トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:61~70)



フロートバルブの固着による燃料供給不良と燃料通路の詰まりによる始動不可について


【整備車両】

RG250EW (GJ21A)  推定年式:1983年  参考走行距離:19,000km


【不具合の症状】

長期保管中にエンジンがかからなくなっている状態でした.

また再始動させようとしたところ右側のキャブレータからガソリンがオーバフローしている状態でした.


【点検結果】

この車両はお客様が自賠責が切れてから乗らずにいた数年程度の保管期間にエンジンが不動になったものを,

メガスピードにて再生すべく整備を承ったものです.

不動車の再生の場合,良い圧縮,良い混合気,良い火花が重要ですが,良い圧縮と良い火花は確認できた為,

混合気に不具合があると判断しキャブレータのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を行いました,



図1 腐敗したガソリンがまとわりついているキャブレータボデー

図1は左側キャブレータの外観の様子です.

ガム質化した古いガソリンがボデーに付着していて,ねじ類もすべて著しい錆が発生していた為,

内部の状態は極めて劣悪であると推測しました.



図2 固着していたジェット・ニードル

図2は燃料タンクを取り外し,スロットル・バルブ廻りを取り外した様子です.

この時点ですでに強烈な腐ったガソリンの甘い腐敗臭が漂っていた為,

かなりの長期間溜まっていたガソリンであると判断できます.

ニードルの中間部まで腐ったガソリンが付着していることや,その色が極度に劣化したものであることから,

キャブレータ内部は詰まりが発生しているであろうことを強く意識しました.

またスロットル・バルブ本体にもガム質化したガソリンが付着していてボデーとのすき間を埋め,動きを鈍くしていました.



図3 スロットル・バルブ・カバーを含め全体に漏れ出したガソリンの堆積したキャブレータ

図3はキャブレータをエンジンから取り外した様子です.

フロート・チャンバやボデーをはじめ全体的に漏れ出したガソリンで褐色になっていることが分かります.

また左右のキャブレータを連結する燃料ホースのクリップが欠落していて,タイラップが取り付けられていました.

しかし取り付け位置から判断すると,パイプから外れ有効な締め付けに至っていないといえます.



図4 腐ったガソリンで汚染された燃料通路

図4は左キャブレータのフロート・チャンバを取り外した様子です.

この状態ですでにジェット類の通路がすべて腐ったガソリンでふさがれていることが確認できました.

まずジェットの詰まりがエンジン始動不可の要因のひとつであると判断しました.



図5 始動経路の詰まったフロート・チャンバ

図5は左キャブレータのフロート・チャンバ内側の様子です.

全体的に著しい腐ったガソリンが付着していると同時に,

始動経路の燃料取り出し口である黄色い四角Aの穴と,燃料供給プールである黄色い四角B内部のスタータ・ジェットが,

腐敗したガソリンにより完全にふさがれていました.

これは始動機能を不全にさせる原因の最たるものであり,エンジン始動不可の原因のひとつであると断定できます.



図6 固着しているニードル・バルブ及びフロート・バルブ・シート

図6はニードル・バルブとバルブ・シートが腐敗したガソリンにより固着している様子です.

更にバルブ・シートとシート・ハウジングも強固に固着していました.

これにより燃料の供給不良あるいは燃料漏れが発生していたと考えられます.



図7 腐敗したガソリンで固着していたニードル・バルブとバルブ・シート

図7はかなり強い力で固着していたニードル・バルブをバルブ・シートから取り外した様子です.

ニードル・バルブ側面やバルブ・シート内側にガム質化したガソリンが堆積していることが分かります.

このことからニードル・バルブは全く運動することができず,燃料漏れや燃料供給不良を引き起こしていたといえます.

また黒い四角Aの部分はバルブ先端ですが,BとCで色が違うことが分かり,

さらにその中間部もそれらとは別の色であることが分かります.

これは中間部がバルブとシートとの接触面であり,そこでガソリンを密封してます.

Cが銀色でBが褐色に近い色をしていることから,C部すなわちバルブ上部はガソリンが抜けていた,

あるいはガソリンがその上部まであっても,何らかの形で接触していなかった可能性を示しています.



図8 腐敗したガソリンの堆積しているニードル・バルブ及びバルブ・シート

図8はバルブ・シート側面の様子と固着したニードル・バルブ可動部の様子です.

