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事例:E-234

スロットルケーブル樹脂部2か所の破損により極度に戻りの悪くなったスロットルについて

【整備車両】 
 SDR (2TV)  推定年式:1987年  参考走行距離:8,800 km
【不具合の状態】 
 スロットルの戻りが著しく悪い状態でした.
【点検結果】 
 この車両はYSPで納車整備されたとする車両ですが,エンジン不動に陥っていたため,メガスピードにて整備を承ったものです.クラッチワイヤの不適切な取り回しにより操作感が悪化していた
※1 り,ラジエータの中に冷却水が十分に入っていなかった ※2 り,リヤブレーキキャリパからブレーキ液が漏れていたり,様々な不具合を内在していましたが,今回の事例では極端に戻りの悪くなっていたスロットルについて記載します.

図1.1 テープで補修されているスロットルワイヤアジャスト部
 図1.1の黄色の楕円で囲んだ部分は,絶縁テープで補修されているスロットルワイヤアジャスト部周囲の様子です.この状態でもテープが巻かれているアジャスト部とその先のケーブルの中心軸がずれていることが分かります.軸がずれる理由はアジャスト部が破損して傾いていることによる場合が多く,テープで補修されている部位をめくれば多くのケースで予想通りの展開が待っています.
 またスロットルケーブルはブレーキホースの車体外側を通って配置されるのが本来の取り回しですが,これはホースの内側とフロントフォークに挟まれる形で取り回されていました.この状態ではケーブルが内側に押し付けられて余計な力がかかり,内部のワイヤの動きに悪影響を及ぼします.

図1.2 中心軸のずれているスロットルワイヤアジャスト部
 図1.2はスロットルワイヤのアジャスト部を拡大した様子です.この状態から,
➀ アジャスト部とその先のケーブルの中心軸がずれている,すなわちどこかで骨折している
② アジャスト本体の退色が著しいことから,相当の年月が経過している
③ テープで補修されている中身に➀と②の結果として異常が潜在している
ということが読み取れます.これは非常に大切な情報です.

図1.3 防塵ゴムの破損しているスロットルワイヤ連結部
 図1.3の黄色い楕円で囲んだ部位は,スロットルグリップから伸びてきたワイヤがキャブレータのスロットル,オイルポンプおよびYPVSサーボモータに連結する部分です.この部位の防塵ゴムが車体左側に外れてずれていることから,やはり内部で何らかの骨折が発生している可能性があると読み取れます.
 スロットルワイヤアジャスト部といい,この連結部といい,中心軸がずれて首をかしげていれば,その中身はたいがいロクでもないことが待っています.

図1.4 破損しているアジャスト部
 図1.4の黄色の楕円で囲んだ部分は取り外したスロットルケーブルのアジャスト樹脂が破損している様子です.発売から20年以上経過している車両に多く見られる事例ですが,この部位が破損することによりワイヤを保持し切れず,ワイヤが傾き中心軸がずれ,内部抵抗となってスロットルの戻りが著しく悪くなります.それはスロットルの引きが重くなるという症状も同時に発生することに留意しなければなりません.

図1.5 破損している連結部
 図1.5の黄色の円で囲んだ部位は,破損した連結部です.アジャスト部と同様にほとんどの車両は樹脂で製造されている為,使用や経年により図の様に破損します.その結果,やはりアジャスト部と同じ様に,ワイヤを保持し切れず傾き,力が分散するだけでなく角度が付くことにより内部抵抗が増大し,スロットルの戻りの悪化と引きの重さという2つの症状を引き起こします.
 この車両はアジャスト部と連結部の2か所でワイヤ保持部が破損していた為,極端にスロットルの戻りが悪くなっていたと判断することができます.この状態では軽量ハイパワーというSDRの持つ特色が,完全にスポイルされてしまうと言っても過言ではありません.それ程スロットルの操作感は大切です.私自身スロットルの操作感にはこだわりがあり,可能な限りレスポンスの良い状態で乗りたいと思っています.

