トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:71~80)



2サイクルエンジンのオイルポンプ吐出量の測定について(原動機の型式:J206)


【整備車両】

RGV250M (VJ22A) RGV250(ガンマ)  推定年式:1991年  参考走行距離:約15,500km


【不具合の状態】

高速道路を走行し始め30km程度走行した付近でエンジンが焼き付き停止しました.


【点検結果】

この事例の車両はお客様が他店で購入され,高速道路を走行し始め,30km付近でエンジンが停止したものです.

購入先の販売店で保証の範囲で点検したところ,フロントバンクすなわち2番シリンダのピストンが損傷していた為,

ピストンのみ中古品に交換したということです.

走行できる状態になったことから,念の為セカンドオピニオンとしてメガスピードに整備のご依頼があり,点検を承りました.

お客様のご自宅から当社まで自走で来られましたが,

その間にオーバーヒートを起こし,水温が高い為5,000rpm~6,000rpmの中回転で持ち込まれました(※1)

この車両の最も根幹とされる整備の主軸はエンジンの焼き付きの原因を探り,再発を防止することです.

エンジンの焼き付きには,2サイクルエンジンの場合,

    1) 2サイクルエンジンオイル切れによる金属同士の焼き付き

    2) オーバーヒートによる金属同士の焼き付き

    3) 不適切な空燃比による異常燃焼

の大きく分けて3つの原因が考えられます.

今回は(1)のオイル切れによる金属同士の焼き付きと(2)のオーバーヒートによる金属同士の焼き付きのについて,

点検整備のご依頼を承り,(3)については後日燃料漏れによるエンジン始動不可の状態が発生した為(※2)

キャブレータオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施しました.

この事例では(1)の2サイクルエンジンオイルについて記載します.



オイル廻りの整備一式を承ったなかで,オイルラインのホースの状態の点検や,

オイルポンプの調整,オイルポンプの吐出量測定を行いました.

目的は,焼き付きを回避する為現在オイルポンプの吐出性能がどのくらいあるかを把握しておくことと,

それによるオイルの吐出量に合わせたオイルワイヤの引き具合,

すなわちオイルポンプのレバー開度調整の目安を見極めること,

そしてエンジンの焼き付きの原因がオイル廻りの不具合であったか見極め再発防止を図ることです.



図1 オイルポンプ吐出量の測定

図1はオイルポンプの吐出量を規定の回転数で測定している様子です。

オイルポンプの吐出量は,原動機型式:J206に使用されているオイルポンプに対して,

クランクシャフト2,000rpmにおいてオイルポンプレバー全開で2分間に約5,38mlのオイルを消費すると規定されています.

オイルポンプまでの動力伝達経路は,プライマリドライブギヤ,プライマリドリブンギヤ,ファーストドライブギヤ,

ファーストドリブンギヤ,オイルポンプギヤの順となり,

オイルポンプの減速比は,(59/23)・(27/11)・(21/27)で4,897です.

これらのことから,クランクシャフト2,000rpmはオイルポンプ約408rpmに相当します.



図2 オイルポンプから吐出されたオイル

図2はオイルポンプから吐出されたクランク軸2,000rpmにおけるオイルの量です.

メスシリンダの1と2はシリンダ側,3と4はクランク側の吐出量です.

レバー開度75°以上の全開状態で,シリンダ側の消費量は67,5ml/H,クランク側が11,5ml/Hであることから,

シリンダ側の消費量は約3,38ml/3min,クランク側の消費量は0,57ml/3minとなり,

シリンダ側の消費量はクランク側の約5,869倍であること,すなわちシリンダとピストンの摺動部に要求されるオイルの量が,

クランクベアリングの潤滑に必要とされるオイルの量の約5,869倍であり,

クランクベアリングを潤滑したオイルも一部はシリンダに回ることを考えれば,

いかにピストンとシリンダ間の潤滑が過酷であるかが分かります.



アイドリング状態のオイル吐出量はレバー全閉時において,クランク軸1,300rpmはオイルポンプ約265rpmに相当します.

以上を踏まえて今回は以下の2つのパターンに分けてオイルの吐出量を測定しました.


