ウォータポンプ内のオイルシールの劣化によるオイル漏れについて |
【整備車両】
5CG1 (SG01J) マジェスティSV YP250S 推定年式:1997年 参考走行距離:約24,000km |
【不具合の症状】
ウォータポンプの水漏れオイル漏れの点検用の穴からエンジンオイルが漏れていました. |
【点検結果】
定期点検を実施した際にエンジン下廻りが油やほこり、ゴミ等で粘着していた為,
まずは下廻りを可能な限り清掃しました.
図1.1 油やほこり,ゴミ等の付着で汚れているエンジン下廻り |
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図1.1は汚れているエンジン下廻りの様子です.
汚れの大部分は油とほこりの混合物が付着したもの,それに走行中にはねたごく小さな石等が混じっていました.
これだけの汚れが堆積していることを考えると,長期間下廻りが点検清掃されていなかったことと,
走行状態や路面の環境にもよりますが,それ相応の走行距離を走った車両であるということが推測できます.
この車両はワンオーナーである為,実際に走行距離はメーター表示の約24,000kmということが分かっています.
そして一番重要且つ考えなければならないのは,これだけの油汚れがどこから付いたかということです.
確かに走行中には路面から様々なものがエンジン下廻りにはね上がり,時には付着します.
しかしこの油汚れの量は何か外的な要因が潜んでいると考えるべきです.
まず挙げられるのは、エンジンオイルをオイルキャップから補給する時に周りにこぼして拭き取らなかったということです.
そして次に挙げられるのがどこからかわずかにオイル漏れが生じているということです.
わずかという表現を用いたのは,入庫してから数日経っても床にオイルの垂れた形跡がないことと,
油汚れが半固形で液体の部分がないことから,オイル漏れはごく少量ずつだと推測できる為です.
この事例では側面のウォータポンプカバーまで油汚れになっているので,
近くの部品のどこかを潤滑スプレーでグリスアップした際に油が周りに付着し,
そこにほこりが堆積して半固形物を形成した可能性も否定できません.
あるいはエンジン停止時では漏れなくても、回転時に油のかかる場所から漏れてたのかもしれません.
図1.1において留意すべきはウォータポンプ廻りが一番ねっとりしていて,その外周の油汚れは乾燥しているという点です.
このことからウォータポンプ廻りにオイル漏れが発生していて,
そこから走行等により周りに飛散したという可能性も推測できます.
いずれにしろ状態を確実に点検する為に清掃する必要がありました.
図1,2は油汚れを清掃したエンジン下廻りの様子です.
この段階では特にオイル漏れ等は確認できませんでした.
図1.3 水漏れ,オイル漏れ点検穴から漏れ出しているエンジンオイル |
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図1.3は20km程試運転を行い,再度下廻りを点検した際に発見したオイル漏れ(図の四角B)です.
ウォータポンプ内の水漏れ,オイル漏れのインジケータとなる点検穴(図の四角A)から,
エンジンオイルが漏れて図の四角Bまで伝わっていました.
このインジケータはウォータポンプ内のオイルシールやメカニカルシールの損傷を警告します.
オイルが漏れてくればオイルシール,水が漏れてくればメカニカルシールの損傷が考えられます.
この事例ではエンジンオイルが出てきたので,
オイルシールとシャフトあるいはオイルシールとハウジングの密封が損なわれ,
オイルがインジケータから漏れ出したものです.
図1.4 ウォータポンプボデーと流出するエンジンオイル |
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図1.4はウォータポンプに内蔵されているオイルシール廻りを点検する為にポンプボデーを取り外した様子です.
ウォータポンプハウジングを取り外すとエンジンオイルが下の穴から流出します.
このオイルがウォータポンプインペラシャフトのベアリングを潤滑しています.
ベアリングの次にエンジン外側にこのオイルのシールが位置します.
この事例ではエンジン静止状態でオイル漏れが発生しなかったので、オイルレベルはシールの位置より下側にあるか,
オイルがシャフト部まであっても静止状態ではシール機能が働いていた可能性があります.
図1.5はウォータポンプボデーから取り外したインペラシャフトASSYの様子です.
シャフトとインぺラが分解できるものもありますが,この事例のインぺラはASSYでした.
Aの部分はオイルシールが取り付けられている範囲で,Bの部分はベアリングが圧入されている範囲です.
インペラ裏側の白い輪の部品はメカニカルシールで,インぺラとともに回転しながらクーラントをシールします.
オイルシール取り付け範囲のシャフトは,エンジンオイルで変色していたものの,大きな腐食は見当たりませんでした.
しかしシャフトを清掃すると,わずかな傷が2箇所あるのを確認しました.
図1,6の1と記した黄色い四角で囲んだ中の傷はオイルシール取り付け部にありました.
傷そのものは触れても確認できないほど浅いものでした.
傷の深さから、これがオイルシールに損傷を与えていた可能性は低いといえます.
逆にこの傷がどの様な工程でついたのかは分かりませんが.
ゴム質のオイルシールが硬質のシャフトに傷をつけることはほとんどないといえるので,
傷がつくとすれば,製造工程かウォーターポンプ組み立て時についたと考えるのが自然です.
インぺラの製造工程時についたものだとすれば,検品では問題ないと判断されたものであることが推測できます.
検品時にはねのけられれば,この様な傷のついたものが市場に出回るはずはありません.
車両はワンオーナーでウォーターポンプを分解整備した記録がないということが分かっているので,
傷がつくとすれば製造ラインで組み立て時につけたものであるか,
製造工程でついたものの,検品時に問題ないと判断されたものだと推測できます.
