腐食によるピストンとマスターシリンダ内部の固着がもたらすブレーキペダルの動作不良について |
【整備車両】
RG250EW (GJ21A) RG250Γ(ガンマ) 推定年式:1983年 参考走行距離:約19,000km |
【不具合の状態】
リヤブレーキペダルが固着していて全く動かない状態でした. |
【点検結果】
この車両はお客様の自賠責が切れてから数年間乗らずに保管されている間にエンジンが不動になったものであり,
今回再び乗られるということでメガスピードにて整備を承ったものです.
エンジン再始動という目的の他に,引き取り時にリヤブレーキペダルが固着していることを確認し,その整備も承りました.
図1は固着して下に踏み込めないブレーキペダルの様子です.
全く遊びがなく,ペダルを下に下げようとすると,すぐに固いものがぶつかりピクリとも動きませんでした.
上方向の運動は可能なので,ブレーキペダルそのものの不具合がないといえ,
プッシュロッドあるいはマスターシリンダの固着と判断しました.
図2 固着していると判断されるリヤブレーキマスターシリンダ |
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図2は固着して全く動かない原因と判断できるリヤマスターシリンダの様子です.
ロッドが錆びていることから,内部の状態も同等に腐食していると推測し,取り外して状況を確認しました.
図3はブーツを取り外したマスターシリンダ内部の様子です.
ロッドの錆が一段と酷くなり,同時にサークリップ及びシートも部品が何であるか把握できないほど錆びていました.
このことから内部は更に一層錆が酷い可能性が高いと判断しました.
図4はサークリップを取り外し,プッシュロッドを外したマスターシリンダの様子です.
黒い四角Aの部分はピストンの最端部で,シリンダとほぼ面一の位置で完全に固着していました.
通常の力では全く動かない状態であり,引き抜きは非常に困難であるといえます.
表面に錆が著しいものの,これらの錆はプッシュロッドASSYから発生したものであり,
ピストンやシリンダはアルミニウム合金であることから,
内部の固着は劣化したブレーキフルードや湿気,錆の混入,等が考えられます.
またサークリップが溝に取り付けられていたことから,
ピストンはリターンスプリングで正常に戻された位置にあるといえ,このことはブレーキペダルを踏まない状態を示しています.
すなわち衝撃によりピストンとシリンダがかじって固着したのではなく,車両を保管している状態で固着したと判断できます.
図5はシリンダの内部検証の為にピストンに衝撃を与えて押し込めた様子です.
シリンダの縦傷はピストンとシリンダの固着具合を表し,白い物質は劣化したブレーキフルードであると判断できます.
ピストンとシリンダが強力に固着していたことによりプッシュロッドが押し込めず,
ブレーキペダルが踏み込めない状態になっていたと考えられます. |
【整備内容】
固着したピストンを引き抜くには,そのピストンとシリンダ間の摩擦を超える力が必要であり,
その場合はシリンダ内部に修正不可能な擦り傷が発生する可能性が極めて高いといえます.
今回の事例では固着の強さから仮に時間と労力をかけてピストンを引き抜いても再使用が難しいと判断しました.
絶版であれば中古をオーバーホール【overhaul】する流れになりますが,
まだ新品が入手可能であることが確認できたので,部品が入荷してから内部検証の為にピストンを押し込めました.
図6は新品のマスターシリンダを分解した様子です.
メガスピードでは古い車種の場合,新品で入荷したマスターシリンダでも必ず分解して内部を確認してから使用しています.
それは,純正部品は長期保管の当時物が供給される場合があり,例えば30年も前の金属部品を注文すると,
当時のパッケージで錆びた部品が入荷することがあるからです.
この車種でいえば1983年当時の部品が入荷する可能性も否定できません.
今回は注文時にすでにGJ21AのⅠ型とⅡ型のリヤマスターシリンダの品番が統一されていた為,
少なくとも1984年以降の部品であることになります.
内部を分解すると状態に問題がないことが確認できた為,この部品を使用する判断をしました.
赤い四角Bはピストンカップセットであり,図4の固着した黒い四角Aの部品に相当します.
図7 分解点検を完了し組み立てた新品のリヤマスターシリンダ |
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図7は分解点検を行い,組み立てた新品のリヤマスターシリンダの様子です.
ブーツやリザーバタンクへの接続部もASSYで入荷したことから,
それぞれゴムや樹脂も同時に新品になり,耐久性が期待できます.
図8 車体に取り付けられた新品のリヤマスターシリンダ |
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図8は組み立て、組み付けられた分解点検の完了したリヤマスターシリンダの様子です.
取り付けボルトやホースクランプ等も錆が発生していた為,同時に新品に交換することにより,
見た目の美しさだけでなく,長期使用による金属疲労の回復を図りました.
図9はブレーキペダルが踏み込めるようになり,キャリパに正常に液圧がかかり,
キャリパに引きずりがないのを確認した様子です.
同時にブレーキペダルのゴムも新品に交換し,フィーリングの向上を図りました. |
【考察】
この車両はお客様が自賠責が切れたのをきっかけに数年間乗らずに保管されていたものです.
キャブレータ内部の腐食(※1)やフロントブレーキマスターシリンダの固着(※2)と同様に,
リヤマスターシリンダの状態も腐食が著しい状態でした.
バイクは乗用車と違い,通勤等に使用するのでなければ,乗らない期間がどうしても発生してしまします.
何もせずに保管しておくと固着等が発生する場合が少なくないので,
できる限り,乗らなくても各部を動かしておくことが,車両を長持ちさせる秘訣といえます.
そして可能であれば,なるべく湿気や水分,雨風のないところに保管されることが望ましいといえ,
例え屋外でシートをかぶせての保管になったとしても,
定期的に掃除等を行えば,車両の各部の寿命は驚くほど長くなる場合があります.
乗らなくなると,どうしても目が行き届かなくなるのが常ですが,
やはり所有している限り,その車両の機能のみならず,価値を落とさない為にも,
なるべく清掃し,可動部は動かしておくことが重要であるといえます.
そうすれば,車両の状態が良く保てるだけでなく,そのことにより,一層車両に対してポジティブな意識が発生し,
それがまた車両を清潔に保つエネルギーにもなり,好循環が生まれるといえます.
(※1)キャブレータ内部の腐敗の事例は,
“フロートバルブの固着による燃料供給不良と燃料通路の詰まりによる始動不可について”
をご覧下さい.
(※2)フロントブレーキレバーを握り切ってしまう事例は,
“ピストンとシリンダ内部のカジリの発生による固着がもたらすブレーキレバーの握り切りについて”
をご覧下さい.
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