トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例11~20)



~キャブレータ内部への水の侵入によるエンジン始動不可能について~


【整備車両】

VT250H (MC15) VTZ 1985年式  走行距離:約44,000km


【不具合の症状】

引越しにともない保管場所がなくなり、雨ざらしにしているうちにエンジン不動になっていました。


【点検結果】

もともと入庫される前はエンジン実動で、お客様があちこちツーリングに使用されていた車両ですが、

引越しにともない保管場所がなくなり、雨ざらしにしているうちにエンジン不動になっていました。

エンジン不動ということを考慮し、エンジンの3大要素である、『良い圧縮』、『良い火花』、『良い混合気』、の点検をしました。




図1 、リヤバンクシリンダの圧縮圧力

図1はリヤバンクの圧縮圧力を測定している様子です。

フロントは1,320kPa、リヤは1,220kPa程度の圧縮圧力があり、ほとんど圧縮が参考基準値から低下していませんでした。

このことからエンジンそのものは力強い出力が期待できます。

次にスパークプラグは前後両気筒とも火花が出ていることを確認しました。

一度プラグをブラストで清掃して取り付けセルを回しましたが、

プラグには全くガソリンの燃えた気配がなく取り付け前の状態とほとんど変わりませんでした。

これはガソリンがシリンダ内に供給されていないことを示しています。

最後に、良い混合気の要である燃料系統及び吸気系統を点検しました。




図2、リヤバンクのキャブレータドレーンから流れ出る水

図2はリヤバンクのキャブレータドレーンから水が流れ出ている様子です。

キャブレータまで燃料が来ているかどうかを判断する為にドレーンを緩めたところ、

透明な液体が出てきました。

精密な成分分析は難しいものの、無色透明、粘度、においの有無、揮発性、状況等から、水であると判断しました。

燃料系統にどこからか水が侵入していると考えられます。

また水を抜き続けたところ、30ml程度排出したところでガソリンにかわり、

それ以降はガソリンのみ流出してくることを確認しました。



キャブレータ内部への水の侵入経路としては、ガソリンタンクからガソリンホースを通り、

フロートチャンバへ流れ込むいわばガソリン通路、

エアクリーナからキャブレータのベンチュリを通り、各ジェットやポートから落下してフロートチャンバへ流れ込む、

いわば吸入空気通路の2つのルート考えられます。

ですのでまず燃料タンクを取り外し、ガソリンを抜いたところ水の混入は確認できませんでした。

比重ではガソリンより水の方が重いので、水が侵入している場合はタンク下部に堆積します。

先にキャブレータドレーンより水を排出したので、タンク下部に堆積していた水が流れ出ていた可能性もありますが、

タンクに堆積していた場合、燃料ホースの体積分が完全にガソリンと置換していない場合は、

水を抜いてガソリンが出てきた後、また水が出てくる可能性もあります。

この事例では最初の水を抜いてからは、1000ml程度ドレーンから排出しても水はでてきませんでした。

これらのことから、タンクには水が侵入、堆積していなかったと仮定し、

次に吸入空気通路を点検しました。




図3、浸水しているエアクリーナエレメント

図3は水と推測できる液体が、エアクリーナエレメントやそのハウジングに堆積している様子です。

エアクリーナエレメントには外部との接触部は吸入空気口しかなく、

その口も極力不純物が侵入しないような位置設計になっています。

しかし、この事例では図3の様にまるで吸入口からホースで水を放水した様に水浸しになっていました。

このことから、余程横殴りの雨が吹き付けてくる状況下で保管されていたことが分かります。

雨ざらしの状態で2カ月程度保管していたということでしたがその間に台風が来ているので、

このような水の侵入をもたらしたとしても不思議ではありません。

つまり、キャブレータへ吸入空気通路から雨水が侵入したと結論付けることができます。

キャブレータから大気側の状態は確認できたので、次にキャブレータからエンジン間を点検しました。




