燃料フィルター未装着による錆の混入がもたらすガソリン漏れ及びエンジン始動不可ついて |
【整備車両】
RGV250M (VJ22A) RGV250Γ(ガンマ) 推定年式:1991年 参考走行距離:15,500km |
【不具合の症状】
エンジンがかからず,燃料コックONでガソリンがドレン・ホースからオーバーフローし,
キックをすると排気チャンバ―サイレンサからガソリンが噴水のように飛び出しました. |
【点検結果】
この車両はエンジンがかからないということ及びガソリンが漏れているということで,
メガスピードにて整備を行ったものです.まず状況の確認から点検する流れになりました.
図1 キャブレータ・フロート・チャンバ・ドレンホース |
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図1はキャブレータ・フロート・チャンバ・ドレンホースです.
引き取りにお伺いした時には,このホースからガソリンがかなりの量漏れ出していました.
燃料コックをOFFにすると漏れが止まるということから,フロート・バルブ廻りに不具合があると推測しました.
図2はガソリンの噴き出した排気サイレンサの様子です.
エンジンをかけようとキックペダルを踏んだところ,サイレンサから勢い良くガソリンが噴き出し,
地面に水たまりの様なシミができるくらいの量が排出されました.
傾斜や通路の位置関係からキャブレータからオーバーフローして外部に排出し切れなかったガソリンが,
リードバルブに流れ込みシリンダを通ってエキゾーストに到達したものであると考えられます.
図3は取り外したスパークプラグの様子です.
全体がガソリンでびしょびしょになっていて,点火状態が不十分であることは明らかであり,
漏れ出した燃料がプラグを覆ってしまった結果,失火によりエンジンがかからない原因となっていたといえます.
これらの状況からキャブレータで止まるべき燃料がドレンホース方向やシリンダ方向に流れ出していたといえ,
その原因はフロート・バルブの閉まりの機能不全が推測される為,
キャブレータをオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)しました.
図4はエンジンから取り外したキャブレータの燃料パイプの様子です.
本来装着されているはずの目の細かいフィルターがありませんでした.
この状態では,燃料コックに取り付けられたコック・ASSYのフィルタを通り越した錆がフロート・バルブまで到達します.
図5は取り外した左キャブレータのフロート・チャンバの様子です.
パワー・ジェット廻りやパイロット・ジェット,ドレン・ボルト周辺に錆が堆積していました.
このことから,錆はニードル・バルブをすり抜けてフロート・チャンバに流れ込んだものであると考えられます.
図6 わずかに段付きの発生しているニードル・バルブ |
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図6はニードル・バルブ先端の様子です.
多少の段付き摩耗はあるものの,これが直接ガソリンを密封する性能の低下につながっているとはいい切れません.
したがって,これらのことから判断すると,燃料フィルターが紛失していることにより,
燃料タンクの錆がニードル・バルブとバルブ・シートに挟まり,
そのすき間からガソリンが際限なくシリンダやドレン・ホースに流れ込んだと判断できます. |
【整備内容】
ニードル・バルブの摩耗は著しいものとはいえないものの,わずかとはいえ段付きが確認できたので,
この機会に合わせてバルブ・シートとともに新品に交換しました.
図7は新品のフロートバルブASSYの様子です.
内容はニードル・バルブ,バルブ・シート及びシートとハウジング間をシールするOリングです.
いわゆる瓶と栓の両側を新品にすることにより,燃料漏れに対する確実な整備を行いました.
図8は新品の燃料フィルタの様子です.
目がかなり細かいのでろ過能力は十分であり,かつ層が薄く一枚なのでガソリンの流量の妨げになりません.
小さな部品ですが,実際に使用して走行したものを取り外してみると,
かなり細かいゴミや錆をろ過する能力があることが分かります.
図9はキャブレータに圧入されている燃料パイプに取り付けられた新品の燃料フィルタの様子です.
これにより,燃料タンクからの錆もキャブレータ付け根でろ過し,
ニードル・バルブにはクリーンなガソリンのみ供給され,錆の挟み込みによる燃料漏れを解消することができます.
図10 オーバーホール【overhaul】の完了したキャブレータ |
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図10はオーバーホールの完了したキャブレータの様子です.
