リザーバタンクホースの付け忘れによるオーバーヒートについて |
【整備車両】
RGV250M (VJ22A) RGV250Γ(ガンマ) 推定年式:1992年 参考走行距離:15,500km |
【不具合の状態】
シューッという音がして水温計の指針がHi付近まで上がり,いわゆるオーバーヒートの状態に陥りました。 |
【点検結果】
他店で購入されてすぐに不具合が発生したということでメガスピードにお客様が自走で来られた際、
車体からシューッという音が発生し,水温計の指針がHi付近を示したという状態でした。
まずは外観目視点検から行い,ラジエータ上部に冷却水が垂れているのを発見しました。
図1はラジエータに垂れた冷却水の様子ですが,流れの向きから液体の発生源は車体中央であることが分かります。
詳しく状態を確認する為,燃料タンクを取り外すとラジエータキャップ周囲に冷却水が漏れ出して蒸発した形跡がありました。
図2はラジエータキャップ廻りの様子です。
ラジエータキャップを取り外すと,中身に冷却水が入っていませんでした。
黄色い四角Aで囲んだ付近は液体が蒸発した形跡ですが,色や状況から冷却水であると判断できます。
また黄色い四角Bで囲んだ部分には,
本来接続されているはずのリザーバタンクとラジエータキャップ下部を結ぶウォータホースがありませんでした。
このことからエンジンから熱を受け取った冷却水が,
圧力上昇時にリザーバタンク側に行く分量だけ外部に漏れ出したと考えられます。
漏れ出した分量は測定の結果約680mlであり,エンジン側全容量の約42%にあたります。
すなわちエンジン内部の冷却水が半分近くも足りなくなったことによりウォータポンプで循環させることができず,
温度が上昇して水が抜け出し,更に温度が上昇し,水が抜け出すといった悪循環に陥っていたと考えられます。
この状態で長距離を走行すれば確実にエンジンが焼き付きます。
図1のラジエータ上部に流れ出た冷却水も,リザーバタンクへの接続部から噴き出したものであると判断できます。
オーバーヒートの原因が把握できた為,次にリザーブタンクに接続されるべきホースの点検を行いました。
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図3の黄色い四角Cで囲んだ部分にウォータホースと見られるものが埋もれているのが確認できました。
先端の白いものはタイラップ(結束バンド)です。
掘り起こしてホースをたどるとリザーバタンクに接続されていたので,
これはラジエータキャップ下部に接続されるべきホースであると断定できます。
ホースは完全に周囲に埋もれていたので,何らかの原因で取り付け口から落下したのではなく,
最初から埋もれていたことになります。
配線等の色々なものがホースの上に設置されていたので,
とても重力やその他走行における振動等でホースが脱落して埋もれたと説明できる状況ではありません。
これはお客様がメガスピードに持ち込まれる前に,購入後すぐに焼き付いた為,
他店の購入先で購入したばかりなので補償でエンジンシリンダの状態を点検したということなので,
その際にそこで作業をした者がリザーバタンクへのホースを付け忘れて,
その上に配線等を載せてしまったのだと考えられます。
この車両が燃料ホースの燃料コックとの接続部のクリップが外れていたり,
2番シリンダへのオイルホースが抜けかかっている状況を考えれば,
リザーバタンクとの接続ホースを付け忘れるミスを発生させていて,
それに気づかないレベルの作業が行われていたとしてもおかしくはありません。
リザーバタンクが完全に空になっていたのは,冷却水が抜けたのではなく,
初めから入っていない,すなわち冷却水を入れ忘れていたと推測できます。
なぜならもし作業者がリザーバタンクに冷却水を補充すれば,
ホースが外れている為冷却水がすぐに抜けてしまうので異常に気付くはずです。
実際にホースが図3の状態においてメガスピードでリザーバタンクに冷却水を入れる検証を行った結果、
このホースの勾配でリザーバタンクの冷却水がホース末端から流れ出てくることを確認しました。
つまりホースが外れている状態でリザーブタンクに給水すれば,すぐに流れ出てしまう状態になっているということです。
実車はホースが外れていてリザーバタンクに水が一滴も入っていませんでした。
これはホースが外れていることに気づかないこととリザーバタンクに冷却水を入れ忘れているということが同時に発生した為,
オーバーヒートという致命的な結末を引き起こしたといえます。
シリンダ内部の状態を確認する為には燃料タンクを取り外し,シリンダ周囲の部品を取り外し,
オイルホースを取り外さなければなりません。
そしてそれらはすべて今回の不具合として検出されています。
またエンジンが焼き付く前は普通に走行できたということから,
その時はウォータホースは抜けていなかったと考えられます。