図4、錆の層が出ているバルブ廻り

図4は1番シリンダリヤバンクのインテークマニホールド側から見たバルブ廻りの様子です。

侵入した水はマニホールドを通り、バルブ廻りに達していました。

それにより、バルブ廻りに薄い錆の層が発生していました。

錆そのものは表面にわずかに色が着いた程度なので、性能にはほとんど影響がないといえます。

バルブ廻りが錆びていることは、そこまで水が侵入したことを示しています。

しかし、錆は確認できても、それを引き起こした水は確認できませんでした。

ここで考えなければならないのは、その水はどこへ行ったかということです。

エアクリーナエレメントやキャブレータにかなりの量が堆積していたことを考えると、

インテークマニホールドに侵入した水の量は蒸発して消えてしまうほど少ないと判断するのは難しい状況です。

そうなると、水は後戻りするか、先へ進むしかありません。

しかし水が液体であることや重力、エアクリーナやその他の部品の位置を考えると、

バイクを逆さまにしない限りは、エンジン側に落下すると考えるのが自然です。

仮にバイクが転倒していたとしても、やはり勾配から、水はエンジン側に落下していると推測できます。

そしてやはり水はヘッドバルブから落下し、燃焼室からシリンダへ流れ込み、

ピストンの頭を伝い、ピストンリングとシリンダのすき間から下に落下し、クランクケース下部、

すなわちオイルパンにまで達していたと推定できる現象が起きていました。




この事例では“キャブレータ内部への水の侵入とエンジン始動不可について”という題で進めるので、

キャブレータの整備に内容を進めます。

水の侵入先の事例は上記リンクをご覧下さい。


図5、ガソリンと水が混ざりゲル状になっているキャブレータ内部

図5はキャブレータ内に侵入した水とガソリンが混ざり、ゲル状になって各ジェットやポートの通路をふさいでいました。

このことは、先に示した燃料の供給不足によるプラグの変化がないことの裏付けになります。

エアカットバルブ廻りもやはり水の侵入が確認できました。


【整備内容】

図6は洗浄したキャブレータボデーの様子です。

表面にアルミの腐食による変色は残るものの、堆積物や不純物等はすべて取り除き、

各ポートの貫通を確認し、総合的に点検しました。


図6、洗浄したキャブレータ内部



図7は点検整備の完了したキャブレータを車体に組み付けた様子です。


図7、車体に組み付けられたキャブレータ



図8は組み付けたキャブレータのスロー調整、同調調整を行っている様子です。


図8、前後シリンダ負圧の同調調整

エンジンの圧縮圧力がほぼ規定値にあったので、

やはり負圧も十分に発生し、同調調整、スロー調整により、アイドリングの安定を図りました。

負圧メータはMPa表示で、絞りがある為表示負圧は平均値になりますが、前後とも0,022Mpa程度で安定していました。


【考察】

エンジンが始動困難になる原因は様々です。

しかし大きく分けて「良い圧縮」、「良い混合気」、「良い火花」の3つの要素がエンジンには必要とされているので、

これらをひとつひとつ確認していくことが求められます。

この事例では、「良い混合気」を作る為の燃料系統に不具合があり、エンジンが始動不可能になっていました。

具体的には大量の水がキャブレータ内部に侵入し、

水とガソリンが混ざり、ゲル状になって各ポートやジェット類のガソリンの通路をふさいでいた為、

燃焼室に混合気が送られず、爆発しない状態になっていました。

キャブレータ分解整備により、エンジン始動、走行可能な状態になりましたが、

侵入していた水は、吸気バルブからエンジン内部に落下し、

燃焼室やシリンダを通り、最終的にオイルパンに達していたと推測できます。

その為にエンジンオイルが乳白化していました。


水が侵入した原因は、雨ざらしにしていた時の台風による横殴りの雨風が原因であると推定できます。

車両、特にエンジンにとっては水の侵入は極力避けなければなりません。

屋外保管の場合は、やはり最低限バイク専用のシートを被せておくことが必要であるといえます。





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