事例:E-167
経年劣化及び使用により衰損したマフラー吊り下げステーのダンパについて |
【整備車両】
GSX-R1100J (GU74A) 年式:1988年 走行距離:約18,700km |
【不具合の状態】
マフラー吊り下げステーのダンパラバーの3割近くが千切れていました. |
【点検結果】
この車両はお客様のご依頼によりメガスピードにて各部分解整備を承ったものです.
今回の事例では錆の発生したマフラーの錆取り塗装 ※1 を実施した際に発見した,
マフラー吊り下げステーのダンパの衰損について記載します.
図1.1は錆びたマフラーを塗装するために,現在のマフラーの取り付け具合を確認した様子です.
ワッシャの陰に隠れて分かりづらくなっていますが,実際には裏側のダンパが一部なくなっていました.
またダンパハウジングが全体的に錆びていることが分かります.
そして一見何事もなく取り付けられているワッシャですが,ダンパハウジングよりかなり外径が大きいことが見て取れ,
これは正規の寸法のワッシャでない可能性があり,ボルトの頭も違和感を覚えます.
図1.2はボルト及びワッシャを取り外した際に顕になったダンパの損傷している様子です.
左側が欠けて亀裂が入っている他,スペーサの収まる内径も左側が歪んでいることが分かります.
例えマフラーを塗装して状態を良くしても,ダンパがこのままの状態で取り付ければ,
ガタつきや振動の原因になり,シリンダヘッドにとってもマフラーにとっても,
そして車体にとっても悪影響を及ぼす恐れがあります.
図1.3 エンジンから取り外したマフラー吊り下げステー及びダンパ |
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図1.3はエンジンから取り外したマフラー吊り下げステーの様子です.
このステーはエンジン後方下側のマウントボルトにロックナットと共締めになっており,
マフラーの状態によってある程度自由に位置を決めることが可能です.
図1.4はステーからダンパを取り外した様子です.
ハウジングの状態は良好ですが,ステーそのものが全体的に錆びていました.
図1.5はステーから取り外したダンパの様子です.
車体外側が破損しているのに対し,内側すなわちマフラー側に大きな損傷は見られませんでした.
図1.6 ステーから取り外したボルト及びワッシャ,スペーサ |
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図1.6はマフラーを吊り下げていたステーから取り外したボルト,ワッシャ,スペーサの様子です.
まず気づくのがワッシャの大きさの違いです.
純正パーツリストによる部品番号ではワッシャは共通部品を2つ使用することになっているため,
何らかの段階で不適切なものに交換されてしまった可能性があります.
またボルトの頭を見ても,いわゆる汎用ボルトであり,もともと取り付けられていたものではないということを否定できません.
左側のワッシャはダンパの内側に使用されていたものですが,
外径L1が23.5mmと正規の27.5mmより4mmも小さく,ダンパより小さく完全に不適切なサイズであるといえ,
内径L2は10.5mmと正規の8.5mmよりも2mm大きくなっていることにより,ボルトとのすき間が明らかに大き過ぎます.
逆に右側のワッシャはダンパ外側に使用されていたものですが,
内径L4は正規の寸法を確保しているものの,外径L3は28.5mmと正規の寸法より1mmも大きく,
ハウジングから飛び出しているのは図1.1からも確認することができます.
これらは互いに指定されたものから別々にずれているため,
取り付けの不正確さにつながりダンパの寿命を短くさせた影響は少なからずあるといえます. |
【整備内容】
破損していたダンパ及びサイズの違うワッシャ,ボルト,スペーサをすべて新品に交換しました.
図2.1 新品のダンパ,ボルト,ワッシャ,スペーサ |
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図2.1は新品のダンパ及びボルト,ワッシャ,スペーサの様子です.
ボルトの頭は取り外したものと若干異なっていることが分かります.
またワッシャは同じ品番のものですから,内径外径ともに共通しており,
ボルトやダンパの外径に適した寸法であることは言うまでもありません.