赤い四角Aで囲んだ部分がプシュ・ピンであり,フロート・リップの動きに追従する為の緩衝材の役目がありますが,

完全に固着していたことから,ニードル・バルブをシートに密封させる性能が著しく損なわれていたといえます.

このことは燃料をシールし切れず,燃料漏れの大きな原因のひとつになっていたと判断できます.



図9 腐敗したガソリンの付着しているフロート・バルブ・シート・ハウジング

図9はフロート・バルブ・シートを取り外したハウジングの様子です.

ハウジング側面に腐敗したガソリンが堆積しているだけでなく,

その奥のシートに至る通路も汚染されていることから,

ニードル・バルブがシートを密封し,燃料コックからニードル・バルブまでの区間にもガソリンが存在したことが分かります.

ガソリンの色が同色であることから,同時期から堆積していたものであるといえ,

このことは,車両保管中はニードル・バルブが閉じていたことを示しています.



図10 腐敗したガソリンに完全に覆われたメーン・ジェット

図10は取り外したメーン・ジェットの様子です.

腐敗してガム質化したガソリンに通路はおろか表面まで完全に覆われていました.

このことにより,例えエンジンが始動できたとしても,走行不可能であったといえます.

表面は番手を判読するのが不可能なほど汚染されていました.



図11 通路のふさがれたパイロット・ジェット

図11は内部通路が腐敗したガソリンでふさがれたパイロット・ジェットの様子です.

ジェット先端のガム質化したガソリンの付着している箇所が部分的にガソリンに浸かっていたと判断できます.

通路内部は完全に腐敗したガソリンで詰まっていました.



図12 腐敗したガソリンでエマルジョン・ホールが詰まっているニードル・ジェット

図12は腐敗したガソリンがほぼ部品全体に堆積したニードル・ジェットの様子です.

内部は径が大きい為,側面はガム質化したガソリンで覆われていたものの,完全にはふさがれていませんでした.

しかしメーン・ジェットのエマルジョン・ホールがすべてふさがれている為,

エンジンがかかったとしても,高回転で混合気の空燃比が濃くなるといえます.



図13 内部までガム質化したガソリンの侵入しているキャブレータボデー

図13はスロットル・バルブ・ガイドカバーを取り外した様子です.

内部まで腐敗したガソリンが侵入していて,各所のクリアランスが少なくなっていました.

これがスロットル・バルブが固着していた原因のひとつであるといえます.


【整備内容】

キャブレータボデーは可能な限り洗浄して再使用し,

内部のジェット類,フロート・バルブASSYは新品に交換することで整備を進めました.



図14 新品のキャブレータ内部構成部品

図14はそれぞれ新品の部品であり,Aがジェット・ニードル,Bがニードル・ジェット及びニードル・ジェット・ホルダ,

Cがパイロット,ジェット,Dがメーン・ジェット,

Eがフロート・バルブ・シート及びOリング,Fがニードル・バルブです.

取り外した部品はすでに再使用不可能なレベルに汚損されていましたが,

車両の発売が1983年頃であることを考慮し,まだ新品の供給があるのであれば,

絶版になる前に可能な限り交換しておくことが望ましいと判断しました.



図15 固着したパイロット・ジェットの抜き取り

図15は2番シリンダキャブレータのパイロット・ジェットをエキストラクタで引き抜いている様子です.

ジェットの頭はなめた形跡もなく正常でしたが,

腐敗したガソリンが強力な接着剤すなわちねじロックの役割を果たしている為,

ジェットの頭に形状が完全に適合したドライバでロスなくトルクをかけても回転する前に削れてしまう状態でした.

これは真鍮の強度よりもねじ部がハウジングに固着している力が上回っている為であるといえます.



図16 抜き取られたパイロット・ジェット

図16は抜き取りの成功したパイロット・ジェットの様子です.

ねじ部は左側同様著しいガム質化したガソリンの堆積は見られないものの,

通常の力では取り外し不可能なレベルで固着していました.

すでにエキストラクタを使用する為の下地をジェットの頭にドリルで加工しているので再使用ができない為,

パイロット・ジェットは新品に交換しました.



