トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:51~60)


事例:E‐57
インペラシャフトの摩耗によるオイル漏れとメカニカルシールの劣化による冷却水漏れついて


【整備車両】

RG400EW-2W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) Ⅱ型  年式:1986年  参考走行距離:約18,600km


【不具合の状態】

ウォータポンプのインジケータホールから冷却水が漏れ出していました.


【点検結果】

 長期保管中に不動となった車両の再生のご依頼を受け,メガスピードにて各所点検を承りました.

エンジン下廻りを点検すると,ウォータポンプのインジケータホールから冷却水が漏れていた為,

メカニカルシールの損傷と判断し,ウォータポンプをオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)しました.

その結果,軸内部にはメカニカルシール部からの冷却水に加え,オイルシール側からもミッションオイルが漏れ出し,

混合して乳化していました.



図1.1 インジケータホールから漏れた冷却水

 図1.1はウォータポンプカバー周囲の様子です.

赤い四角Aで囲んだ部分がインジケータホールであり,冷却水が漏れていることが確認できます.




図1.2 破損したインペラ固定ボルトのシール

 図1.2はウォータポンプインペラとシャフトを固定するボルトを取り外した様子です.

シールが劣化し変形している為,インペラと軸間の冷却水のシール機能が低下していると考えられます.

この為,メカニカルシールのみならず,この部分から冷却水がシャフト奥に漏れ出した可能性があります.



図1.3 接触面の摩耗したメカニカルシールインペラ側

 図1.3はメカニカルシール接触部インペラ側の様子です.

全体的に摩耗してシール機能が低下していることが分かります.

インペラ取り付けボルトと軸のすき間から侵入した冷却水か,メカニカルシール接触部から侵入した冷却水か,

どちらかを断定することはできず,またどちらの可能性も否定できませんが,

メカニカルシールインペラ側の奥側に冷却水とミッションオイルの混ざった乳白色の液体が侵入していることが分かります.



図1.4 劣化したメカニカルシールハウジング側

 図1.4はメカニカルシール接触部ハウジング側の様子です.

メカニカルシール接触部が摩耗している他,ハウジングに圧入する部分も劣化していました.

接触面及びシャフトとシールのすき間に乳白化した液体が付着していることが分かります.

これはウォータポンプ側のメカニカルシールから漏れ出した冷却水と,

オイルシール側から漏れ出したミッションオイルが混ざり合って形成されたものであると判断できます.

この時点でメカニカルシールのみならず,

ミッション側のオイルシールあるいは軸接触部の密封機能が損なわれていると断定できます.



図1.5 オイルパン側から見たインペラシャフト取り付け部

 図1.5はオイルパンの内側からウォータポンプに向かって見たインペラシャフト取り付け部の様子です.

ベアリングそのものには損傷はないものの,接触面に摩耗した形跡がありました.

ベアリング奥側のオイルシールがメカニカルシール側から漏れた冷却水と,

オイルシール側から漏れたミッションオイルと混合して乳白色になっていることが分かります.



図1.6 オイルパンのベアリング,オイルシールハウジング

 図1.6はハウジングからベアリング及びその先のオイルシールを取り外した様子です.

ハウジングに目立つ損傷はないものの,

オイルシールとハウジングの間に冷却水とミッションオイルの混合物が侵入していました.



図1.7 ミッションオイルを密封し切れなくなったオイルシール

 図1.7は冷却水とミッションオイルの混合物がシール表面に付着した様子です.

ハウジングとのすき間に混合物が侵入したことが分かります.





図1.8 新品のオイルシール(左)と取り外した古いシール

 図1.8はミッションオイルをシャフトとの接触部で密封する新品のオイルシールと,

取り外した劣化した古いオイルシールの様子です.

古いオイルシールは新品のオイルシールと比較して内径が広がっていることが分かります.

これにより軸との接触力が弱まり,オイル漏れを引き起こす原因のひとつになっていると考えられます.