図2.2は新品のダンパを2方向から撮影した様子です.
新品は豊かな弾力を持っているばかりでなく,内側もスペーサを保持するのに十分な強さや粘りがあります.
図2.3はマフラー吊り下げステーを錆取り塗装した様子です.
錆の進行を食い止めるだけでなく,マフラーが塗装されて,ダンパや取り付けボルト,ワッシャが新品になる場合,
ステーを錆びたまま再使用するという愚かな選択をすることは許されません.
ともに美しく仕上げられるべきであり,それでこそ所有する満足度につながるからです.
もし手を抜いてステーをそのまま再使用すれば,それだけで何もかも台無しになってしまうほど,
周囲とのバランスを欠くことになります.
メガスピードではその様なことを避けるための努力を惜しみません.
なぜなら,もしこれが私のバイクであったら,そんなことは絶対に嫌だからです.
そうであれば,私も満足できる水準にして納めたいと願いますし,そしてそれがアイデンティティでもあるのです.
お客様からお預かりした車両を自分のバイクと同一視すれば,
やはり美しくしたいものであり,仕事はそうでなければならないと考えています.
図2.4 塗装したステーに圧入したダンパ及びスペーサ |
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図2.4は塗装したステーに圧入したダンパ及びスペーサの様子です.
スペーサは新しくなったダンパに食いつくように入り,少しの負荷では位置がずれることはありません.
取り外したダンパはスペーサの収まる穴が緩々だったため,スペーサが脱落しかけていましが,
本来の姿はこの様な状態です.
図2.5 塗装されたマフラーを吊り下げた整備されたステー及びダンパ廻り |
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図2.5は整備の完了したステーに錆取り塗装されたマフラーを吊り下げた様子です.
マフラー及びステーが塗装されたことにより,外観の美しさを取り戻しただけでなく,
新品のダンパによりマフラーを正確に吊るという機能の回復,
そしてワッシャの光沢は尚一層整備された喜びを得られるはずです. |
【考察】
この車両はマフラーに著しい錆が発生していたため,錆取り及び塗装を行ったものですが,
同時に取り外した際にダンパの損傷を確認しました.
額面通り,承ったマフラーを取り外して塗装を行い,何事もなかったかのように元に戻せば,
おそらくダンパの損傷について,お客様が気づかれることはないでしょう.
余計な仕事が増えないと考えれば,それが一番でしょうし,手っ取り早いといえます.
しかし,それではメガスピードで整備する意味がありません.
他社では気付かないところや,容易にやれない細かな部位までやることに価値があるのであり,それが私のやり方です.
よそで見て見ぬふりをした結果不具合が発生した車両を多く見ている経験からすれば,
整備途中で発見した不具合は可能な限り修理なり整備なりする必要があり,
そうしなければならないのは当社の数多くの事例から明瞭であり,容易に理解できるはずです.
そして私は部品の美しさを大切にしたいと考えています.
例えば今回のステーの塗装もそうですが,特にワッシャの様な光沢をもった部品は,
新品にすれば非常に見た目が美しくなります.
そのためには,部品の確認,注文,入荷部品の検品,取り付け,といった多くの作業工程が発生しますが,
それでも,それだけの価値はあると確信しています.
もし今回の事例で,例えダンパを新品にしてステーの塗装まで行ったとしても,
最後の詰めとして錆びたワッシャを再使用してしまったら,外観を損ねるのは明白です.
端的に言うのであれば,もともとついていたものですから,再使用して終わりにすれば,それで済むことです.
しかしそれでは何の意味も価値もないと私は考えます.
なぜなら,バイクとは,乗って楽しむことと同じくらい,外観の美しさも重要であると位置付けているからです.
そのために出きること,限られた条件の中で何ができるのか,常にそれを意識しながら取り組んでいます.
※1 “シリンダヘッド付け根に発生したマフラーの錆取り塗装について”
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