図17 分解整備の完了したスロットル・バルブ・ガイドとボデー

図17は対圧力,対ガソリン性,密封性を考慮し選定されたガスケットをガイドカバーに取り付けた様子です。

これにより混合気の吹き返しによるガソリンのボデー外部への流出を抑えるとともに,

外部からのエアの吸い込みを防止する性能も向上し,アイドリング時における不安定な要素を排除しました.



図18 洗浄,研磨されたフロート・バルブ・シートハウジング

図18は壁面に付着していた腐敗したガソリンを洗浄し,研磨したフロート・バルブ・シート・ハウジングの様子です.

バルブ・シートOリングとの接触面を平滑に研磨すると同時に密封性能を上げ,燃料漏れを防止しました.



図19 新品のニードル・バルブと取り付けられたバルブ・シート

図19はハウジングに設置されたバルブ・シートにニードル・バルブを取り付けている様子です.

新品のニードル・バルブを使用することにより摩耗のあった円錐や固着のあった可動部の機能が回復され,

正常に燃料を密封することができるようになります.



図20 整備の完了した1番キャブレータ・フロート・チャンバ

図20は点検洗浄,通路を貫通させた1番キャブレータ・フロート・チャンバの様子です.

赤い四角Bが始動系統燃料取り出し口であり,赤い四角Aが始動系燃料ジェット・ハウジングです.

通路が詰まっていた為に燃料が始動系統に流れない状態でしたが,

細部まで洗浄したことにより通路の貫通を確認しました.

また内部をはじめチャンバ外部も可能な限り洗浄し,アルミニウム合金の美しさを取り戻しました.



図21 通路の貫通した1番キャブレータ・フロート・チャンバ・スタータ・ジェット

図21はスタータ・ジェットの通路が貫通している様子です.

赤い四角Bに光を差し込み,赤い四角Aの中心部から明かりが確認でき,通路が貫通しているのが分かります.

この明かりはジェットの中心であり,いわゆる内部に圧入されるかたちで始動ジェットが存在します.



図22 分解洗浄されたキャブレータボデー廻り

図22は分解整備の完了したキャブレータ内部の様子です.

各ポートやジェット,燃料密封機能等すべての箇所を点検し不具合がないことを確認しました.



図23 オーバーホール【overhaul】の完了したキャブレータ

図23はオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したキャブレータの様子です.

1番2番を連結している燃料ホースを含めすべての燃料ホースを新品に交換するとともに,

タイラップで固定されていた個所を含めて抜け止めのクリップも,

合わせてすべて新品に交換することにより燃料漏れに対する信頼性を向上させました.

またエンジンより取り外した直後の図3のキャブレータと比較して,

ボデーやカバー等すべてが洗浄され美しい外観になり,

機能だけでなく所有者の目も楽しませてくれるようになったといえます.




図24 車体に取り付けられたキャブレータ

図24はオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したキャブレータをエンジンに取り付けた様子です.

試運転を行い,始動,加速等がスムーズであり,燃料漏れがないことを確認して整備を完了しました.


【考察】

この事例では燃料の供給に対する不具合がいくつも重なってエンジンが始動できない状態に陥っていました.

項目事に示すと,

   1) メーン・ジェットやパイロット・ジェットの完全な詰まりによるシリンダヘの燃料供給不良

   2) フロート・チャンバ始動経路の完全な詰まりによるシリンダへの燃料供給不良

   3) フロート・バルブ・シートとニードル・バルブの固着によるキャブレータ内部への燃料供給不良

   4) ニードル・バルブのプシュ・ピンの固着によるキャブレータ内部への燃料供給不良

という4つの燃料に関する供給不良が重複してエンジンの始動が不可能である状況にあったと断定できます.

これらの状況から,どんなにキックしてもエンジンはほぼ絶対にかからないといえます.

なぜならまずフロート・バルブ・シートとニードル・バルブが固着していることが挙げられます.

固着している状態が,バルブが閉じた状態か,あるいは少しすき間がある状態かで症状は変わりますが,

もし閉じていればフロート・チャンバ内部にガソリンが供給されません.

またすき間があれば,そのすき間からフロート・チャンバにガソリンは流れ続けますが,

バルブ・シートとニードル・バルブが固着している為,すき間が開きっ放しでガソリンはキャブレータからオーバフローします.