【整備内容】
 
樹脂部に2か所破損があることから,新品に交換するという選択肢以外はありませんでした.
図2.1 新品のスロットルケーブルアジャスト部
 図2.1は新品のスロットルケーブルアジャスト部の様子です.新品は樹脂が黒く新鮮です.また内部のワイヤも抵抗が少なく鋭い動きが期待できます.

図2.2 新品の連結部
 図2.2は新品の連結部とその下流の様子です.この連結部は下流に合計4本のケーブルが連結されていて,少なくともスロットルとオイルポンプのリターンスプリングにより常に負荷がかかる過酷な部位です.構造上劣化すれば破損するのはやむを得ないと言えますが,新品になることにより長年活躍してくれることが期待できます.

図2.3 車体に取り付けれらた連結部
 図2.3は連結部を車体に取り付けた様子です.新品では図の様に防塵ゴムの首がかしげることもなく,整然と仕事をしていることが分かります.

図2.4 車体に取り付けられたスロットルワイヤアジャスト部
 図2.4は新品のスロットルケーブルを車体に取り付けた様子です.本来は図の様にブレーキホースより車体外側に取り回され,ある程度自由に動くことができます.これにより内部のワイヤが摺動する際にケーブルが移動することができ,内部抵抗が極力少ない状態で操作することが可能になりました.
 実際に試運転を行い,スロットルの操作フィーリングが良好になったことを確認して整備を完了しました.

【考察】 
 樹脂部品というものは,新品であれば粘りがありますが,20年も経過すれば硬化すると同時に脆くなり,触っただけで破損する場合すらあります.この事例の様に,グリップ側からのワイヤの軸受けになって負荷を受けている部分が樹脂であれば,むしろ破損していて当然と考えなければなりません.その場合,極端にスロットル操作感が悪化している為,新品供給がある場合は速やかに交換しておくことが望ましいと言えます.なぜならいくら吹け上がりが良い状態だったとしても,それを操作する部位でロスが生じていては,エンジンの本来の性能を味わい切れないからです.スロットルケーブルは交換すれば操作を含めレスポンスが良くなるので実感しやすい部位でもあり,特に車と違い手で操作するデリケートな部分ですから,やはり最良の状態にしておく必要があります.

 この車両はYSPで納車整備されたというものですが,状態から判断するとすでにYSPに入荷した時点でスロットルケーブルは破損していたと推測できます.素人でも容易に分かるくらいスロットルの戻りが悪化していたことを考えると,おそらくYSPでも気づいていたはずですが,利益を考えればスロットルケーブルを交換するのが難しかったのかもしれません.しかしその条件でお客様が購入されたかどうかは分かりません.『スロットルワイヤは破損していてフィーリングが悪化しているけれども,交換しないという条件で販売します』ということで両者が納得して売買されていれば何も問題ないことです.

 そして私の仕事はその様な不完全な車両を可能な限り完全に近づけることです.他でやれなくてもメガスピードでやれば良い,難しそうな修理でもメガスピードなら何とかしてくれる,そう言っていただけるよう日々精進してまいります.実際にとんでもない車両のお預かり修理も多く,頭を抱えながら取り組んでいますが,私の目指す理想的な技術力にはまだまだ到達していません.最近は工学的なことばかりでなく,特に基礎的な自然科学の重要性を再認識しています.勉強しても勉強しても,どんどんメーカーは新技術で逃げて行ってしまうので,整備という範疇でさえ中々追いつきません.それこそ死ぬまで勉強です.そしてそれをやるエネルギーが沸々と湧いてくるのは,自己実現だとか何だとか,そんな難しい概念ではなく,ただお客様の喜ぶ顔が見たい.それだけです.案外,人間は単純なものなのです.


※1 極度に曲げられた取り回しによるクラッチワイヤの損傷と操作感の悪化について
※2 ラジエータ内の冷却水不足によるオーバーヒートの危険性と水垢の堆積したキャップについて





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