.1は新品のエキゾースト側のオイルパイプ取り付けボルトにねじロックを塗布した様子です.
座面のシールワッシャも同時に新品に交換しました.
図2.2はインテーク及びエキゾーストカムシャフトホルダにオイルパイプを取り付けた様子です.
インテーク側も合わせてボルトを新品に交換し,ねじロックを併用することにより,締め付けを確かなものにしました. |
【考察】
この車両は大手量販店にてワンオーナーの極上美車ということで購入されたものです.
確かにカウルに色あせや割れ欠け等はなく,外観は美しいといえ,走りも問題ない車両であるといえます.
しかし,実際に機関を点検すると,フライホイールカバーからオイル漏れが発生していたり,
様々な不具合が発生していました.
特にこの事例のオイルパイプ取り付けボルトの脱落は,カムシャフト廻りの焼き付きの直接の原因になるにもかかわらず,
エンジンを分解するまでは発見できない為,よもや焼き付きに至っていた可能性は十分に考えられます.
これらのことから言えるのは,中古車の中身は分からないということです.
したがって,本当に車両を大切にして良好な状態でライディングを楽しむのであれば,
中古車を購入した場合は走行距離を目安にして,
各所オーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施することが非常に重要になります.
この事例では車両が高速スポーツであり速度域が高いことから,懸念材料は可能な限り払拭しておくことを目的に,
エンジンを始め各所オーバーホールを実施しました.
やはり1,300ccで175psという出力を発生させる機関であれば,相当な負荷が各部にかかっていると考えるのは自然であり,
20,000kmを超えていれば一度内部を点検しておくことが望ましいといえます.
今回の事例では予防的な整備により,不具合の発生する前に対処することができました.
しかし車両の状態としては問題なく走行していた為,
ともするとそのまま走り続けて焼き付きを発生させていたかもしれません.
どのような中古車でもいえることですが,
特に高出力の車両は負荷に対する部品の消耗も著しいことから定期的に分解整備される必要があるといえます. |
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