図1.9 新品のオイルシール内蔵スプリングと取り外した古いオイルシールのスプリング

 図1.9はオイルシール内側にはめ込まれ,縮まることによりシャフトとの接触力を確保する為の新品のスプリング(左)と,

取り外した古いオイルシールに内蔵されていたスプリングを比較した様子です.

古いスプリングは金属が酸化しているのと同時に,径が大きく広がってしまい,

オイルシールのリップ部をシャフトに密着させる能力が低下していることが分かります.

このこともミッションオイルがインペラ側に漏れ出した原因のひとつであるといえます.



図1.10 オイルシールとの接触部の段付き摩耗の発生しているインペラシャフト

 図1.10はオイルシールとの接触部(赤い四角で囲んだ部分)が段付き摩耗している様子です.

AとBで示した摩耗はそれぞれオイルシールリップがシャフトと接触している部分ですが,

オイルシール刻印側に近い部分がBで,その次にAのリップがシールに存在します.

この事例のシャフトではAとBはほぼ同じ100μmの摩耗が生じていました.

これにより,内径が広がり密封力の低下したオイルシールと摩耗した軸のすき間から,

オイルパン側のミッションオイルがインペラ側に漏れたと判断できます.


【整備内容】

 ミッションオイルと冷却水の両側のシール機能を回復させる為に,それぞれ整備を行いました.

まずミッション側に関するシャフトについては,

すでに純正部品が絶版になっている為,新品を入手することができません.

その為,中古エンジンを入手して分解し,ウォータポンプシャフトを取り外して使用するか,

現在摩耗しているウォータポンプシャフトを修正して使用するかの2通りの選択肢が考えられます.

しかし中古エンジンは所詮中古であり,何とか入手したとしても,取り出すまで内部の部品の状況を把握することができず,

この事例の様にすでに部品が摩耗している可能性もあります.

1985年~7年くらいに発売された車両の中古エンジンから,

使用に耐えうる部品を宝くじのように探し当てる為のコストを考えれば,

その選択肢は極めて非効率的で不確かだといえます.

したがって,やはり迅速かつ確実な整備を行う為,取り外したシャフトを修正して使用する方法をとりました.



図2.1 肉盛溶射により修正されたインペラシャフト

 図2.1は肉盛溶射により修正されたウォータポンプインペラシャフト ※1 の様子です.

軸の肉厚が摩耗した100μm分肉盛りされ表面を仕上げたことにより,

オイルシールとの接触面がもとの寸法に戻されリップとの密封性能を回復しました.



図2.2 ウォータポンプ構成部品

 図2.2は取り外したウォータポンプの構成部品を並べた様子です.

Aは溶射により修正されたインペラシャフト,Bはその新品の軸受ベアリング,Cはその新品のオイルシールであり,

これらがミッションオイル側に使用されます.

またDは新品のメカニカルシールハウジング側,Eは新品のメカニカルシールインペラ側,Fは洗浄したインペラ,

Gは新品のボルトガスケット,Hはスプリングワッシャ,I は新品のインペラ取り付けボルトです.

このDから I が冷却水側に使用されます.

インペラは点検洗浄して再使用可能と判断し,

溶射して修正されたインペラシャフト以外の部品はすべて新品に交換しました.



図2.3 圧入された新品のオイルシール及びベアリング

 図2.3は新品のオイルシールをハウジングに取り付け,新品のベアリングを圧入した様子です.

これにより軸受けのガタつきによる偏芯の影響を避け,ミッションオイルを密封する性能を回復しました.



図2.4 インペラ及びハウジングに取り付けられた新品のメカニカルシール

 図2.4は新品のメカニカルシールをインペラ及びハウジングに取り付けた様子です.

黄色い四角Aで囲んだ方がインペラ側のメカニカルシール,

黄色い四角Bで囲んだ方がハウジング側のメカニカルシールです.

