極度に曲げられた取り回しによるクラッチワイヤの損傷と操作感の悪化について |
【整備車両】
SDR (2TV) 推定年式:1987年 参考走行距離:約8,800 km |
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【不具合の状態】
クラッチの操作感にザラツキがある他,遊びが毎回変化する状態でした. |
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【点検結果】
この車両はYSPで納車整備されたとする車両ですが,エンジン不動に陥っていたため,メガスピードにて整備を承ったものです.今回の事例では誤った取り回しにより損傷したクラッチワイヤについて取り上げます. |
図1.1 不適切な取り回しにより極度に曲げれらているクラッチケーブル |
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図1.1は無理な取り回しにより極度に曲げられているクラッチケーブルの様子です.黄色の四角で囲んだ部分がケーブルですが,無理やり下の方に曲げられていてレバー付け根の部分に負担がかかっていました.操作感は何かザラザラしている感じで気分が悪くなる状態でした. |
図1.2は無理に曲げられていたため,ケーブルに角度が付き,支持部付近が破損している様子です.内部の金属部が錆びていることから,このような無理な取り回しをされてからある程度時間が経過していると考えられます.また逆に言えば,新車時の取り回しではない為,一度ワイヤがどこかで誰かに不適切な交換作業をされた結果,このような事態に陥っているとも言えます. |
図1.3は取り外したクラッチケーブルのレバー側の様子です.内部のワイヤが無理な取り回しの結果折れて角度がついていることが分かります.これだけ変形していると,ケーブルの中は真っ直ぐですから,側壁に当たりながらワイヤが動くことになります.これが今回のザラザラしたフィーリングの原因であると判断できます. |
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【整備内容】
損傷していたクラッチケーブルASSYを新品に交換し,正しい取り回しで設置しました. |
図2.1は新品のクラッチワイヤのレバー側の様子です.新品は図の様に内部のワイヤがストレートであり,ケーブル内部との摩擦も少ない状態です.もちろんこのまま取り付けるのではなく,プラスアルファで“手入れ”をして取り付けなければなりません.それが施されるか否かで雲泥の差がでるものです. |
図2.2 正しい取り回しで交換された新品のクラッチケーブル・レバー側 |
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図2.2は新品のクラッチケーブルを正しい取り回しで設置した様子です.図からも容易に理解できるように,正しい取り回しではレバーの引っ張り部中心軸とクラッチケーブルの軸が同一線上にあり,エンジン側に折り返して曲がる部分も角度が緩くなっています.
これにより,静止状態で握ったクラッチレバーのフィーリングは別物に生まれ変わりました.そして実際に試運転を行い,クラッチ操作がスムーズになったことを確認して整備を完了しました.
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【考察】
この車両はヤマハのディーラーで納車整備されたものですが,ラジエータ内部に規定まで冷却水が入っていなかった ※1 り,リヤキャリパからブレーキフルードが漏れ出していたり,そのままでは安心して乗れない状態でした.今回はクラッチケーブルの不具合を取り上げましたが,YSPに入荷する前にすでにこのような状態になっていたかは分かりません.ただワイヤの状態からすれば,かなり年数が経過している可能性が高いと言えます.しかし,最初からこのような状態であったとしても,仮にも納車整備したとするのであれば,やはりクラッチを握ったときに違和感を覚える感覚が必要です.そして違和感を感じたのであれば,マニュアルを確認すればその違和感が無理な取り回しから来ているものであると推測できるはずです.
例えヤマハのディーラーのメカニックであったとしてもSDRにマニアの様に詳しい必要などありません.そもそもSDRの発売が1987年頃であることを考えれば,当時の現役は引退しているかもしれませんし,生産台数からして,現在では見る機会も極端に少ない車両であると言えます.SDRばかり整備していれば,見ただけで取り回しの異常に気付くかもしれませんが,実際にはプロであれば色々な車両を見なければなりません.その上で不具合の有無を判断していかなければなりません.したがってメカニックの素質として求められるのは,何かあれば異常ではないかと嗅ぎ取れる嗅覚,そしてすべてのバイクに対して等しく故障診断できる普遍的な能力です.
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