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事例:D-51

キック始動のみの車両における点火系のアーシングについて

【整備車両】 
 R1-Z (3XC) 3XC1  推定年式:1990年  参考走行距離:15,200 km
【点検結果】 
 この車両はメガスピードで整備を承る前に他店でヘッドガスケットおよびピストンリングを交換したとされるものです.当社で点検したところリザーバタンクには全く冷却水が入っておらず,ラジエータにもキャップ口元付近は冷却水が無い状態でした ※1 これではオーバーヒートに陥る危険性があります.その他各部に異常が見られましたが,今回の事例では,アーシングについて記載します.


【整備内容】
 もちろんストック状態で何ら不足はありませんが,如何せん古い車両なのでアース線に接触抵抗や線間抵抗が増えている可能性があります.したがって本来の性能を取り戻すことを目的として,そして更なる性能向上の為,一番重要な点火系統にアーシングを実施しました.

図1.1 ヘッドボルトに共締めされたアーシング端子
 図1.1はヘッドボルトに取り付けられたアーシング端子の様子です.エンジンを締め付けているボルトは一度緩めると水漏れ圧縮漏れの危険性が発生する為,触れることができません.したがってエンジンのボルトを緩めずにアーシングを実施する場合,この様にスタッドボルト形状の部位を利用して共締めする必要があります.

図1.2 車体に設置されたアーシングケーブル
 図1.2はヘッドからアーシングされたケーブルを車体に沿わせて設置した様子です.極力無駄のない取り回しを心がけました.

図1.3 バッテリ側アース端子
 図1.3はバッテリ側アース端子の様子です.右上がアーシングケーブルからの端子,真ん中が新設したシガーソケットのアース端子,そして左下がもともとのハーネスから分岐したバッテリアース線です.整然と配置し,見た目の美しさにも留意しました.


【考察】 
 市販車において,そのままの状態で通常の使用であれば,ユーザーがわざわざアーシングを実施する必要性が皆無であるのは,それが設計者により開発段階で熟考したものであるからと言えます.それはアーシングを実施してもほとんど違いを体感できないことからも容易に理解できるはずです.

 現在ではキック始動のみの車両は激減しましたが,少なくとも古い2ストに乗るのであれば,その様な車両に出くわすことが多いはずです.セルモータが付いている車両は,そのアース側が太い配線を使用している為,それだけでアーシングを実施している状態に近いと言えます.実際にエンジンをかけてからセルモータのアースを外した場合,極端に燃焼状態が不安定になるのは,正常に点火されていないからに他なりません.もちろんその状態でプラグを外してみれば,確かに火花は出ています.しかしそれは肉眼で目視確認しているだけに過ぎず,現実にはスパークが弱くなっています.したがって,セル始動の車両は点火のアース側もセルモータのアース線が非常に大きな役割をしています.

 ではこの事例のR1-Zの様にセルモータが無い車両はどうでしょうか.例えばこの車両の場合はバッテリに直接接続されているアース線は細く,その他ボデーアースも0.5sp程度の細い配線しかありません.もちろんそれはCDI点火といったバッテリに依存しない点火システムが前提であることは間違いないでしょう.しかし厳密にはエンジンから直接アースされている太い線があった方が良いと言えるのは,CDI点火にもかかわらず,セルモータのアースを外せば極度な燃焼不良を発生させる2スト原付で実験すれば明らかです.

 したがって,今回の整備でもそれを前提として,シリンダヘッドからアーシングを実施しました.それで違いが体感できるのかと問われれば,ほとんど分からない,と言わざるを得ません.しかし大切なのはオーナーの気持ちです.数十年も経過した細いアース線が頼りなく電気をバッテリに戻しているのでは,気分が悪くなって当然です.逆にアーシングされてしっかり電気の流れが確保されていると思えば,何だかバイクが速くなった気がしてもおかしくはありません.それほど人は気持に左右されます.そしてその気持ちすなわち“心”をより良い状態にもっていくのを手助けさせていただくのが我々整備技術者の役目でもあると思うのです.

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※1 空になったリザーバタンクとラジエータ内の冷却水不足によるオーバーヒートの危険性について 





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