この事例では左側すなわち1番シリンダのキャブレータは,

フロート・バルブ・シートの上部に腐敗したガソリンが堆積していたので,

ニードル・バルブはシートに密着しながら固着したものであるといえます.

右側2番シリンダのキャブレータに関しては,バルブ・シートの上部に腐敗したガソリンが堆積していなかったことから,

何らかのかたちでガソリンがバルブ・シート以降に落下し,それ以上堆積しなかったか,

あるいは右側は一度洗浄されていた可能性もあり,内部の状態が左側より多少良かったことや,

オーバフローしていたというお客様のお話とも合致しますし,

数年前はエンジンがかかっていたという情報も照らし合わせれば,

右側が片肺でかかっていたか,少なくとも腐敗の程度から考えると,

左側はジェットが詰まる寸前の状態でかかっていたのではないかと推測されます.



更にニードル・バルブがシート側面と固着していなかったとしても,プシュ・ピンすなわち可動部が完全に固着している為,

フロート・リップとの間で適切な運動ができず,シートとの間にすき間ができて燃料漏れが発生していたといえ,

もしニードル・バルブやバルブ・シートが正常であったとしても,

フロート・チャンバの始動系統に燃料を送るスタータジェットが完全に詰まっていたので,

始動ができない状態であったといえます.



そしてもしその始動系統のジェットが詰まっていなかったとしても,

始動したものの,パイロット・ジェットが完全に詰まっている為,

チョークを引きっ放しにしなければエンジンが止まるであろうし,メーン・ジェットが完全に詰まっているので,

無理やりスロットル・バルブを開けても容易に息つきを起こしてエンジンは止まるといえます.

したがって,この状態では絶対に走行することができないと判断しても間違いではなく,むしろそれが妥当であるといえます.



今回の事例ではお客様から“オイルの吐出量が多い感じがする”という感覚的症状をお聞きしていたので,

オイル廻り一式も同時に点検整備し,キャブレータの空燃比調整を含め,総合的に整備,セッティングを行いました.



概して自賠責が切れてしまうと乗る機会がなくなり,同時に車両にかかわりエンジンをかけることも極端に少なくなります.

その場合は,もし近く自賠責に再加入して乗る予定があったとしても,

先延ばしになってしまい,結局乗らずに保管しているという事態が十分に想定される為,

少なくともひと月乗らない,あるいは乗らなそうな場合は,キャブレータからガソリンを抜いておくことが求められるといえます.



この事例ではキャブレータ表面を含め,ほぼすべてが腐敗したガソリンで覆われていましたが,

少なくともスロットル・バルブ・カバー廻りの漏れは,その合わせ面から噴き出したガソリンが固着したものであるといえます.

キャブレータ・ボデーが分割式の構造である場合,合わせ面のガスケットが純正の部品供給には含まれておらず,

漏れという現象に対して修理が困難である場合が少なくありません.

しかしメガスピードではRG250Γ(ガンマ)GJ21A用のキャブレータである,

ミクニVM28のガスケットを設計製作供給している為,細部まで分解整備することが可能です.

輸入品の様な薄い材質ではなく,十分な厚みすなわち潰れしろを確保すると同時に,

耐圧力も考慮した品質のガスケットを設計製作使用することにより,

可能な限り本来の性能を取り戻すことが可能になっております.

そして締め付けは規定トルクで正確に行われる必要があります.

オーバーホール【overhaul】という語句を使用するのであれば,最低限このレベルの分解整備が求められます.

例えばRG400Γ(ガンマ)HK31A型の場合はスロットル・バルブ・ガイドカバーと,

スロットル・バルブ・ガイドが一体の構造ですが,

RG250Γ(ガンマ)GJ21A型のVM28ではカバーとガイドが別体であり,各々を点検洗浄することが必要です.

この事例の車両も当然のことながら,この部分は市場に出回っている中古車両や部品としてのキャブレータは,

ほぼすべてといっても過言ではない割合で当時のガスケットが使用され続けています。

そしてこの事例の様に吹き返しの混合ガスがキャブレータ・ボデーに漏れ出して汚れている場合が少なくありません。

やはり今後とも長く大切に乗られるのであれば,スロットル・バルブ・カバーを含め,

可能な限り細部まで分解して一度オーバーホール【overhaul】を行っておきたいものです。

メガスピードではその様なご要望に随時おこたえできるよう研鑚を重ねてまいります。





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