事例:128
パイロットジェットの詰まりとプラグのかぶりによるエンジン始動困難について |
【整備車両】
GSX250RCH (GJ72A) GSX-R250 推定年式:1987年 参考走行距離:約14,000km |
【不具合の状態】
エンジン始動が極めて困難な状況でした. |
【点検結果】
この車両はエンジンが始動しないということでメガスピードにて整備を実施したものです.
症状再現の為セルを回し続けると,辛うじてエンジンがかかったもののすぐにストールしてしまい,
1番シリンダ及び3番シリンダが燃焼していない状態でした.
イグニションコイルの配電から燃焼していない気筒を対比すれば点火系統は問題ないことが推測されますが,
点火系統に不具合がないことを確認してから整備を進めました.
図1.1 不完全燃焼を発生させているスパークプラグ |
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図1.1は取り外したスパークプラグの様子です.
イリジウムは構造的にかぶりにくくなっていますが,
取り外したプラグは全体に煤が堆積している状態であり,1番3番はガソリンがかぶっていました.
明らかに燃焼不良を発生させていたと判断することができます.
2番4番に関しても,キャブレータの燃料系統が適切で本来の性能を発揮していれば,
正しく焼け切れているはずであることから,何らかの異常が発生している可能性があると判断しました.
図1.2はエンジン内部の圧縮圧力を測定した様子です.
4気筒とも約1,200kPa程度を示しており,圧縮状態は非常に良好であると判断しました.
点火系統及び圧縮が問題ないことから,今回の不具合の発生原因は燃料系統であると結論付けられ,
キャブレータのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施しました.
図1.3はフロートチャンバを取り外して内部の状態を点検している様子です.
ボデーには一見大きな腐食もなく,正常だととらえても特段おかしくはない状況ですが,
実際にジェット類を取り外してみると,やはり不具合の原因と考えられる詰まりが発生していることが確認できました.
図1.4は取り外した1番シリンダを受け持つパイロットジェットの通路の様子です.
内部が詰まっており,強い光を背後から照らしてやっとわずかな穴が辛うじて空いていることが確認できる状態でした.
これではアイドリング時にエンジンに正確な混合気を供給することはできません. |
【整備内容】
キャブレータの通路をすべて適切な径で貫通させる為,修正可能な部位に関しては修正し,
部品交換した方が確実な部位に関しては新品に交換しました.
図2.1は新品のパイロットジェットの通路の様子です.
図1.4の詰まりにより通路の狭まったパイロットジェットと比較すれば,いかに状態が悪かったかを理解することができます.
図2.2は新品のパイロットジェット外観の様子です.
取り外したジェットは経年により色あせて材質そのものが脆くなってしまっているのに対して,
新品は光沢があり且つ材質に粘りがあることから取り付けの際にも頭を破損させる危険性が低いといえます.
この点は燃料供給という本来の機能にプラスして新品に交換するメリットであり,
部品供給がある場合は可能な限り新品に交換しておくことが望ましいといえます.
特にGJ72Aのキャブレータではパイロットジェットが折れ込んでいたり,頭がなめていたりする事例が少なくない為 ※1 ,
材質が新品に交換されることはそれらを避ける意味でも非常に大切です.
図2.3 点検洗浄されたキャブレータに組み付けられた新品のパイロットジェット |
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図2.3は新品のパイロットジェットを点検洗浄,通路の完全に開通したキャブレータボデーに組み付けた様子です.
これにより,始動直後の低回転における燃料供給の安定化を図りました.
図2.4はキャブレータ標準仕様及び標準番手で走行後に取り外した,スパークプラグ (NGK LR8A) の電極部の様子です.
完全に負荷をかけた状態での走行を含めた結果であり,標準プラグ8番においては碍子部はほぼ焼け切る状態でした ※2 .
走行後の結果を比較すれば図1.1のプラグの状態が,
不完全燃焼を起こしていた為に,いかに劣悪な状態であったかを知ることができます.
始動が良好になり,走行も超高回転エンジンらしいフィーリングを得られたのを確認して整備を完了しました. |
【考察】
イリジウムプラグといえども,空燃比が最適でなければその性能を発揮することができず,
かぶりを生じて燃焼不良を起こします.
その結果更に燃焼状態の悪化から,供給されたガソリンが消費されずにプラグに堆積し,
エンジン始動不可能な状態に陥るまでにはそう時間を要しません.
この事例では長期保管により詰まったパイロットジェットやスタータジェットから始動時における燃料が十分に供給されず,
不安定になった空燃比が不完全燃焼を誘発し,プラグをかぶらせていったものであると推測できます.
