オイル漏れの発生したシリンダヘッドのオーバーホールについて |
【整備車両】
ST400V (NK43A) テンプター 年式:1997年 参考走行距離:約19,200 km |
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【不具合の状態】
シリンダヘッドからオイルが大量に漏れ出している状態でした. |
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【点検結果】
この車両はお客様が個人売買で入手されたものですが,走行すると間もなくエンジンがオイルまみれになってきた ※1 ということで,メガスピードにて整備を承りました.オイル漏れの修理をするには最低限シリンダヘッドを外さなければならない為,同時にバルブ廻りの状態の確認を兼ねてオーバーホールを実施しました.今回の事例では,オイル漏れの修理と同時に各部を点検整備した様子を記載します. |
図1.1は専用のエンジン台にこれから整備すべきエンジンを設置した様子です.その場しのぎで車載のまま整備すれば必ず手の届きにくいところや見えにくい部位が生じるため,メガスピードでは常にエンジン台を使用して整備にあたります. |
図1.2の黄色の円で囲んだものは,カムシャフトを取り外そうとしたところで発見した金属です.軸受部に付着していたので,どこか削れて着いたのか,原因は分からないものの,アルミニウム合金である可能性が高いことから,おそらくヘッドの一部が欠けたものであると考えられます. |
図1.3 カーボンの堆積しているエキゾーストマニホールド |
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図1.3は排気出口の様子です.かなりのカーボンが付着していることが確認できます. |
図1.4 カーボンの堆積している燃焼室およびバルブ |
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図1.4は取り外したヘッドの燃焼室の様子です.全体的にかなりカーボンが堆積していました. |
図1.4は取り外したバルブの様子です.インテーク,エキゾーストともにカーボンや燃焼により発生した物質が堆積していることが分かります. |
図1.6はエンジンからシリンダヘッドを取り外した様子です.ピストン頭部にも他と同様にかなりのカーボンが堆積していることが分かります. |
図1.7はシリンダ内部の真円度と円筒度を測定している様子です.これによりシリンダの取り外しが可能であると判断して,今回はピストン廻りまで整備を実施する運びになりました. |
図1.8はシリンダとピストンを取り外したエンジンの様子です.スタッドボルトに錆が発生していることが分かります. |
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【整備内容】
ピストンをはじめ,バルブ等のカーボン除去から開始し,各部の点検整備を実施してエンジンを組み立てました. |
図2.1はピストンに堆積していたカーボンを除去して洗浄した様子です.全体的に大きな傷等は見られなかったため,ピストンは再使用しました. |
図2.2 ピストンに取り付けられた新品のピストンリング |
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図2.2は新品のピストンリングを取り付けたピストンをコンロッドに取り付けた様子です.同時にスタッドボルトも新品に交換してリフレッシュを図りました. |
図2.3は点検洗浄したシリンダをピストンに取り付けた様子です.ヘッドとの合わせ面も修正研磨し,オイル漏れが発生しないように下地を作りました. |
図2.4はカーボンの堆積していた燃焼室と吸排気ポートを洗浄した様子です.この状態まで磨き上げるのには相当な時間と労力が必要ですが,やはりヘッドを取り外したのであれば,何も見ないで戻すのではなく,点検を兼ねて確実に汚れを落としておきたいものです. |
図2.5はカーボンの堆積していたバルブを洗浄した様子です.取り外したものは真っ黒で何が何だか分からない状態でしたが,実際にはこのようになっています.これで気分がスッキリしたはずです. |
図2.6はバルブの擦り合わせを実施している様子です.図のバルブはインテークですが,擦り合わせたバルブフェースとシートに塗布した光明丹が正確にあたりを出していることが確認できます. |
図2.7はバルブステムに新品のオイルシールを取り付けている様子です.走行距離が2万キロ近いことから,やはりこの様なゴム類は新品に交換しておく必要があります. |
図2.8 新品のバルブスプリング(左)と古いバルブスプリング |
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図2.8は新品のバルブスプリング(左)と取り外した古いバルブスプリングとを比較した様子です.ここで新品を手配したのは,取り外した古いものが規定値をわずかに下回っていた為です.しかしそれと比較して新品は,規定値よりわずかに自由長が大きいだけで,見た目にはほとんど分からないレベルです.
実際に再使用してもおそらく問題ないだろうと推測されますが,
➀ 取り外したものは,わずかであっても確実に規定値を下回っていたこと
② 走行距離と部品代を考えて,この際新品にしておきたい
という二つの要素から新品に交換しました.目に見えない細かな傷が存在しているかもしれませんし,少なくとも2万キロ近く乗ったという疲労が蓄積していると考えて良く,テンプターの場合,単気筒なので使用スプリングが4つと比較的部品代の負担が少ないことは,交換時の前向きな要素になります.これが4気筒の16バルブだと,負担も4倍になるので,悩むところです. |
図2.9 正確に取り付けられたバルブおよびスプリング |
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図2.9はエンジンに正確にバルブスプリングを取り付けた様子です.スプリングが新品になったことにより性能だけでなく,安心感も得られることは,大きなポイントであると言えます. |
図2.10は取り付けたバルブの密着度を点検する為に,吸排気の各ポートに専用の点検液を充填し,48時間経過してから撮影した様子です.全く漏れがないことを確認して良好であると判断し,組み立てに移りました. |
図2.11 エンジンに取り付けられたヘッドおよびカムシャフト |
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図2.11はエンジンに整備の完了したヘッドを取り付け,カムシャフトやゴムプラグ,その他必要なものを設置した様子です. |
図2.12はバルブクリアランスを測定調整している様子です.エンジンを分解する前に測定した結果は基準値の倍程度の隙間がありました.この分カムシャフトがバルブを押すまでの時間が伸びる為出力が低下している可能性があり,また隙間の分打音が増加していたと判断することができます.