   ①フルスロットルすなわちオイルポンプレバー全開におけるオイル吐出量

   ②アイドリングにおけるスロットルOFFすなわちオイルポンプレバー全閉におけるオイル吐出量


①を測定するにあたり,メスシリンダの目盛が最低0,5mlであることから,計算上クランク側のオイル消費量が,

2分の測定では最低ラインに届かないと推測される為,測定を3分間行い精度を上げて検査しました.

表1と表2はそれぞれシリンダ側とクランク側の測定結果をまとめたものであり,

表3にはシリンダ側とクランク側の測定の合計を記しました.



シリンダ側 ①オイルポンプ約408rpm
(クランク軸2,000rpm)
②オイルポンプ約265rpm
(クランク軸1,3,00rpm)
3分間 レバー全開 60分間 レバー全閉
1番 3,45ml 2,35ml
2番 3,45ml 2,40ml
合計 6,90ml 4,75ml
表1 オイルポンプのシリンダ側オイル吐出量

表1はオイルポンプからシリンダ側へのオイルの供給量の測定した結果を示したものです.

オイルポンプ約408rpmにおける3分間レバー全開の吐出量は,

1番シリンダが3,45ml,2番シリンダも3,45mlの合計6,90mlでした.

またオイルポンプ約265rpmにおける60分間レバー全閉の吐出量は,

1番シリンダが2,35ml,2番シリンダが2,40mlの合計4,75mlでした.

これらのことからクランク軸2,000rpmにおいても,1,300rpmにおいても,1番シリンダと2番シリンダの,

オイルの吐出量に偏りがないことが確認できました.



クランク側 ①オイルポンプ約408rpm
(クランク軸2,000rpm)
②オイルポンプ約265rpm
(クランク軸1,3,00rpm)
3分間 レバー全開 60分間 レバー全閉
1番 0,60ml 0,40ml
2番 0,62ml 0,30ml
合計 1,22ml 0,70ml
表2 オイルポンプのクランク側オイル吐出量

表2はオイルポンプからシリンダ側へのオイルの供給量の測定した結果を示したものです.

オイルポンプ約408rpmにおける3分間レバー全開の吐出量は,

1番クランク側が0,60ml,2番クランク側が0,62mlの合計1,22mlでした.

またオイルポンプ約265rpmにおける60分間レバー全閉の吐出量は,

1番クランク側が0,40ml,2番クランク側が0,30mlの合計0,70mlでした.

これらのことからクランク軸2,000rpmにおいても,1,300rpmにおいても,1番クランク側と2番クランク側の,

オイルの吐出量に偏りがないことが確認できました.



シリンダ側と
クランク側の合計
①オイルポンプ約408rpm
(クランク軸2,000rpm)
②オイルポンプ約265rpm
(クランク軸1,3,00rpm)
3分間 レバー全開 60分間 レバー全閉
1番 4,05ml 2,75ml
2番 4,07ml 2,70ml
合計 8,12ml 5,45ml
8,20ml 5,20ml
誤差 約1% 約4,8%
3分間の規定量 8,07ml -
規定量に対する
実際の供給量の割合
約101% -
シリンダ側とクランク側の
オイル吐出量の割合(規定値)
5,87 -
シリンダ側とクランク側の
オイル吐出量の割合(測定値)
5,66 -
規定の割合に対する
実際の割合の差
約4% -
表3 シリンダ側とクランク側を合計したオイルポンプオイル吐出量

表3はオイルポンプからシリンダ側及びクランク側へのオイルの供給量の測定した結果の合計を示したものです.

オイルポンプ約408rpmにおける3分間レバー全開の吐出量は,

1番シリンダ側とクランク側の合計が4,05ml,2番シリンダ側とクランク側の合計が4,07mlであり,

これらの合計が8,12mlでした.

オイルポンプレバー全開でクランク軸2,000rpmにおける2分間の規定量が約5,38mlであることから,

これを3分間に換算すると,約8,07mlであり,規定量に対する実際の供給量の割合が約101%でした.

このことはほぼ整備書の性能通りオイルポンプが稼働していることを示しています.

