トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:221~230)


事例:E-230

フィルター下流の燃料パイプの錆によるキャブレータからの燃料漏れについて

【整備車両】 
  RG400EW (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 1型  年式:1985年  参考走行距離:約15,200 km
【不具合の状態】 
  燃料コックをONにすると静止状態でキャブレータから大量に燃料が漏れ出す状態でした.
【点検結果】 
 この車両はお客様がカスタムショップと自称される店で購入されたものですが,納車後すぐに燃料漏れが発生し,どうやっても購入先で直らないということで,メスピードに持ち込まれ整備を承ったものです.先方ではキャブレータを何度も調整したそうですが,実際に点検し直すと,衝撃的な現状を目の当たりにする状況でした.
 結果から言えば,この事例の原因を含め,3番キャブレータの燃料フィルターに大きな穴が空いていて,そこから流れ込んだ錆がフロートバルブに挟まり,燃料漏れを引き起こしていました
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 今回の事例ではそれとは反対側,エンジン右側の4番キャブレータの燃料パイプについて取り上げます.

図1.1 錆で埋め尽くされている燃料フィルター
 図1.1は燃料漏れの原因を調べる為,燃料ホースを4番キャブレータから取り外した様子です.フィルター内部が錆で埋め尽くされている状態でした.この状態ではキャブレータに十分な燃料供給が行われていなかった可能性があります.また本来あるはずの燃料ホースの抜け止めのクリップが着いていませんでした.

図1.2 錆だらけのフィルター
 図1.2は4番キャブレータからフィルターを取り外した様子です.かなり強力に固着していました.ここで致命的な問題は,フィルターが錆で埋め尽くされているということではなく,フィルターの外側に錆が付着していることです.つまりフィルターの側面で錆が発生しているということです.この状態では,フィルターより下流に錆の発生源がある為,フィルターを無視してキャブレータに直接錆が流れ込み,バルブの隙間に挟まって燃料を漏らし続けます.
 またフィルターの色から判断して,相当年月の経過したフィルターであると考えられます.なぜなら新品は真っ白だからです.

図1.3 フィルターを取り外した燃料パイプ内部
 図1.3は燃料フィルターを取り外した直後の4番キャブレータの燃料パイプ内部の様子です.パイプ内側に錆が堆積している上,パイプ自体がひどく錆びていました.これではいくらフィルターが新品だったとしても,その先から錆が流れ続けます.

図1.4 付着していた錆を除去したパイプ
 図1.4は燃料パイプに付着していた錆を除去した様子です.図の様に穴は確保できましたが,パイプそのものが錆びている為,いつこの錆が剥がれ落ちてキャブレータの弁に詰まるか分からない状態でした.フィルターの下流に位置する為,この錆を濾過することは難しいと言えます.


【整備内容】
 対策としてはパイプの錆取りが考えられますが,それを実施した場合に,錆びている部分を溶解する為,ひどい個所では穴が空く可能性が排除できません.もし納車後にそのような事態に陥ればたちまち大量のガソリン漏れが発生し,車両火災につながりかねません.したがって,このキャブレータを再使用するのではなく,当社で在庫していた良質なキャブレータに交換することで対応しました.

図2.1 洗浄された燃料パイプ
 図2.1は当社で在庫していた良質のキャブレータを洗浄して各部を点検し,もともとついていたチェックバルブを除去してオーバーサイズのニップルを圧入した様子です.フィルターの下流がこのようにクリーンな状態になることにより,キャブレータ内部への錆の流入を極力回避することが可能になります.

図2.2 新品の燃料フィルターの取り付け
 図2.2は新品の燃料フィルターを4番キャブレータに取り付けている様子です.このフィルターの状態をご覧いただければ,取り外したものがいかに錆だらけになっていたかを理解することができます.むしろあの様な姿になるまで錆を取り続けたフィルターにご苦労様でした,とひとことねぎらいの言葉をかけたいものです.

図2.3 確実にパイプに取り付けられた燃料フィルター
 図2.3は正常に燃料パイプに取り付けられた燃料フィルターの様子です.2番キャブレータへと続く燃料ホースを新品に交換し,欠落していたクリップを取り付け,万全を期しました.

図2.4 整備の完了したキャブレータ
 図2.4は整備の完了した2番と4番キャブレータの様子です.マニュアルでは指定がありませんが,当社では2番と4番を連結している燃料ホースに擦れ防止のスプリングを取り付けます.クラッチワイヤとの接触から守るという目的もありますが,見た目の美しさを狙ったものであることもまた事実です.
 実際に燃料漏れが解消したことを確認し,50km程度の試運転においてエンジンのかかりや吹け上がりが良好であることも確かめ整備を完了しました.