すなわち,エンジンが焼き付いて他店の作業者が補償で点検した際にホースを付け忘れたと結論付けられます。 |
【整備内容】
図1は新しい冷却水を補充してリザーバタンクとの接続ホースを取り付け口に挿入し,
新品のクリップで固定した様子です。
図4,補充された冷却水と取り付けられたウォータホース |
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抜け出た量の冷却水を補充するとともに,
リザーバタンクにも規定量の冷却水を給水し,
各ホースに水漏れ等の異常やホースそのものの損傷がないかを点検しました。
図5は新品のラジエータキャップを取り付けた様子です。
取り外した古いキャップの密封能力がほぼ0であったことから,
沸騰しやすい状態の冷却水がリザーバタンクのホース取り付け口から流出するといった悪条件が重なったと考えられます。
機関組み付け後に試運転を20km程行い,
各部に漏れがないことや水温計の指針がほぼ真ん中で安定していることを確認して整備を完了しました。 |
【考察】
この事例では、少なくともオーバーヒートに結び付く作業ミスとして,
ウォータホースの取り付け忘れとリザーバタンクへの冷却水の入れ忘れといった二重のエラーが含まれています。
リザーバタンクに冷却水を入れ忘れたとしても,
エンジンをかける前あるいは走行前に目視点検しておけば冷却水がないことに気づき,
補充してもすべて抜けてしまうということが確認できればホースが接続されていないという異常の発見にたどりつきます。
またお客様に納車する前に一度でも試運転を行えば,水温の上昇から異常を把握できたと考えるのが自然です。
他店のことなので詳細は分かりませんが,
おそらく試運転での最終確認を行わずに納車されたのではないかと推測されます。
エンジンが焼き付いた場合にシリンダの状態を確認するということは確かに大切です。
しかし,それ以上に水冷エンジンは冷却水の点検が重要です。
その基本的なことができていなかった為にオーバーヒートという形で再びエンジンを焼き付かせる危険性があったのです。
人間は誰しも完璧ではありません。
ミスをしない人はいないといっても過言ではありません。
それは人間そのものが極めて不完全であり,
環境や状況に応じて常に影響を受ける可変体であることからも容易に察することができます。
人間が生物という範疇を超えることができない限り,多かれ少なかれエラーとの戦いになります。
いわゆる“ヒューマンエラーはなぜ起こるのか”といった題材が航空や医療をはじめ数多く存在することは周知であり,
まさに不具合と整備の関係においてもヒューマンエラーの研究は,
機械の機能的な修理技術と同様に最重要課題であるといえます。
人間が人間をやっている限り,昔からあるヒューマンエラーが現在でも続いている様に,
おそらく遠い将来も同じことをやっているであろうことは想像に難くありません。
だからこそ多重チェックによりそれを最小限に抑える必要があり,
整備の最も大切な真髄の一つが基礎的な点検作業であるという考えに異論を挟む余地は全くありません。
その重要さでいえば,エンジンをオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)するときの,
ジャーナルとベアリングのオイルクリアランスの点検調整と,
リザーバタンクの冷却水の量,ラジエータキャップからラジエータ内部の冷却水の量を点検することは,
同等であるといっても何らおかしくありません。
むしろエンジンをオーバーホール【overhaul】しなくても済むような車両の維持を心がけるとすれば,
外部から日常的に点検整備できる部分がいかに大切であるかは,
例えばなぜリザーバタンクが外部から見やすい位置に設計されているかを考えればその重要性が十分に理解できます。
今回の事例では基本的な点検事項がおろそかにされたことにより,
あわや焼き付きかといえるオーバーヒートが引き起こされました。
燃料コックと燃料ホースの接続部のクリップが外れていても,
燃料ホースが取り付け口に確実に接続されていれば,
挿入時のホースと取り付け口の抵抗により直ちに抜け落ちる可能性は低いといえ,
単なるクリップの付け忘れといったことでで片づけられる程度の問題であるといえるかもしれません。
しかしリザーバタンクのホースが外れていれば,
エンジンにより暖められて圧力の高くなった冷却水が外部に噴き出し,
空炊きになったエンジンは急激に温度を上昇させ即座にオーバーヒートの状態に至り,
やがて高温の金属同士が焼き付きます。
今回の事例はあってはならない致命的なミスであるといえます。
基本的なリザーバタンクの冷却水の量の点検を行えば防げたはずのオーバーヒートです。
やはり機能・性能に直接関わり影響力の大きい箇所は何重にも点検・チェックされる必要があるといえます。 |
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