事例:E-166
シリンダヘッド付け根に発生したマフラーの錆取り塗装について |
【整備車両】
GSX-R1100J (GU74A) 年式:1988年 走行距離:約18,700km |
【不具合の状態】
マフラーが全体的に錆びていて,特にシリンダヘッド付け根周辺に集中していました. |
【点検結果】
この車両はお客様のご依頼によりメガスピードにて各部分解整備を承ったものです.
ここでは錆びていたマフラーを塗装した事例について記載します.
図1.1は錆の発生しているマフラーの様子です.
全体的に錆びていましたが,特にシリンダヘッドとの付け根部分に錆の集中が見られました.
このまま何もせずに放置すれば近い将来穴が空き,保安基準を満たさなくなるおそれがありました.
しかしその他の部位に関しては,カウルの状態も非常に良く,
また目立つアルミフレームの腐食もなく1988年の発売を考えれば全体的に非常に美しい車両でした.
マフラーだけに著しく錆が発生していた原因を探ることは難しいといえますが,
フレームをはじめ多くのアルミニウム合金が使用されている車両であれば,
スチール材を使用した部位の錆が目立つのもあながち不自然ではありません.
図1.2は取り外したマフラーの取り付けボルトの様子です.
頭の錆具合や見えている範囲でのねじ溝の錆から推測して,
取り外すのが困難であることは予測できましたが,
実際の取り外しではそれ以上に固着に対する折れ込みが懸念される状態でした.
図1.3 3番シリンダヘッドにカジリついていたボルト |
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図1.3は最も取り外しが困難であった3番シリンダヘッド右側のマフラー取り付けボルトの様子です.
cylinder head と記した黒線で囲んだ部分はシリンダヘッド取り付け部を示しており,
極度に錆びたねじ溝が半分くらい埋まっていたことが分かります.
またaluminium alloys と示した部位がねじ溝に詰まったシリンダヘッドのアルミニウム合金であり,
このカジリつきと錆が取り外しを困難にしていたといえ,
万が一折れ込んだ場合にはスペース的にボルトの抜き取り作業をするのが苦しい為,最大限注意を払う必要があります.
図1.4は取り外したフランジとマフラーを結び付ける為の半割プレートの様子です.
極度に錆びていて,肉が減っている部分も少なからず見受けられました.
この錆により,マフラー取り付けボルトをすべて取り外した段階でも,
シリンダヘッドにマフラーが固着していました. |
【整備内容】
取り外したマフラーは錆取り塗装を行い,極度に錆びていたボルトや座金,半割プレートはすべて新品に交換しました.
図2.1は新品の半割プレートの様子です.
肉厚が正規の寸法になっていることにより確実にマフラーをシリンダヘッドに押すことができ,
正確な取り付けが可能になります.
また見た目の美しさを取り戻すことができました.
確かに取り付け後はほとんど隠れてしまう部品であるといえますが,
錆びている部品と比較すれば明らかな様に,この部品を新品に交換するか否かで,
取り付け後に見えるわずかな寸法が錆で真っ赤になっているか,静かに光を放っているかで大きく印象が異なります.
図2.2は新品のマフラー取り付けボルトの様子です.
取り外した真っ赤に錆びたボルトを再使用することは,
取り外しの際にかけた負荷と使用による部品の強度低下を考えれば選択肢にないことは明確で,
それと同様に部品そのものの外観が美しくなるのも決して見逃せない利点であるといえます.
図2.3は錆取り塗装を実施したマフラーを新品のボルトや半割プレートを使用して取り付けた様子です.
錆の進行を食い止める,あるいは雨水や小石から本体を守るだけでなく,
マフラーという車体に占める割合が大きい部品が美しく蘇れば,
例えフルカウルにした場合に隠れてしまうとしても,車両に対する見方も価値観も別物に変わっていくことを体感します.
もう一度塗装前の錆びた様子の図1.1をご覧下さい.そして続けて塗装後の図2.3をご覧下さい.
いかがでしょう,マフラーの塗装という一見単純な作業工程により,機能だけではない魅力を得ることができたはずです. |
【考察】
今回の錆取り塗装については,確かにマフラー全体に錆が発生していたものの,
腐食により肉が朽ちて穴の発生している部位や,極端に痩せている箇所がなかったため,
全体的に錆の除去を行い,肉盛をせずに塗装して仕上げることが可能でした.
2輪のマフラーはその構造から車体前部に取り付けられていることが多く,
走行により前輪で跳ね上げた小石や雨水の影響を最も受けやすい部位のひとつであるといえます.
特にマフラー取り付けボルトやスペーサ等は錆びやすく,
シリンダヘッド内部で固着すれば折れ込みやムシレ,カジリ等,
修理するには手間のかかる付随的な不具合を発生させる場合が少なくありません.
そのような事態を避ける為にも,
やはり古い車両,少なくとも発売から20年程度経過しているものについては,
一度マフラーの包括的な点検整備を実施することが望ましいといえ,
穴の空くような大きな腐食に至る前に手当てを施しておくことが大切です.
特にフルカウルの車両である場合,見えにくい位置にあるが故,
マフラーの付け根部分は全く手入れされずに錆びている場合が多々見られます.
この車両ではマフラー吊り下げステーのダンパも衰損していました ※1 が,
ステーにダンパを使用している場合は,マフラーが錆びてくる頃にはダンパも衰損していることが少なくないため,
可能な限り同時に整備されることが必要になります.
油冷1100というと,カスタムと称して単純に社外マフラーに交換されがちですが,
純正のマフラーを装着した姿を基本としたスタイルで設計された車両であるという見方をした場合,
時代を経た今見れば,かえってその純正デザインの美しさに気づかされることが少なくないのは,
当時の車両製作に対するメーカーの意気込みの表れだと解釈したとしても特別な違和感はありません.
むしろ今の日本における2輪市場から見れば油冷1100という車両は華やかな時代の産物であり,
純正のスタイルを楽しむのであれば,尚一層錆という現象を発生させるマフラーの手入れは不可欠になります.
※1 “経年劣化及び使用により衰損したマフラー吊り下げステーのダンパについて”
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