ジェットの選定や,各部品の点検洗浄等,そして混合気の空燃比や燃料調整を行い,
燃料漏れやプラグのかぶりが解消されていて,始動や吹け上がりがスムーズであることを確認して整備を完了しました. |
【考察】
燃料が漏れ出すと様々な不具合が懸念され,中でも最も注意しなければならないのは車両火災です.
この事例ではシリンダの中にもガソリンが流れ込み,
キックするとサイレンサからジャバジャバと大量のガソリンが噴き出す状態でした.
いわゆるウォータ・ハンマの状態にならなかったのは停止時におけるピストンの位置等様々な要因が考えられますが,
早急に修理・整備が必要な状態であるといえます.
今回の事例では,燃料タンクから流れ込んだガソリンに混ざった錆が,ニードル・バルブとバルブ・シート間で挟まり,
そのすき間からガソリンが流入し続けたものであると判断できます.
VJ22Aは燃料コックにもフィルタがついていますが,
やはり目の細かい燃料パイプに取り付けるべきフィルタが要であるといえ,
それの有無がガソリン漏れという現象が発生するかしないかの分かれ目となります.
またエンジンがかからない原因はシリンダに流れ込んだガソリンによるプラグの著しいかぶりが原因であり,
この様な状況に陥らない為にも,燃料漏れは極力回避しなければなりません.
今回の事例の車両は他社からお客様が購入されたものであり,
フィルターの有無を納車時に点検したかどうかは分かりません.
車両の発売からかなりの年月が経っているのでその間の素人整備によりフィルターが抜き取られた可能性もあります.
通常燃料系統には必ずどこかにフィルターが取り付けられていると考えるのが自然であり,
特にタンクからキャブレータ間の燃料ホースに燃料フィルターが取り付けられていなければ,
キャブレータの中に設置されている場合が少なくありません.
少なくともキャブレータを分解する場合はその様なことを常に念頭に置きながら整備すべきであり,
この事例の様にフィルターが抜き取られていればすぐに気付かなければなりません.
小さな部品でも機能は重要であり,やはり正しく取り付けられる必要があります.
もしあると推測されるものがない場合は必ず整備書なりで確認することが求められ,
適切な処置が施されなければならないといえます.
この車両は車台番号からRGV-(M)型と判断できますが,
本来のミクニTM30SS型の判別刻印:22D5のパワージェットがないタイプのキャブレータではなく,
RGV-(L)型のミクニTM33SS型の判別刻印:22D0のパワー・ジェットがあるタイプのキャブレータが取り付けられていました.
これは発売からメガスピードにて修理を行うまでの間に交換されてしまったものであり,
スロットルストップスクリュに回り止めのスプリングやシートが取り外されてしまっていること(※1)や,
ソレノイドのホースがメーン系統とパイロット系統が間違えて取り付けられていること(※2),
不適切なドレンボルトが使用されていたこと(※3)等を考えると,
素人によりグチャグチャにされてしまった残念な車両であるという感は否めません.
ソレノイドの機能もL型とM型では若干異なる為,基本的にはL型にはL型の,
そしてM型にはM型に設計されたキャブレータを使用すべきであるといえます.
今回の事例では,車両のエンジンに対するキャブレータの変更や,
それにより適合外のソレノイドの組み合わせになっていましたが,
現物に合わせて混合比や燃料調整等を行い,問題なく走行できる状態に調整しました.
やはりこれと同様に,SPあるいはSPⅡモデルに標準モデルの部品が取り付けられていたり,その逆もしかりで,
色々な設定の存在したモデルはもはやグチャグチャにされていると考えた方が良いといえ,
現状は非常に憂慮すべきであるといえます.
しかし案ずることなかれ,例え不運にもその様な中古車を購入してしまった場合でも,
メガスピードでは可能な限り現物に合わせて調整を行い,
最良の状態でお客様に楽しんでいただけるよう,日夜精進してまいります.
(※1)スロットルストップスクリュの整備事例は,
“アジャストスクリュの取り付け不良と不安定なアイドリングについて”
をご覧下さい.
(※2)ソレノイド・バルブ・ホースの整備事例は
“エア系統ソレノイド・バルブ・ホースの組み間違いによる不適切な空燃比について”
をご覧下さい.
(※3)不適切なドレンボルトの整備事例は,
“不適切なドレンボルトの使用による燃料抜き取り時の燃料漏れについて”
をご覧下さい. |
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