事例:S‐47
ダストシールの抜き取りとピストンシールの再使用によるキャリパからのブレーキフルード漏れについて |
【整備車両】
RG400EW (HK31A) RG400Γ(ガンマ) Ⅰ型 年式:1985年 参考走行距離:約12,500km |
【不具合の状態】
フロントブレーキがスカスカで握っても液圧がかからない状態でした.
また右キャリパからブレーキフルードが漏れていました. |
【点検結果】
この車両は現状販売で他店から購入されたお客様のご依頼により,各所分解整備をメガスピードにて承ったものです.
他店の話では“ブレーキだけ見ておいた”ということですが,
実際にはフロントブレーキがスカスカで握ってもほとんど握り切らないと液圧がかからず,非常に危険な状態でした.
また右キャリパからブレーキフルードと見られる液体が漏れ出している重大な不具合が分かりました.
このことからブレーキキャリパのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)が必要であると判断し,実施しました.
図1.1 ダストシールの抜き取られているキャリパシリンダ |
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図1.1はキャリパを分解して内部を点検している様子です.
全体的に汚れが目立ち,A及びBの部分には本来あるはずのダストシールが取り付けられておらず,
内部にゴミやほこり,汚れが侵入しやすい状態になっていました.
このことはピストンの錆や腐食を早めるだけでなく,スラスト方向の軸のずれにも影響するといえます.
状況から判断すると,直近では一切洗浄された形跡がないことが分かります. |
【整備内容】
ブレーキキャリパのシール類を新品に交換するとともに,ジョイントの洗浄研磨,
キャリパの塗装等を含めた総合的な整備を実施しました.
図2.1 再塗装,各部の洗浄・測定・研磨等を行ったキャリパ |
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図2.1は剥がれてボロボロになっていたキャリパを再塗装し,修正研磨,シール交換等の実施されたキャリパの様子です.
ブレーキフルード漏れを発生させていたことから,より厳密に各部を精密に点検・研磨・調整しました.
図2.2 オーバーホール【overhaul】の完了したキャリパ廻り |
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図2.2はオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したブレーキキャリパ廻りの様子です.
キャリパそのものの塗装は言うまでもなく,新品に交換された光沢のある取り付けボルトを含めて,
全体が非常に美しく仕上げられていることが理解できます.
整備技術者自らも見た目を楽しみながら,ブレーキ系統の制動が良好になったことを確認して整備を完了しました. |
【考察】
この車両は右側のフロントブレーキキャリパからブレーキフルードが漏れ出していました.
それと同時にブレーキレバーがスカスカで,ほぼ握り切らないと液圧がかからず,非常に危険な状態でした.
キャリパにとってダストシールはゴミやパッドの削れカス,ほこり,そして水分の侵入を防ぎ,
ピストンの錆や腐食,そしてシリンダを守る非常に重要な役割を果たしています.
今回の事例では,ブレーキフルード漏れの大きな原因が2つ考えられます.
その1つ目がダストシールの抜き取りであり,それにより内部が腐食し,
劣化したピストンシールの機能の低下がブレーキフルードの漏れにつながったのではないかと考えられます.
あくまで公道走行を目的として販売された市販車であれば,例えサーキットを走行するとしても,
ダストシールの取り外しを推奨することは,知識と技能を持ち合わせた整備技術者であればまずないといえます.
しかしこの車両のキャリパがフリクションの低減を目的としてダストシールが抜き取られたことでないのは,
その他の車体の状況から容易に推測されます.
つまり全体的に長期間放置されていた車両を他店の業者が仕入れて,
販売する為に,一度キャリパをとりはずし,適当に組み付けた可能性が非常に高いといえます.
おそらく仕入れた段階では強固にブレーキが引きずりを起こしていて,その解消の為にキャリパを分解し,
ピストンシール等は経費節減の為に再使用して適当に組み立てられてものであると推測されます.
これは“ブレーキは見ておいた”という業者の発言からも裏付けられます.