検品時に見落とされてすり抜けてきたものである可能性も全くないとはいえません.
図1,7の2と記した黄色い四角で囲んだ中の傷はメカニカルシールハウジング部に位置するものです.
やはり図6の傷と同様に触れても確認できないほど浅いものでした.
目視でやっと分かる程度の傷で,表面の凹凸もほとんどない状態でした.
図6の傷はオイルシールを組み付けた場合,シール部にあたる箇所にありますが,
傷の大きさや深さからこれがオイルシールを痛め,オイル漏れを引き起こしていた可能性は低いといえます.
この傷も図6の傷と同様に生産ラインの組み立て時に傷ついたものか,
製造工程でついたものの,検品で問題ないと判断されたものであると推測できます.
図1.8はメカニカルシール固定側とオイルシールをインぺラ側からみた様子です.
図1.8 メカニカルシール固定側と劣化したオイルシール |
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オイルシールはオイルの塊が堆積していたり変色していました.
メカニカルシール固定側本体や摺動部に損傷や傷等はありませんでした.
図1.9はメカニカルシールとオイルシールをハウジングから取り外した様子です.
漏れ点検穴周辺にエンジンオイルが堆積していた様子が確認できます.
ハウジング内部には堆積物が付着しているのが分かりますが,目立った傷等はありませんでした. |
【整備内容】
図2.1は点検清掃、ベアリングとオイルシール,メカニカルシールのハウジングの荒れを研磨したポンプボデーの様子です.
図2.1 点検清掃,ハウジングを研磨したウォータポンプボデー |
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オイルシール圧入部は若干金属面が堆積物により荒れていたので滑らかにしました.
ハウジングは多少エンジンオイルの劣化した堆積物で荒れていたものの,
オイルシール外周の状態は滑らかで、取り外しの時にしっかり圧入されていたことを考えると,
この荒れがオイルシールとのすき間をつくりそこからオイルがインジケーターホールに流れた可能性は低いといえます.
図2.2 インペラシャフトオイルシール部の傷を研磨した様子 |
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図2.2はインぺラシャフトのオイルシール取り付け部に確認した傷を修正研磨した様子です.
画像の黄色の四角1で囲んだ部分にあった傷は,
シャフト全体ををラジアル及びスラスト方向30μmすなわち0,03mm研磨したところで完全に平滑になりました.
これによりシャフトの傷によるオイルシール内面への攻撃の懸念はなくなりました.
図2.3 メカニカルシールハウジング部の傷を研磨した様子 |
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図2.3はメカニカルシールハウジング部にあった傷を研磨した様子です.
図2.2の作業をしている時におよそ10μmすなわち0,01mm程研磨して平滑な表面を得ることができました.
傷の部分はメカニカルシールハウジングの内部を中空の状態で貫いているので物理的な接触はありませんが,
図2.2のオイルシール部の傷とともに研磨しておきました。
図2.4 点検整備したウォータポンプ構成部品と新品部品 |
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図2.4は点検整備したウォータポンプと新品部品です。
Aはポンプカバー,BはインぺラシャフトASSY,Cはメカニカルシール回転側,Dはメカニカルシール固定側,
Eはポンプボデー,Fはオイルシール,Gはベアリング,Hはサークリップです.
水漏れはなかったのでメカニカルシールを交換する必要はありませんでしたが,
経年や走行距離,ここまで分解する作業時間を考慮し,合わせて交換しておきました.
ベアリングも同様にまだ使用可能な状態でしたが,オイルシールを取り外すために一度外したことや経年,
走行距離を考慮して新品に交換しておきました.
図2.5 試運転後に点検したウォータポンプ下側の点検穴 |
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図2.5は20km程試運転してからオイル漏れの起こしていた箇所の様子です.
水漏れオイル漏れはなく状態は良好でした.
図2.6 オイル漏れの直った試運転後のエンジン下廻り |
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図2.6は整備,試運転の完了したウォータポンプ廻りの外観です. |
【考察】
エンジンをはじめ各所の点検の基本は清掃です.
エンジンは自己修復しないので,エンジンにほこりまみれになった油汚れが付着している場合は,
走行時に路面から油を跳ね上げたか,内部から油漏れしている可能性があります.
静止状態ではオイル漏れが確認できなくても,必ず試運転してからもう一度確認する必要があります.
それはオイル漏れを起こしている個所がオイルパンのオイルレベルより上の場合に,
静止状態では症状がでないことがある為です.
クラッチカバーの下側やオイルパンの合わせ目等常にエンジンオイルに浸かっている個所は,
静止状態でも隙間があればオイルが漏れてきます.
しかしヘッド廻りに代表される様な,静止状態でエンジンオイルがオイルパンに落ちた状態で液面より上に位置する箇所は,
エンジンが動いてオイルが飛散します.
やはりオイル漏れを詳しく点検する場合は、静止時,そしてエンジンをある程度回してから再度行う必要があります.
ウォータポンプの水漏れ,オイル漏れ点検用の穴は,水漏れオイル漏れを外部に知らせるのと同時に,
メカニカルシールが損傷して水がエンジンの中に流れ込むのを防ぐ役割と,
オイルシールが損傷した場合にオイルが冷却系統に流れ込むのを防ぐ役割を担っています.
シール類は経年やエンジン回転による使用により,必ず劣化,消耗します.
この事例ではオイルシール側が損傷しオイル漏れを起こしていました.
水漏れはありませんでしたが,
どちらかが不具合を起こした場合は,もう一方も消耗時期だと判断して予防的に合わせて整備しておくことが,
近い将来発生するであろうもう一方の不具合を未然に防ぐ為にも推奨されることだといえます. |
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