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事例:E-229

フィルターの破れによりフロートバルブに挟まった錆によるキャブレータからの燃料漏れについて

【整備車両】 
  RG400EW (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 1型  年式:1985年  参考走行距離:約15,200 km
【不具合の状態】 
 燃料コックをONにすると静止状態でキャブレータから大量に燃料が漏れ出す状態でした.
【点検結果】 
 この車両はお客様がカスタムショップと自称される店で購入されたものですが,納車後すぐに燃料漏れが発生し,どうやっても購入先で直らないということで,メガピードに持ち込まれ整備を承ったものです.この車両を担当した方の話では 『少し前は調子良く走っていた』 ということらしいですが,結論から言えば,これはないだろうという状況が各部に溢れかえっており,正常に走行するのは絶対に無理である状態でした.絶対に,です.

 持ち込まれた段階では燃料タンクからガソリンがすべて抜かれていたので,まず状況をお客様と共有する為,燃料タンクにガソリンを入れました.そしてエンジンをかけようと燃料コックをONにしたところ,滝の様にガソリンがアンダーカウル下部からジャバジャバ流れ落ちました.当社工場前の駐車場の一部に大きな水たまりのようなシミがあったのはこのためです(今は元通りになっています).これはダメだということで,実際に各部を点検することになりました.

図1.1 完全にかぶっているプラグ
 図1.1は3番以外すべてのプラグがかぶっている様子です.キックをしたときにボソボソしていたのは,おそらく3番だけ燃焼しようとしていたものであると考えれらます.もちろんエンジンはかかりませんでした.それ以前にガソリン漏れが危険なレベルだったので,すぐに整備工場内部に格納しました.
 他店では調子よく走ったそうですが,私が信じるのは自分で点検整備を実施し,その目で確認したもののみです.したがって実際には素性の分からないものなので,エンジンの圧縮を測定し,果たして整備する価値があるものかどうかを判断しました.というのも,費用と時間をかけてガソリン漏れを直しても,実はエンジンがダメだったというのでは,話がおかしくなってしまうからです.なぜならもしエンジンがダメだった場合に,エンジンを直すことを考えれば,全くそれとは比にならない費用が発生するからです.ましてや部品があちこち絶版であれば,整備技術者の望み通りの整備ができることの方が少ないと言っても過言ではないのです.ですのでメガスピードでは特に不動で整備を承ったものは,一番コストと時間のかかるエンジンが無事であるかどうか,少なくとも動力発生部の検査を実施します.

図1.2 シリンダ二次圧縮の測定
 図1.2はシリンダの二次圧縮を測定している様子です.4気筒とも約800kPaと良好な数値を示したため整備を進める判断をしました.

図1.3 整備不良の発生しているキャブレータ
 図1.3は各部に整備不良が見られる3番キャブレータの様子です.Aの部位はSIPCホースを止めるクリップの位置がずれており,Bの部位はオイルホースが最後まで差し込まれずに少し抜けています.そしてCの部位は3番から1番キャブレータに供給される燃料ホースですが,本来あるはずの抜け止めのクリップが見当たりません.クリップは元の位置につけるべきですし,オイルホースは最後まで差し込まなければなりません.また特に断りがない限りは,燃料ホースは抜け止めのクリップやバンドを取り付けなければなりません.
 カスタムショップと自称される他店で燃料漏れを直すために何度もキャブレータを調整したそうですが,この時点でその技術力に問題があり,手抜き工事が露呈されているようで,キャブレータ内部の状態が非常に憂慮されました.そして,憂慮は現実化しました.
 少なくとも巡り巡って当社にたどり着く古いバイクに関しては,『杞憂』などという言葉を使える状況はほとんどないと覚悟しておかなければなりません.

