トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:81~90)



ウォータラインの詰まりとラジエータキャップの衰損によるオーバーヒートについて


【整備車両】

ZX400-D2 (ZX400D) GPZ400R  年式:1984年  参考走行距離:約14,600km


【不具合の状態】

エンジンがオーバーヒートする状態でした.


【点検結果】

この車両は他店で購入されたお客様が,納車直後にオーバーヒートや充電不良を起こした為 (※1)

メガスピードにて各所点検整備のご依頼をいただき承ったものです.

外観目視点検から行い,各所にオーバーヒートによる水漏れの形跡が確認されました.

図1 ラジエータキャップ下側のラジエータホースから漏れ出した冷却水

図1はラジエータキャップからラジエータに接続されるいわばアッパホース付近から,

赤褐色の液体が漏れ出した様子です.液体は状況から錆びた冷却水であると判断できます.



図2 アッパホース下部まで漏れ出した冷却水

図2は図1のホース下側の様子です.

漏れ出した冷却水がかなり下部に達していることが確認できます.



図3 冷却水の付着している右アンダーカウル

図3は内部確認の為に取り外した右アンダーカウル内側の様子です.

冷却水の吹きかかった形跡が見られます.

冷却ライン最右端からでも右アンダーカウルまでは距離があり,

ホースから滴り落ちたという程度ではこの様な痕跡は残りません.

このことから,右アンダーカウルに付着した冷却水は,冷却系統から噴き出したものであると考えられ,

噴き出す程の圧力が上昇する原因はオーバーヒートである可能性が極めて高いといえます.



図4 内部に冷却水が入っていないラジエータキャップ下部

図4は冷却水の漏れた形跡が著しいラジエータキャップを取り外した様子です.

キャップを外すと,目視できる範囲では水が完全に空っぽになっていました.

これはオーバーヒートにより沸騰した水が噴き出したことを示しています.

整備書の規定値から判断するとエンジン内部の冷却水は全体の約60%程度しか残っていませんでした.



図5 衰損したラジエータキャップ

図5はオーバーヒートの原因を探る為,ラジエータキャップの弁圧力を測定した様子です.

密封性能は皆無すなわち完全に抜けていて,保持圧力は0kPaでした.

このことはラジエータキャップの衰損により,冷却系統の水が沸騰しやすい状態であったことを示しています.



図6 サーモスタット付近から漏れ出した冷却水

図6はサーモスタットハウジングの様子です.

パイプのすき間やカバーとのすき間から赤褐色の冷却水が漏れ出した形跡が確認できます.

パイプ付近の飛沫が斜めになっていることからも,ある程度の圧力がかかり,瞬間的に噴き出した可能性が高いといえます.



図7 汚染されたサーモスタットハウジング

図7は内部が赤褐色の固着物で汚染されたサーモスタットハウジングの様子です.

水垢や錆が固形化したものであると推測されます.



図8 抜き取った冷却水

図8は抜き取った冷却水の様子です.

容量が少なくなるに従い,赤褐色に変わってきました.

赤褐色に染まっている冷却通路やその部品の状態と比較するまでもなく,

明らかに抜き取った冷却水の質が違うことからも,これは内部の状態が悪化した後に給水されたものであると判断できます.



図9 赤褐色の沈殿物のあるリザーバタンク

図9はリザーバタンクの中身の様子です.

他の冷却通路同様,赤褐色の沈殿物が確認できました.



図10 赤褐色の固着物の付着しているラジエータホース

図10はラジエータホース内部の様子です.

赤褐色の沈殿物が全体に凝固していて通路がわずかに狭くなっていました.



図11 汚染されているインペラ

図11はインペラの状態を点検している様子です.

付着物は比較的少ないものの,全体的に赤褐色になっていました.

またポンプそのものの動きや形状等に問題はないと判断しました.



図12 ラジエータのホース取り付け部

図12はラジエータのホース取り付け部の様子です.

水垢の様な固着物が全体に堆積していました.



図13 錆の発生したウォータパイプ内部

図13はウォータパイプを取り外し内部を点検した様子です.

錆と見られる物質が通路を狭くしていると同時に形状が冷却水の流の大きな抵抗になっていたと判断できます.