またエンジンが不安定な為に,その回転を維持する為にスロットルを開け過ぎて,
主燃料が大量に出てプラグをかぶらせた可能性も否定することはできません.
この車両は2年前に一時抹消している為,実際の走行確認はされておらず,
購入時に販売先の業者がエンジンを始動し,それをその場で互いに確認したというものですが,
それはセルモータとクランクシャフトが回転して無負荷の状態でエンジンが空回りすることを示しただけに過ぎません.
無負荷で吹けるのは当たり前であり,空ぶかしで吹け上がらないエンジンはゴミと一緒です.
したがって,“エンジン始動の確認”は実際の走行を約束するものではなく,
またエンジンのかかり具合の良さを示す指標にもなりません.
この事例においては,実際に購入後3日でエンジンがかからなくなったことから,
業者から引き渡された時点ですでにギリギリかかる状態の末期であったと言わざるを得ず,
現にこのキャブレータの詰まり具合を見れば,エンジンがかからなくて当然といえます.
またこの業者はエンジン始動直後に極度の不安定さをごまかす為,ガンガン空ぶかししていたということですが,
(結果論でいえば,パイロットジェットが詰まっていればアイドリングするはずがないのです!)
始動直後の空ぶかしという愚かなことは決して実行してはなりません.
それがオイルが重力でほとんど落下してから久しぶりにかける,
いわゆる“ドライスタート”であった場合は尚更,エンジンにとって極めて悪影響を及ぼします.
特にインジェクションの始動性の優れたエンジンで,セルを回した瞬間に始動するような場合,
オイルがヘッドまで供給される前に空ぶかしをすれば,
オイル切れの状態でエンジンを回すことと同レベルの致命的な愚行であり,
絶対に避けなければなりません.
オイルが回るのが先だったとしても,オイルやエンジン本体は冷えていて,
何よりエンジンのクリアランスは冷えた状態では最大であり,
金属同士がぶつかるすき間が大きければ大きい程に加速度が生じ,摩耗の大きな原因になります.
そもそも暖機前の冷えたエンジンを高回転まで空ぶかしするという行為そのものが問題外です.
高回転まで空ぶかしをすることに何の意味もありません.
エンジンは回る様に設計されており,回るのが当然で,それを作ったのは製造メーカーです.
空ぶかしで吹けるからといって何も販売業者が得意になることなどないのです.
わざわざ高回転まで吹かして得意にならなくても,
高度な整備技術者であれば,エンジンの状態はアイドリングからのわずかなスナッピングにおけるノーロードレスポンスで,
概ね判断することができます.
エンジンを本当に大切にしている人であれは始動直後に空ぶかしなどするはずがないことを容易に理解できると思います.
用品の量販店には,始動時の摩耗を防ぐ添加剤すら販売されているくらいなのです.
例えその摩耗レベルがエンジン寿命全体から見れば無視できるレベルであったとしても,
本当に内燃機関を理解している人であれば,始動直後の極端な空ぶかしという愚かなことはまず行いません.
素人ならまだしも,すでに21世紀になっているにもかかわらず (時はまさに世紀末・・・ではないのです),
いまだに始動直後にあたかも得意げにバンバン空ぶかしをしている同業者を見るたびに,
機械に対する見識レベルの低さを嘆かずにはいられないことを,
メガスピードHPの熱心な読者であれば容易に想像することができるはずです.
“始動直後の空ぶかし”についてはボリュームが大きい為,
改めて別の項目でトッピックのひとつとして取り上げる予定です.
いささか本筋からずれたので,もとにもどり,当該事例について続けます.
この事例の不具合はパイロットジェットの詰まりの結果,燃料供給不足によるプラグのかぶりが始動困難の原因でした.
イリジウムは自己清浄性能が高い為,これがかぶった状態であることから,
その原因を除去しない限りはプラグを交換してもすぐに同じ症状に至ります.
やはりなぜプラグがかぶるのか,原因を突き止め,それを取り除くことにより症状が改善するといえます.
すなわちプラグのかぶりは二次的な不具合であり,その原因である根幹の一次不具合を直すことが,
燃焼その他に影響を与え,総合的に症状が改善していく場合が少なくなく,
キャブレータに関しては必ずといって良いほど,包括的な整備技術が求められるのです.
※1 “エキストラクターによる頭部破損パイロットジェットの抜き取りについて”
※2 “プラグの焼け具合と実際の走行状態について”
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