オイルポンプに供給されたオイルの量を親とすれば,

それに対するオイルポンプから吐出された量の誤差は約1%程度であり,

ロスすることなく確実にオイルが伝達されていると判断することができます.

またオイルポンプ約265rpmにおける60分間レバー全閉の吐出量は,

1番シリンダ側とクランク側の合計が約2,75ml,2番シリンダ側とクランク側の合計が約2,70mlであり,

これらの合計が約5,45mlでした.

これも同じくオイルポンプに供給されたオイルの量を親とすれば,

それに対するオイルポンプから吐出された量の誤差は約4,8%程度であり,

測定時間が60分と,全開の測定に比べて30倍の長さを考慮すれば誤差の範囲であり,

結果的に良好であると判断することができます.

そして,シリンダ側とクランク側のオイルレバー全開時のオイルの吐出量の割合をみると,

規定値ではシリンダ側の吐出量67,5ml/Hから3分間に換算した3,375ml/3minと,

クランク側の11,5ml/Hから3分間に換算した0,574ml/3minが導き出され,

シリンダ側のクランク側に対する吐出量の割合は約5,896倍となります.

実際の測定値では,シリンダ側の合計が約6,90mlで,クランク側の合計が1,22mlであることから,

シリンダ側のクランク側に対する吐出量の割合は約5,655倍であり,

規定値と測定値の誤差は約4%程度でした.

これは実際に測定した方がシリンダヘの供給量が規定値より約4%少なくなっているといえますが,

ほぼ誤差の範囲であり,オイルポンプの性能は極めて良好であるといえます.



図3 オイルタンクからのオイルの自然落下量の測定

図3はオイルタンクからオイルホースを通って供給される自然落下するオイルの量を測定した様子です.

規定値ではクランクシャフト2,000rpmにおけるオイルポンプレバー全開で,

2分間に約5,38mlのオイルを消費するとされていることから,

オイルポンプの単純吐出量はエンジン回転数に比例することから,これをレッドゾーン12,000rpmに換算すると,

スロットル全開すなわちオイルポンプレバー全開で2分間に32,28mlのオイルが必要であり,

最大消費量の32,28mlプラスαを満たしていれば,オイルタンクからのオイル供給が十分であると判断できます.

今回はオイルタンクを洗浄,オイルホースを新品に交換した状態の良いものを使用し,

オイルの自然落下量すなわち最大供給量を測定しました.

表4は測定結果をまとめたものです.



オイルタンクからのオイルの自然落下量
a オイルタンクのオイル残量8割 オイルタンクのオイル残量1割
5秒間の実測 3,20ml 2,40ml
2分間に換算 76,8ml 57,6ml
2分間の規定量
(最低必要量)
32,28ml
規定量に対する
実際の供給量の割合
237% 178%
表4 オイルタンクからのオイル供給量の測定

今回の測定では5秒間のオイルタンクからのオイルの自然落下量を測定し,

それをもとに2分間の落下量に換算して,それが最低限エンジンが必要とされる量を上回っているか確認しました.

物理の法則からオイルタンクがオイルで満たされているときの出口の吐出圧力が最大であり,

中身が空に近い状態の出口の吐出圧力が最小であることから,

オイルタンクの残量が8割のときと,1割のときの2つの条件で測定しました.

測定結果から,オイルタンクの残量が8割のときの5秒間の自然落下量は約3,20mlであり,

2分に換算すると76,8mlとなります.これは最低限必要とされる32,28mlの約237%に相当し,

安全率でいえば約2,4になり,十分に供給量が必要量を上回る結果であるといえます.

またオイルタンクの残量が1割のときの5秒間の自然落下量は約2,40mlであり,

2分に換算すると57,6mlとなります.これは最低限必要とされる32,28mlの約178%に相当し,

安全率でいえば約1,8になり,十分に供給量が必要量を上回る結果であるといえます.

これらのことから,点検洗浄した現段階で,オイルタンクからのエンジンに対するオイルの自然落下量は,

必要とされる容量以上の供給があることが確認できました.