図14 汚れているシリンダヘッド冷却通路

図14はウォータパイプを取り外したシリンダヘッドの様子です.

見える範囲で赤褐色の沈殿物が確認できます.

これはエンジン内部も他の部分と同様に水垢等で冷却水の通路が汚染されていることを示しています.



図15 ウォータポンプ構成部品

図15はファンスイッチをラジエータから取り外した様子です.

赤褐色の沈殿物がセンサに付着していて,ラジエータ内部もかなりの量の沈殿物が確認できました.



図16 クーリングファンの動作確認

図16はクーリングファンの動作を確認している様子です.

約95℃でスイッチがONになり,ほぼ規定値通りで良好であると判断しました.

このことにより,ラジエータファンの動作不良によるオーバーヒートではないと判断できます.



図17 ウォータポンプ構成部品

図17はウォータポンプからシリンダに接続されるパイプの様子です.

内部は赤褐色の沈殿物が見られ各部同様冷却通路を狭くしているといえます.



図18 ウォータポンプ構成部品

図18は取り外したサーモスタットを加熱し,開弁開始温度及びリフト量を測定している様子です.

開き始めが約70℃で全開リフト量が約8mm程度とほぼ規定値通りであり,良好と判断することができます.

このことにより,サーモスタットの動作不良はオーバーヒートの原因から排除できます.

以上の点検結果から,オーバーヒートの原因は冷却通路の詰まりによる熱交換の不具合と,

ラジエータキャップの衰損による冷却水の密封不良からなる沸騰温度の低下であると判断しました.


【整備内容】

全体的に著しい錆や水垢等が見られた為,通常の洗浄といった手法では状況を改善するのはかなり難しいと判断し,

ウォータラインに強制的に水を流し込み,エンジン内部を洗浄する方法で整備を行いました.

図19 ウォータポンプ上部に取り付けられたウォータホース

図19はウォータポンプの上部にホースを取り付け,エンジン内部に洗浄水を直接流し込んでいる様子です.

まずは通常の冷却水の流れる方向から強制的に水圧をかけました.



図20 シリンダヘッドウォータパイプから排出される汚水

図20はシリンダヘッド上部のウォータパイプに排水の為のホースを接続した様子です.

本来のウォータラインではサーモスタットを経由してラジエータに流れますが,

それぞれ単体で点検洗浄する為,エンジン内部の洗浄に特化しました.



図21 排水(上)と給水の状態

図22はウォータポンプ上部に取り付けた給水ホースと,

シリンダヘッドウォータパイプに取り付けた排水ホース(上)の様子です.

給水はもちろん透明ですが,それと比較して排水はエンジン内部を洗浄した汚水になるので,

薄い褐色になっていることが分かります.



図22 順方向の洗浄が完了した給水及び排水ホース

図22は冷却系統の通常の冷却水の流れである順方向から洗浄し続け,

汚水が透明になった様子です.

この状態を確認し,次に逆方向,すなわちエンジンシリンダヘッド側から水圧をかけて洗浄しました.



図23 シリンダヘッド側に取り付けられた給水ホース

図23は冷却水の流れの逆方向から水圧をかけ内部を洗浄する為に,

シリンダヘッドウォータパイプに給水ホースを取り付けた様子です.



図24 ウォータポンプ上部に取り付けた排水ホース

図24はウォータポンプ上部に排水ホースを取り付け,

エンジン上部から給水した洗浄水を排水している様子です.

順方向からの排水の色は薄い褐色でしたが,逆方向はかなり濃い褐色の排水が確認されました.



図25 シリンダヘッド側の給水ホース(上)とウォータポンプ側の排水ホース

図25は逆方向に接続した給水ホースと排水ホースの様子です.

順方向と比較して著しく排水が汚染されていることが確認できます.



図26 排水のサンプル採取

図26は排水のサンプルを採取している様子です.

汚水に含まれているものから状況を判断する為に数十リットルに一度排水を回収しました.



図27 排水に含まれていた汚染物

図27は排水中に含まれていた汚染物の様子です.

細かいものから大まかなものまで存在し,特に触ると崩れてしまうものや,触っても変形しないもの等,

様々な汚染物が確認できました.

