シャフトの段付き摩耗による2サイクルエンジンオイルポンプ本体からのオイル漏れについて |
【整備車両】
R1-Z (3XC) 3XC1 推定年式:1990年 参考走行距離:15,200 km |
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【不具合の状態】
2サイクルエンジンオイルポンプからオイルが漏れていました. |
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図1.1 オイル漏れの発生している2サイクルエンジンオイルポンプ |
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図1.1は2サイクルエンジンオイルポンプ本体からオイル漏れが発生している様子です.車両を走行させるたびに漏れが発生する状態でした. |
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【整備内容】
2サイクルエンジンオイルポンプの部品設定はR1-ZとしてはASSYでの供給の為一式交換になります.しかし実際には内部のオイルシールとガスケットが入手できる為分解整備が可能です.ですが,ここで最も重要なのは分解整備が可能ということだけであり,実際にはオイルシールの相手側であるシャフトすなわち金属が摩耗していることが多く,その場合は何度オイルシールを新品にしても漏れは解消しません.そしてその形状からシャフトを製作するのは容易ではなく,もしどうしても再使用するのであれば溶射肉盛等により加工 ※2 が必要になります.なぜならシャフトの部品設定はないからです.したがってまだ新品のオイルポンプ本体の部品の供給がある場合,金属部の消耗を考えれば新品に交換しない選択肢はありません.ゆえに今回はポンプをASSYで新品に交換しました. |
図2.1は新品の2サイクルエンジンオイルポンプの様子です.繰り返しになりますが,“漏れ”という現象を一時的に解消させるのであればガスケットなりシールなりを交換すれば事が足りる場合があります.しかし回転運動するものですから,必ず金属の摩耗が発生していること,そしてその受けや相手側も同様であるということを考えれば,少なくとも発売から20年以上経過している車両の部品について,新品が出るのであれば新品に交換しておくべきであるということが理解できるはずです.そしてそれは,新品が無い為に毎回苦労している当事者としての意見が強く含まれていることをつけ加えておきます. |
図2.2 オイル漏れの解消した2サイクルエンジンオイルポンプ |
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図2.2は新品の2サイクルエンジンオイルポンプに交換し,試運転を実施してから再度オイルポンプを確認した様子です.漏れが解消したことを確認して整備を完了しました. |
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【考察】
確かに部品がなければ,分解整備してオイル漏れを直すという手段を取らなければなりません.しかし金属部位は摩耗したままであり,どんなにシールやガスケットを交換しても,やがて漏れが収まらない時期が必ず訪れます.その場合は前述の様に肉盛溶射等の金属加工が必要になります.そうであれば分解整備するのではなく,その他回転体も含めたASSYで一式新品に交換する方が先々のことを考えれば得策であることは言うまでもありません.
