H側への特性ずれによる水温計のオーバーヒート表示について |
【整備車両】
RG400EW (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 1型 年式:1985年 参考走行距離:約8,200 km
【不具合の状態】
水温がオーバーヒート気味になっていました.
【点検結果】
この車両は高回転の吹け上がりが悪い ※1 と言うことでメガスピードにて整備を承ったものであり,車両はお客様が自走して来られたものです.その際水温計がオーバーヒート気味であるという旨のご指摘があり,車両に負担をかけないような走り方でお越しいただいたということでした.今回の事例では不具合の発生していた水温計について取り上げます.
図1.1は負特性サーミスタいわゆる水温のサーモセンサの代わりに直接226.0Ωの抵抗を接続して水温計単体で点検した様子です.本来50℃を示す青色の棒線の位置に針がなければなりませんが,この水温計ではそれよりもずっと高温の位置を示していました。つまり,実際のエンジン水温よりメーターの針が高い温度を示していると言うことです.これは水温計のH側への特性ずれであると考えられます.
図1.2は水温計に直接21.0Ωの抵抗を接続して計器計単体で点検した様子です.本来127℃を示す青色の棒線の位置に針がなければなりませんが,この水温計では針がレッドゾーンを振り切っていました.以上2点での測定から水温計の針が実際よりも高温を示していることが確認できました.
確かにこの水温計は不正確であり,安心してバイクに乗ることはできませんが,これは水温計の指針が実際よりも高いことから,オーバーヒートする前にライダーが高温を認識することができます.つまりお客様が自走で当社にお越しいただいた際に水温計から水温が高いと判断して,セーブして低回転で運転されたというのは,故障は故障でも,安全方向に行動し易いいわば良質な故障であると言えます.しかしもし水温計の針が実際よりも低い温度を示している故障だったらどうでしょう.ライダーは水温が低いから大丈夫だと判断して走行し続ければ,実際には水温が高いのでオーバーヒートする可能性が非常に高くなります.それが図1.3の水温計の場合です.
図1.3はH側に特性ずれしていたメータを交換すべく,お客様の手持ちの予備の水温計を送っていただき,交換前に当社で点検測定したものです.本来50℃の赤色棒線の位置に水温計の針がきていなければならないところを,ほぼCの位置から動かない状態でした.つまり特性がC側にずれていて本来よりも大幅に低い水温を示していました.やはりこの状態で運転した場合は,実際にオーバーヒートする水温になっても水温計上の針は適温を示す為,高温であることを把握することができず非常にオーバーヒートの危険性が高くなります.ゆえに危険度の高い故障と言えます.
今回の事例では2つ追加でお客様に水温計を手配していただきましたが,どちらもC側に特性ずれしていて故障している為,これ以上1985年の当時ものを探しても信頼性に欠けると判断して新品の水温計を取り付ける方向で検討していただきました.中古であれば入手しても故障している可能性があり,実用できるものを探すのは,宝くじを当たるまで買い続けるようなものです.現にお客様がに手配していただいた2つのうち1つは販売者の説明では 『動作確認済み』 というものでした.しかし針が“動作”していても正確でなければ何の意味もありません.そしてもし点検したときに問題なくても,やはり何十年も経過している部品はいつ壊れるか分からないという点で信頼性に欠けます.
【整備内容】
社外の新品デジタル水温計に交換しました.
図2.1は純正の水温計ASSYの上に取り付けた社外の新品のデジタル水温計の様子です.タコメータはアナログの方が見やすいと言えますが,水温計はデジタルで正確に温度を把握したいものです.なぜならアナログメータでは高温域で指針の動きに対する温度変化が大きく,正確に読み取ることが難しいからです.
また今回は水温計だけでなく,同時に電圧も計測できるモデルを採用しました.特にRG400Γの様に80年代半ばの古い車両であれば,レギュレータが故障している可能性が高く,例え正常であっても近い将来故障する確率が高い為,事前にそれを察知する必要があるからです.
図2.2は高速や一般道を試運転した時の水温計の様子です.高速では70度程度,一般道では80度程度で安定していることを確認しました.つまりこの時点で車両側冷却系統の異常はなく,水温計の故障のみがオーバーヒートに近い領域を指している原因であると断定することができます.