磁石で確認したところ,8割程度がくっついた為,鋼管等の錆がはがれ落ちたものであると判断できます.



図28 エンジン内部の洗浄が完了した状態の給排水ホース

図28はエンジン内部の洗浄が完了した給排水ホースの様子です.

順方向と逆方向の洗浄を交互に行い,どちらの方向からも洗浄水が透明になるまで繰り返し,

合計約700リットルの洗浄で状態が改善されました.



図29 新品のラジエータキャップの点検

図29は新品のラジエータキャップを測定している様子です.

約100kPa~110kPaを保持し,良好であることが確認されました.



図30 新しい冷却水とラジエータキャップ

図30は冷却水を入れ,検査した新品のラジエータキャップを取り付けている様子です.



図31 水温計の回路に取り付けられた抵抗

図31は任意の抵抗を水温計の回路に取り付け,規定値において規定の指針を示しているか点検している様子です.

今回は3箇所の測定を行い,すべて規定通りであり良好であると判断しました.



図32 約80℃前後を示している水温計

図32は試運転を行ったときの水温計の様子です.

40km程度走行しても水温計はおおむね80°~90°程度を示し,

ファンが回らないことから約95°には一度も達しなかったといえ,

オーバーヒートする症状が回復したことを確認して整備を完了しました.


【考察】

この車両は他店で購入されたものなので,そこでどの程度長期保管になっていたかは分かりませんが,

車両の外装やフレームの状態が非常に良好であること,また樹脂部分に目立つ色あせ等が見られないことから,

直射日光が当たらず,かつ雨風から守られた環境に近い状況であると推測されます.

しかし外装が良くても,機関内部がどうであるかは実際に開けてみないと分からないといえ,

この事例のように冷却系統に不具合をはらんでいる中古車両が特別であるとはいえません.



今回の不具合であるオーバーヒートの原因は,冷却通路が狭くなったことにより,冷却水の通過量が減少し,

循環が不十分でエンジンからの熱を水に移動する性能が低下していたこと,

そしてラジエータキャップが衰損して保持能力が0であることから,冷却水がさらに沸騰しやすくなり,

大気圧において100°で沸騰した冷却水がキャップから噴き出したものであると推測できます.

さらに噴き出したことによりエンジン内部の冷却水が減少し,

ウオータポンプによるキャビテーションや,冷却水量の不足からエンジンがいわゆる空炊きの状態になり,

加速度的にオーバーヒートしていったと考えられます.

この水温計は真ん中で約100℃であり,お客様がHiの位置まで針が振れたという証言から,

エンジン内部が異常な高温の状態にあったことは疑いの余地がありません.

メガスピードにて圧縮測定を行い,大きな圧縮圧力の低下が見られなかったことから,

お客様が大事に至る前にエンジンを停止させたのは賢明な判断であったといえます.

また同時期にレギュレータの故障による充電不良が発生した為にエンジンがかからなくなったことは,

確かに不具合が増えたことには違いありませんが,

結果的に見ればオーバーヒートを防ぐことになったといえます.



古い車両は一筋縄では行かない場合がむしろ多いといえ,

中古車でも当たりと外れがあるのは至極当然です.

なぜなら20年30年も経てば,その間に保管されていた状況や,それまでの使用環境等に大きく個体が左右されるからです.

今回整備を承った車両のお客様は,ずっと探してやっと見つけたものだから,大切に乗りたいとおっしゃっていました.

実際の整備では予想以上に冷却通路の状態が悪くその対処はかなり大変でした.

しかしその様な強い意志やご希望をお聞きすれば,私も一個の人間です,

尚一層良い状態に整備して楽しく乗っていただきたいと思うのが自然です.



ひとつだけいえるのは,もしずっと乗りたかったバイクがあったり,探していたものが手に入る状況であれば,

それは迷わず取得されることが,楽しく人生を送れる可能性を増やす要素になることは間違いないということです.

そしてそのような車両を正常な状態で乗っていただける様,

メガスピードは最大限お客様の手助けをさせていただきたいと考えております.





(※1) 充電不良により停止したエンジンの整備事例は,

“レギュレータの故障による充電不良が原因のエンジン停止について”

をご覧下さい.





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