図1.4 奥に押し込まれている燃料フィルター
 図1.4は燃料パイプの内部の様子です.燃料漏れの修理に際し,ホースのつなぎ目からの漏れ出ない限りは,フロートバルブへの異物の混入の可能性が非常に高い為,まず燃料パイプの状態を確認しました.久しぶりに衝撃的で刺激的な状態でした.かなりスパイシーでした.本来は口から少し出ているはずのフィルターが,パイプの内部5mm程の位置に押し込まれていました.そしてフィルターに大きな穴が空いていました.まずパイプの奥にフィルターが詰まっていて除去するのが大変でしたが,それよりも穴が空いている方が刺激が強いと言えます.というのは,現状販売の中古車ではなく,少なくともカスタムショップと自称する他店でキャブレータが脱着されているからです.このフィルターを見て何も感じなかったのか,感じる力がなかったのか,故意に見ないことにしたのか.それとも気づかなかったのか.
 これでは燃料タンクからの錆やゴミがキャブレータ内部に流れてしまい,燃料漏れの原因になります.


図1.5 大穴の空いている燃料フィルター
 図1.5は何とか証拠を汚染せずに取り出した燃料フィルターの様子です.非常に大きな穴が空いていて,完全にフィルターの機能が失われていました.これでは異物は濾過されずにキャブレータに流れ込んでしまいます.しかし実際にこれ程の穴が空くのはいったいどんな状況だったのかと思わざるを得ません.
 使用により空いたと考えることが不可能であるとことは,お昼ご飯を食べた後に眠くなるのと同じくらい自然なことです.


図1.6 極端に下げられた油面
 図1.6は見た瞬間に吐き気を覚えるような異様さを醸し出している極端に油面の下げられたフロートの様子です.手順を追ってここまでくれば,なぜこのような異様な状態になっているかは容易に理解することができます.そうです,燃料漏れを防ごうとして無理やりフロートで調整しようとした形跡そのものである可能性が非常に高いと言えます.しかし例えオーバーフローパイプまでの油面の距離が大きくなったとしても,燃料漏れは根本的には直りませんし,加速時に燃料不足に陥ることは想像に難くありません.

図1.7 錆の付着しているフロートバルブ
 図1.7は取り外したフロートバルブの様子です.ゴム部に錆が付着していました.これが燃料漏れの物理的な原因であると断定できます.

図1.8 錆の付着しているフロートバルブ接触部
 図1.8はフロートバルブを拡大した様子です.バルブシートとの接触面のゴム部に錆が付着していることが確認できます.これでは錆が邪魔してシートとの間に隙間ができ,その間からガソリンが漏れ続けることになります.
 また極端に油面が下げられていたことからシートとの接触部に無理な力がかかり,段付きになっていました.

図1.9 錆の堆積しているバルブシート裏側
 図1.9はバルブシートを取り外した様子です.シートハウジング奥の燃料パイプからの通路と,シートの裏側に大量の錆が付着していることが分かります.この錆がバルブとシートすなわち弁と受けの間に挟まって,その隙間からガソリンが漏れ続けていたものであると言えます.

図1.10 錆やゴミの発生している燃料タンク内部
 図1.10は燃料タンク内部の様子です.燃料コックに付属するフィルターが曲がっていました.過去にコーティングした形跡がありますが,錆や異物が少なくない量存在していることを確認しました.これが今回の燃料漏れの元凶であると言えます.たとえ燃料フィルターに穴が空いていたとしても,タンクにゴミや錆がなければ,ガソリン漏れは発生しません.しかし実際に使用している以上は必ずゴミや異物が混入し,錆も発生する場合がある為,燃料フィルターは必ず設置されています.

図1.11 燃料コックOFFで漏れ出した燃料
 図1.11は燃料タンクを取り外して燃料コックをOFFにしたまま24時間保管した様子です.かなりの量のガソリンが漏れ出していました.この結果から,いづれにしても燃料タンクにガソリンを入れた段階で,弁に錆が挟まって隙間ができたキャブレータを通して外部にガソリンが漏れ続けていたと考えられます.
 また,ホースのうち1本がタイラップできつく縛られて出口がふさがれている状態でした.