特に古いバイクを扱う場合,分解整備すなわちオーバーホール【overhaul】は最終手段であり,まず新品で出る部位はそっくり新品にする方が総合的に良いという場合が少なくありません.特に2サイクルエンジンオイルポンプは機能としては最重要部品であるにもかかわらず,2万円程度で新品が入手できるのであれば,やはり分解整備してオイル漏れを直すよりも,新品に交換した方が間違いありません.特に今後長い間車両の走りを楽しみたいのであれば尚更です. |
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【参考】
今回の整備事例では新品のオイルポンプが供給されていた為,ASSYで新品に交換することができました.よって取り外したオイルポンプに用はないのですが,オイル漏れの発生した原因を探る為,分解して内部の状態を確認しました. |
図3.1 分解されたオイル漏れの発生している2サイクルエンジンオイルポンプ |
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図3.1は漏れの発生していたオイルポンプを参考までに分解した様子です.AとCのオイルシールが2か所とBのガスケットが1箇所,それにメクラ栓を兼ねたDのオイルシールが1か所使用されています.A・B・Cは単体で部品を入手することは可能ですが,残念ながらDで示したメクラ栓のオイルシールは単体での部品設定が不明です.したがってもし分解整備したとしても,この部分はノータッチで行くしか選択肢が無い為,厳密に言えばオイル漏れの不安を内在したままであり,完全に分解整備したとは言い切れません.つまりこの時点で,当たり前のことですが,新品のオイルポンプASSYの交換より,分解整備の方が下位に位置する修理法と言わざるを得ないのです.もちろん新規設計でオイルシールを作成すれば部品の問題は解決しますが,そのコストが新車一台分に匹敵するとしたら,2万円程度でオイルポンプを丸ごと新品に交換することに比べて何の意味もないことです. |
図3.2 オイルシール接触部の段付き摩耗が発生しているシャフト |
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図3.2は段付き摩耗が発生しているシャフトの様子です.赤矢印aで示した部分が指で触って分かる程度まで段付き摩耗していました.今回の漏れの大きな原因は経年劣化によるオイルシールの衰損とこの金属部の段付き摩耗であると推測することができます.オイルシールは新品が入手できても,シャフトの方は新品の供給はなく,1から製作するのも現実的ではありません.また肉盛溶射して研磨するとしてもシャフトの幅が狭い為極めて困難です.またシリンダを研磨してその減少分はオイルシールの性能あるいは公差で補うという手段も考えられますが,リップの張りの分を予め削ってしまう為,密封性能の低下は否めません.したがってその様な手法は新品の供給がなくなってからの手段となります.
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図3.3 オイルポンプ内部の新品のオイルシールおよびガスケット |
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図3.3は参考までに取り寄せた,図3.1のA・B・Cにあたる新品のオイルシールおよびガスケットの様子です.メガスピードHPの賢い読者であれば,この段階ですでにこの様な部品を新品で入手することに対して期待するほど価値がないことをすでに理解しているはずです.
以上より,一般的なレベルでのオイルポンプの分解整備の効果は限定的であり,新品の供給がある限り,オイルポンプをASSYで新品に交換しておくことが最も効果的であると結論付けられます.もっとも,漏れが発生するということは,オイルシールの衰損と同時に相手側の金属も摩耗していると考えるのが自然であり,そうであれば部品供給があるうちは新品にしておくことが望ましいということは明白であり,それを敢えて述べるほどのことでもありません.
ウェブ上ではこのオイルポンプを分解して修理法を公開しているサイトがいくつかあるそうです.しかし本当にそれが有効なのかどうかを判断する為には,総合的に長期的な視野で物事を見なければなりません.分解できる構造である以上,どんなに部品点数が多くとも,分解・組立したからといって何も得意になることはありません.整備技術者からすれば,日常のありふれたごく当たり前のことに過ぎないのです.
大切なのは,分解して一番交換したいものが交換できるかどうか,あるいは加工して修正できるかどうかという判断ができるかどうかです.この事例で言えばシャフトが交換あるいは修正できるかどうかに分解する意義の大半が含まれています.オイルシールは当たり前ですが,摩耗したシャフトを一番交換あるいは修正したいのです.そしてもしそれが不可能であればどういった選択肢が一番ユーザーにとってメリットがあるのかを考えなければなりません.仮にもし私の所有するバイクが同じ状況であったのなら,迷わず新品に交換します.そして自分のバイクに対してそう思うのであれば,尚一層お客様には新品をお勧めするはずです.分解整備しても再び漏れを引き起こすような状態の不安な部品を残しておくようでは,修理したことにはならないのです.
2万円程度で新品が手に入るのであれば,むしろ安過ぎるくらいであり,部品供給があることに感謝しなければならないと私は感じます.修理事業者にはそれほど,絶版になった時の対応が大変なのです.
もちろん何でもかんでも新品にすれば良いというものではありません.しかし,特に古い車両を整備する場合,新品にしておいた方が長期的にみてコストダウンできる場合もあるということを常に頭の中に入れておく必要があるのです. |
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