もし何らかの詰まりやオイルホースに亀裂等が発生し,オイルの自然落下量が必要量の32,28ml/2secを下回れば,

いくらオイルポンプが正常でも,オイル不足によるエンジン焼き付きは避けることができません.

やはりポンプのみならず,供給元も十分に点検整備しておくことが必要であるといえます


【整備内容】

図4 点検洗浄されエンジンに組み付けられた,良好な測定結果を出したオイルポンプ

図4は点検洗浄し,良好な測定結果を出したオイルポンプをエンジンに組み付けた様子です.

同時にオイルホースや擦れ防止ホース,クリップ等も新品に交換し万全を期し,

すべてを組み立て40km程試運転を行い,良好であることを確認して整備を完了しました.


【考察】

この車両は高速走行30km程度でエンジン焼き付きを発生させ,

購入店で1番ピストンのみ交換されたということですが,

シリンダヘのオイルポンプからのオイルの吐出量に測定結果に1番と2番で偏りがないことから,

オイル廻りの不具合により1番シリンダのみ焼き付きが発生した可能性はかなり低いといえます.

焼き付き後に他店でシリンダを取り外されたことにより,

車両の状況は不具合発生時の状態から汚染されているといえます.

そこで行われたリザーバタンクホースの付け忘れによるオーバーヒート(※1)は,

最も避けなければならないヒューマンエラーのひとつであるといえます.

オイル廻りの整備一式を承った中で点検しているときに,

焼き付きによりピストンが交換されたとされる1番シリンダへのオイルホースが半分抜けていて,

オイルが滴になっていました.

メガスピードに入庫された時点で,すでに他店で保証による焼き付きの整備後の現象なので,

焼き付き時にホースが抜けかかっていたかを特定することができない為,

これがエンジン焼き付きに結び付いたということはできません.

ピストンを交換するにはシリンダを外す必要があり,その為にはオイルホースの脱着が行われますが,

おそらくピストンを交換してシリンダを組み付けた時に,

作業者がオイルチェックバルブのニップル根元までホースを差し込まなかったと考えられます.



様々な経緯がありましたが,

その上で今回メガスピードにてオイル廻りの整備を一式行うことにより,

お預かり前にオイルホースの抜けや,オイル残量の低下によるオイル切れ等がなかったとすれば,

当社でオイルポンプが正常であり,オイルラインの詰まりもないことが確認できた為,

焼き付きの原因からオイルの供給不足であるという可能性を極力除くことができたといえます.

しかし,リザーバタンクのホースを付け忘れたり,

オイルホースを半分程度しか取り付け口に差し込まない様な整備が行われていたことを考慮すれば,

そこで販売されていた車両に整備不良があったのではないかと推測されることは仕方がありません.



手元にある資料や現物車両の状態,そしてお客様からの情報等を照らし合わせて,

状況はメガスピードにて熟し切る程推測され,また検証され,そして整備されました.

今回少なくともオイル廻りの状態が万全だということが確認できた為,

焼き付きの原因からオイル廻りの不具合が除去できたという当初の目的を果たすとともに,

今後は安心して車両に乗ることができるようになりました.

VJ22A型はシリンダ側とクランク側にオイルの供給先が分離していて,それぞれを効率的に潤滑する設計になっています.

やはりオイル廻りは車両に合わせた点検測定が必要であり,

メガスピードでは様々なご要望にお応えできるよう日々研鑚を重ねております.

理論に基づけば,そこまでやるのが当たり前のことであり,数値に基づく測定結果から良否を判断しなければならず,

少なくとも私は整備技術者として最低限測定結果に基づいた判断をする必要があり,そこまで確認することが,

2サイクルエンジン搭載モデルの車両を所有されているお客様に対する私なりの最善の提案であると考えます.






(※1)オーバーヒートの整備事例は,

リザーバタンクホースの付け忘れによるオーバーヒート”

をご覧下さい.


(※2)燃料漏れを直した修理事例は

“燃料フィルター未装着による錆の混入がもたらすガソリン漏れ及びエンジン始動不可ついて”

をご覧下さい.







Copyright © MEGA-speed. All rights reserved.