【整備内容】
 錆の除去とフィルターの設置により燃料漏れの解消を図りました.また燃料タンクはごみを除去し燃料コックを新品に交換しました.燃料コックについては後日別の事例を作成する予定です.

図2.1 錆取り洗浄された燃料パイプ
 図2.1はキャブレータの燃料パイプに発生していた錆を洗浄した様子です.これによりフィルター下流の錆の流入を防ぐことが可能になりました.

図2.2 新品のフロートバルブおよびバルブシート
 図2.2は新品のフロートバルブとバルブシートそしてプレートと固定スクリュの様子です.錆の付着していたフロートバルブは洗浄しても段付きが解消されないため,新品に交換しました.

図2.3 正常な油面
 図2.3は正常な油面の位置を示すフロートの様子です.この状態と比較すれば,いかにおかしな取り付けをされていたか理解することができます.

図2.4 新品のフィルターの取り付け
 図2.4は新品の燃料フィルターをパイプに取り付けている様子です.かなり目が細かいので,小さなゴミも除去できる性能が期待できます.実際に定期的に取り外してみると,細かい錆がかなり濾過されていることが分かります.

図2.5 燃料パイプに取り付けられた燃料フィルタ
 図2.5は新品のフィルタの取り付けられた燃料パイプの様子です.本来はこの状態なので,これが脳にインプットされていれば,燃料フィルタがパイプの中に押し込まれていた状態がいかに不自然で気分の悪いものかが分かるはずです.
 今回は同時にオイル漏れの発生していたオイルラインも修理・整備しました.図のニップルは当社により供給しているオーバーサイズの新品であり,内部はストレート化しています.

図2.6 整備の完了したキャブレータ
 図2.6はオーバーホール 【overhaul】 の完了したキャブレータの様子です.外れかけていたオイルホースを新品に交換して正確に取り付け,SIPCはホースおよびクリップを新品にして正しく取り付け,燃料ホースにはきちんと抜け止めのクリップを使用しました.4番キャブレータは燃料フィルターに錆が詰まっていた ※1 為,その対策を実施しました.

図2.7 メインの燃料ホースに増設した燃料コック
 図2.7は増設した燃料コックの様子です.純正の燃料コックも新品に交換してあるものの,新品でもjガソリン漏れをする場合があるので,コックを左右に1か所合計2か所増設しました.

図2.8 理想的に焼けているプラグ
 図2.8は50km程試運転を実施して取り外したプラグの様子です.燃料漏れがないことを確認して整備を完了しました.ブレーキの不具合 ※2 を除き(後日別の事例にて取り上げる予定です)キャブレータを整備したことにより,エンジンのかかりや加速状態が良好になり楽しく乗ることができました.


【考察】 
 燃料漏れは極めて危険です.車両火災になれば,自分だけでなく周囲にも影響を及ぼします.ましてやそれが風通しの良い屋外ではなく,屋内保管場所や共同駐車場であれば尚更です.

 今回の燃料漏れの最大の原因は燃料タンクから流れ出た錆ですが,フィルターが正常であれば,それを防ぐことができました.フロートを極端に下げると言った小細工は必要ないのです.

 私はよく 『他人の仕事は信じない』, 『自分の目で見て確認していないものは信じない』 と言います.なぜそう貝殻の様に“頑な”になってしまったかは,今回の事例を含め,当社事例を熟読される熱心なメガスピードHPの読者である皆様には分かっていただけると信じています.

 ここまでくると,他の業者がどうだとか,カスタムショップが何だとか,バイク業界の質がどうだとか,そんなことはもうどうでも良いのです.自分がそうならないように,ただひたむきに目の前の仕事をひとつひとつ確実に仕上げるだけです.


※1 フィルター下流の燃料パイプの錆によるキャブレータからの燃料漏れについて
※2 マスターシリンダリターンポートの詰まりによる利きっぱなしになったフロントブレーキについて





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