また電圧に加えて時計を表示できるため,外出先でバイクに乗りながら時間を把握することが可能で非常に便利であると言えます.このモデルはボタンによる電圧と時計の選択性交互表示ですが,必要かつ十分であると感じました.更に付け加えるのであればバーグラフが同時に表示されることで,MAXに対しての現在地を直感的に把握できるようになっています.これは分かりやすくて良いと評価できます.
オーバーヒート気味の原因として,車体側に問題があるのか,それとも水温計に問題があるのかを切り分けるには何か正確な基準と言える物差しが必要になります.新車であればエンジン側を基準にすることができるかもしれませんが,80年代半ばの車両であればエンジン側を基準にすることは不可能です.したがって水温計を新品にして基準とすれば,エンジン側が問題ないかを判断することができ,それが安心につながり,そしてバイクを楽しく乗ることができます.当社で新品のデジタル水温計を推奨させていただくのはこの為です.
【考察】
水温計の表示がオーバーヒート気味であれば冷却系統を中心に点検するのがオーソドックスな手法であるのは明らかですが,特に古い車両の場合は水温計自体が故障している場合が少なくありません.したがって水温計そのものを疑う必要性も十分に考慮し点検を進める必要があります.
今回の事例ではラジエータホースの各つなぎ目に冷却水が噴出そうとした形跡やリザーバタンクの状態,その他を含めてエンジン側の不具合の可能性は低いと仮定し,まずメータの単体点検を実施しました.結果としてメーターに不具合が発生していた為,お客様に2個中古メータを送っていただきました.しかしいづれもC側へ特性ずれしていた為使用することができず,最終的に新品のデジタル水温計を取り付けることにしました.どうしても当時物の部品で外観を保ちたいというのでなければ,少なくとも水温計に関しては新品のデジタル表示のものに交換することを強く推奨します.一番欲しいものは安心だからです.
【アナログ表示とデジタル表示について】
負特性サーミスタを使用しているアナログ表示の水温計は,針のH側への移動増加量は非線形であり,抵抗が減るにしたがってより一層大きく振れる性質があります.つまり,針がH側に行くにつれて,わずかな針の動き,すなわち回転角が大きな温度変化を示しているということです.図で分かりやすく説明します.
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図3.1はRG400Γの水温計の基準となる温度を表示したものです.正常な水温計であればおおむねこの様な温度と指針の関係があります.左の緑のブロックの左端が50℃であり,左と右の緑のブロックの真ん中の白い空白が80℃であり,赤のブロックの始まり(右端)が127℃です.ここで示したいのは2点です.
まず1つ目は針がレッドゾーンに入った時点ですでに130℃程度であり,早急に冷却しなければならない状態であるということです.CとHしか表示がない為,ライダーには実際の温度が分かりません.何となくレッドゾーンはヤバイ感じがすると思いますが,すでにその手前でヤバイのです.それを意識しておくことが大切です.
そして2つ目は温度と指針の動きの関係が非線形であることです.50℃~80℃までの30℃の温度変化(角度θ1)はかなりの針の動き(回転角)がありますが,80℃~127℃の47℃の温度変化(角度θ2)は50℃~80℃の変化に対する針の動き(回転角)の半分程度しかありません.これは高温になればなるほどわずかな針の動きでも温度上昇が大きいことを示しています.ラジエータキャップで加圧している為オーバーヒートで冷却水が沸騰するのは120℃程度すなわちレッドゾーンに入る頃からであると推測できます.しかしそれはラジエータキャップが新品の場合の話で,破損していたりへたっていたりすればもっと低い温度で沸騰します.沸騰が激しければ内部に空気がたまりウォータポンプのキャビテーションやエンジンの空焚きを誘発し,沸騰して高温高圧に耐え切れなくなった冷却水がラジエータホースの各つなぎ目から噴出し,それがなくなればエンジンは焼き付きます.つまり極端に言えばこのメーターでは危険な領域である80℃以上は表示があいまいで正しく温度が読めないということです.
それに対してデジタル表示であれば常に正確な水温を知ることが可能です.もちろんMAXまでの間の中でどのくらいの位置にいるかという直感的な部分は削られますが,水温計はタコメータの様に短時間でめまぐるしく変化するものではないことや,全体の中の立ち位置はそれほど重要ではない為,デジタル表示で正確に現在の水温を把握できた方がはるかに機能的なのです.
※1 空燃比の狂いによる高回転不良と排気漏れがもたらすキャブレータの汚染について
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