つまりそれが2つ目の原因であり,すなわち数十年経たシールを再使用したことによる液漏れです.
再使用した可能性が高いといえるのは,とりはずしたピストンシール等の状態や,
ボルトの折れ込んだシリンダに無理やりフランジを組み付けて仮止めしている ※1 といった整備姿勢からも,
容易に判断することができます.
また長期放置車両であるというのは,4番排気チャンバが錆による腐食で大きな穴が空いていたり,
リヤハブベアリングが固着してまったく回転しないことからも明らかです.
したがって,今回のブレーキフルード漏れの一番の原因はダストシールが抜き取られていることによる内部の劣化ではなく,
ピストンシールを再使用した結果,ブレーキフルードが漏れ出していたものであると結論付けることができます.
ダストシールはその時に紛失したか,破損させた可能性が否定できません.
ピストンシールは状態からおそらく発売当時のものであり,
それを再使用することが言語道断であることをこの場で議題にしなければならないことそのものが,
業界のモラル低下の懸念材料であることに疑いの余地はありません.
この様なその場しのぎの素人整備は,結果として第三者を危険にさらすことになり,極力避けるべきです.
素人整備とは素人が行った整備であることはもとより,技術のない業者が行った整備も当然含まれます.
最近の動向として,素人の個人売買で所有者が“ブレーキキャリパをオーバーホールした”,
と称したものを購入されたお客様の車両がブレーキの不具合を発生させて,
メガスピードにて修理のご依頼を承る機会が非常に多くなっております.
実際にブレーキに不具合が発生していれば,それは自他を含め人命に直接かかわります.
そもそもオーバーホールという単語の概念を誤って解釈されている素人整備が少なくありません.
オーバーホールとは英語で【overhaul】であり,精密検査を意味します.
それを何も考えずに掃除だけしてそのまま組み立てたという非常に低レベルのものが多々見受けられます.
それはオーバーホール【overhaul】ではなく,ただの掃除です.
掃除とオーバーホールとでは雲泥の差があることを,目を覚まして認識しなければなりません.
オーバーホール【overhaul】という単語を用いるのであれば,
例えばキャリパでいえば,シリンダゲージやマイクロメータ等をはじめとした,
最低限精密な測定機器を持ち合わせ,手足の様に使いこなせるのが前提であり,
無論組み立て時にはトルクレンチを使用した正確なトルク管理が必須です.
その上で熟達した技術や深い知識を持ち合わせた人が状況を判断し,
修正等を施して本来の性能に限りなく近づけることが必要であり,結果を出すことが求められます.
分解して組み立てるだけであれば,誰だってできるのです.
そこが勘違いされてしまった車両は残念ながら,オーバーホールと称されつつ性能が著しく低下しているものや,
不具合を発生させていることは,決して目をそらせてはならない現実なのです.
この事例も同様です.
もし万が一その様なものを購入してしまった場合は,
可能な限り早急に正しい整備技術者のもとでオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)されることが求められます.
メガスピードではマスターシリンダやキャリパを含めたブレーキ系統の包括的で高質なオーバーホールを実施しております.
発売から20年以上経過している車両の場合,腐食によりキャリパの塗装が剥がれ落ちていたり,
みすぼらしい姿になっている場合が少なくありませんが,
この事例の様にキャリパを塗装し直せば,性能のみならず見た目の美しさも楽しむことができ,
所有する喜びもまた一層大きくなるものです.
やはり古い車両であれば,例え問題なく機能していると思える様なものでも,一度総合的に整備されておくことが大切で,
ブレーキの制動能力が十分でない車両は,
その不安感から意図した通りの加速ができず,楽しく乗ることは難しいといえます.
確かに軽快な加速はモーターサイクルに乗る最も大きな楽しみの一つですが,
それを支える制動力こそ,まさにその楽しみを引き出す要であることを忘れてはなりません.
※1 “フランジを利用したその場しのぎで固定された排気チャンバからの排気漏れについて”
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