それを組立時に最適な隙間に調整してカバーを閉めました.どのくらいのクリアランスにしたかというと,かつてのエンジン整備記録から抽出したデータを基に独自に設定してあります.マニュアルはあくまでマニュアルであり,額面通りでないことは確かです. |
図2.13は新品のボルトおよびガスケットを使用して取り付けたヘッドカバーの様子です.この系統のエンジンのヘッドカバーは取り付けボルトが10本以上あり,それぞれ長さが異なることから非常に煩雑で,かつヘッドカバーが液体ガスケットのみの密封していになっている為,非常に取り付けが困難な部類に属すると感じます.特に今回はボルトの部品番号も変更になっていた為,液体ガスケットを塗布する前に入念に下準備をしておく必要がありました.しかしその分画像からも分かるように,非常に美しいエンジン頭部を演出することが可能になりました. |
図2.14は整備の完了したエンジンの様子です.スムーズにクランクが回ることや,各部に異常がないことを確認して車両への搭載準備に取り掛かりました. |
図2.15はエンジン台から外したエンジンをチェーンブロックとベルトを使用してフレーム横に移動した様子です.メガスピードではエンジンは必ず器具を使用して静かに搭載します.メカニックは無理な力を使うことなく正確にエンジンを搭載します.もちろんハヤブサクラスのエンジンであっても,整備者が一人でほとんど力を使うことなく静かに脱着します.それはエンジンやフレームが傷つかないようにするだけでなく,安全を第一に考えた結果であることを付け加えておきます. |
図2.16は車両に正確にエンジンを搭載した様子です.マウントボルトの締め付けトルクがマニュアル通りでなく,そしてワッシャの有無もパーツリスト通りではありません.ともに相違がある為,基準は整備技術者が自ら判断して対応しなければならない格好の事例であると言えます. |
図2.17は試運転を実施し,70km地点で撮影したテンプターの様子です.トータルで100km程試運転を実施しましたが,あくまで滑らかなフィーリングはライダーを疲れさせることなく,暖かな日の最高のライディングを演出してくれました.最終的に一番の目的であったオイル漏れが解消したことを確認して整備を完了しました. |
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【考察】
今回の事例では,オイル漏れの修理が一番の目的でした.しかし漏れを直すにはシリンダヘッドを取り外さなければならず,作業的にオーバーホールに必要な工程と大きく重なる為,修理だけでなくオーバーホールも実施しました.もちろん費用的には作業工程が増えた分オーバーホールの方が大きくなりますが,オイル漏れの修理だけするのは,あまりにも無駄があると言わざるを得ません.
もしオイル漏れだけの修理をするのであれば,オーバーホールよりは若干安く上がりますが,真っ黒になったピストンやバルブ,短くなったバルブスプリング,劣化したバルブステムシール,真っ黒になった燃焼室,吸排気ポート,その他あらゆる部位がそのまま戻されることになります.もちろんそれでもオイル漏れは直りますが,取り外したものを何も見ないでそのまま戻すのでは,あまりにも気持ちが悪いものです.
したがって,可能な限りメガスピードではヘッドからのオイル漏れは,同時に各部を点検整備するオーバーホールで対応することをお勧めしています.画像を見れば,そのまま部品を戻すことのナンセンスさを理解することが可能なはずです.
試運転はピストンリングを新品に交換した為,通常より緩やかに,そして距離を大目に設けました.もちろんバルブのフェースとシートの接触や新品のバルブスプリングの馴染み,その他様々な要素がある為,数十キロごとに少なくとも外部からわかる範囲で確認しながら実施したことは言うまでもありません.
実際に乗ってみると,広がり過ぎていたバルブクリアランスが修正されたことにより,メカニカルノイズが減少したように感じました.そして低速からの力強さ,何より回転のスムーズさと振動の少ない滑らかなエンジンフィーリング,どれをとっても,今までの単気筒のイメージを覆すものでした.というのは,単気筒は個人的には音もフィーリングも振動も,何もかも好きではなかったからです.しかしそのイメージを見事に打ち砕いた印象を受けました.テンプターという乗り物は数年しか製造されていない比較的希少な車種ですが,実際に乗ってみれば,その洗練されたフィーリングはこの手のシリーズでしか味わえないことが分かります.
このエンジンにはクランクシャフトの前側にバランサシャフトが設置されています.おそらくこれによる振動の減少が滑らかなエンジンフィーリングを醸し出しているものであると考えられます.確かにドコドコといった鼓動のような振動がビッグシングルの楽しみであるかもしれませんし,そうでなければ「単気筒とは言えねぇな」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょう.ですが,スムーズな単気筒エンジンもそれと同じくらい捨て難いと感じさせてくれるのが,このテンプターです.それでは物足りないと思う方もいれば,あぁ洗練されているなぁと思う方もいるはずです.私は後者でした.
“ みなさんのビッグシングルはいかがでしょうか.ドコドコ派ですか.それとも滑らか派ですか ”
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