【考察】 
 この車両を引き受けたとき,カスタムショップと自称される他店の整備歴15年以上という整備担当は,少し前まで調子良く走っていたとおっしゃっていました.燃料漏れは何度もキャブレータを調整したものの,直らなかったと.そこまではまだ私の中で耐えうるキャパシティがありました.しかし次の一言で,再起不能なほどに打ちのめされました.

                 “燃料漏れの原因が分かったら教えてほしい”

 あぁ,神よ,本当に,私はどうすればよいのだろう.
サビが見えなかったのだろうか.キャブレータを外す時に気が付かなかったのだろうか.それともこの事例にある私が遭遇した錆のようなものは,本当は錆ではないのだろうか.私の目がおかしいのか.何を信じたらいいのか.正気なのか.それとも狂っているのか.漏れの原因は錆ではないのか.フロートバルブに錆が挟まっていたのは幻だったのか.


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 正気を取り戻したので考察に戻りたいと思います.

 今回の事例では,燃料コックをONにした瞬間に滝の様にガソリンがアンダーカウル下部から漏れ出すという不具合が発生していました.原因は大きく3つあり,根源が燃料タンク内の錆,次に3番キャブレータのフィルターが破れていたことによる錆の流入,そしてこの事例の4番キャブレータ燃料パイプ内の錆です.それらが複合してフロートバルブに錆が挟まり,閉まるべき弁が開きっぱなしになることにより,ガソリンがキャブレータから漏れ続けていました.
 もはやパイプの錆を除去しきれない状態にあったため,今回は当社で在庫していたキャブレータに交換しました.しかしキャブレータそのものがすでに品薄になっている為,どこまでそのような対処ができるか難しいところです.もしなければ,パイプを抜き取って新しいものを作り,埋め込むということが必要になることは明白で,その場合のコストは非常に大きなものになってしまいます.当社でもなるべく対処できるよう色々なルートからキャブレータを確保する努力をしていますが,何分中古のキャブレータは仕入れてみるまで中身の状態は分からない上,すでに中古のキャブレータそのものが希少になってきています.

 しかしこの事例の様に,交換すべきと判断したものについては,整備をご依頼いただいたお客様には在庫のある限り惜しみなく提供させていただく方針は今後も変わりません.在庫の心配より今ある目の前のお客様がより良い状態で乗っていただければそれで良いのです.


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【あとがき】
 私は今回の整備をしていてイライラすることがありました.多分整備していてイライラするのは初めてだと思います。そしてこれが最初で最後にするつもりです.なぜイライラしたのか.まず第一に,あれだけ錆だらけになっているのに,“漏れの原因が分かったら教えてほしい” と他店の整備担当業者から言われたことです.錆を掃除しながら,私は馬鹿にされているのではないかと思いました.そしてそれ以上に,バイク業界全体がこの業者の様にいい加減だと思われることに納得がいかないからです.いえ,もっと突き詰めれば,私がこの業者と同じだと思われるのが嫌だからです. でもそんなことにこだわる価値すらないと思えるようになりました.お前は何を守っているのか,と.

 どの業界でもそこに入れば悪い部分や腐っている部分が見えるものです.そして思うはずです,いや,おれは違うんだ,と.でもどうでしょう.医者でさえ不祥事を起こしてニュースになれば,医療業界全体が腐っていると思われるのです.私はその範疇で悩むことをやめました.何の意味もないからです.そしてこう思う様になりました.他の同業者がどうであれ,お前はしっかり自分の仕事をすれば良いんだ,と.お前は何を守っている?お前が気にすべき評価は世間一般ではなく,お前が仕事をしたお客様だろが,と.

 そして私は私を信じてくれる人を信じたい.疑って安全を保つより,信じて裏切られた方が良い.だから私はいつも仕事を承るとき,見積もり以上の付加価値をつけられるよう頑張ろうと思うのです.なぜって,創業以来,見積もりの全額前納を受けて初めて仕事を始めるからです.それは私が決めたルールです.そしてその条件でも私を信用して仕事をご依頼していただけるのであれば,全身全霊でそのお客様に尽くしたい.自然にそう思えるのです.


※1 フィルターの破れによりフロートバルブに挟まった錆によるキャブレータからの燃料漏れについて





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