摩耗していたメカニカルシールを交換することにより,接触面からの冷却水漏れの防止を図りました.



図2.5 インペラの取り付けられたウォータポンプ

 図2.5はインペラを組み付け整備の完了したウォータポンプの様子です.

この状態でスムーズに無理なくインペラが回転することを確認しました.



図2.6 オーバーホール【overhaul】の完了したウォータポンプの駆動力伝達部

 図2.6はオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したウォータポンプの様子です.

最終的に各所動作や状態を確認してエンジンに組み付けました.



図2.7 水漏れオイル漏れの直った洗浄されたウォータポンプ廻り

 図2.7はエンジンにオイルパンを組み付けて40km程度試運転を行ったインジケータホール周辺の様子です.

水漏れオイル漏れはすべて解消し,正常な状態であることを確認して整備を完了しました.


【考察】

 この事例ではウォータポンプのインジケータホールから冷却水が漏れていました.

インジケータホールはミッションオイルや冷却水の漏れを知らせるとともに,

それらが互いに混ざらない様にする重要な役割をもっています.

メカニカルシールすなわち冷却水側の密封能力が低下して冷却水がシャフト奥に侵入しても,

インジケータホールからすべて外部に排出されます.

またミッションオイル側のシールの密封機能が損なわれ,ミッションオイルがインペラ側に流れ込んでも,

やはり同様にインジケータホールから排出される為,インペラまで到達しません.

つまりインジケータホールが貫通している限りはミッションオイルと冷却水は混ざることは,

ウォータポンプに関しては構造上ないといえます.

しかしインジケータホールが何らかのゴミや堆積物等で詰まった場合は,

オイルや冷却水が排出されずに行き場を失うことになります.

したがって,インジケータホールの点検は見逃すことのできない重要な整備項目のひとつであるといえます.

またこの事例ではインジケータホールからは冷却水のみ漏れ出していましたが,

内部を分解すると,ミッションオイルもインペラ側に漏れ出していました.

このことは,表面化していなくても実際には内部で劣化や損傷が進んでいることを示しているといえます.



 この車両はお客様が車検を切らせてから数年間乗らずに保管されていたものであり,

メガスピードにてお預かりして点検したものは,最後にエンジンをかけた数年前のエンジンの様子です.

冷却水は水であり,時間が経てば当然蒸発して消えてしまいます.

しかしそれでもエンジン停止の数年後に冷却水がインジケータホールから漏れ出していたということは,

静止状態でも少しずつ冷却水が漏れ出していたと考えられます.

冷却水をシールするのはメカニカルシール及びインペラ取り付けボルトのシールの2点ですが,

静止状態で冷却水が漏れ続けていることから,メカニカルシールのみならず,

インペラ取り付けボルトのシールも性能を失っていたと判断することができます.

またミッションオイルの漏れはオイルシールの拡張のみならず,

インペラシャフトの接触部の著しい摩耗が大きな原因であるといえます.

その摩耗が100μmであることから走行距離だけでなく,そのエンジンの使用状況も考慮しなくてはなりません.

シャフトは溶射により再生することができた為,

試運転においても良好な結果を得ることができました.

車両の発売が1986年くらいであることを考えると,

冷却水の漏れは走行距離というより,むしろ経年による劣化の方が大きいと考えてもおかしくはありません.

またミッションオイルの漏れは経年というよりも,走行による軸の摩耗であることは明確であり,

ウォータポンプを構成する部品内部でも,使用と経年による不具合の発生要因が複雑に絡み合っています.

四半世紀を経た車両は,内部が劣化,摩耗している場合が少なくありません.

今回の事例の様にひとつの不具合から内部を分解した結果,それとは別の不具合も見つかる場合があることを考えれば,

やはり付随する整備はあえて切り離さずに,一式整備しておくことが求められるといえます.

古い車両はすべての箇所がこのように劣化,摩耗しているといっても過言ではなく,

高年式の車両に比べて高度な整備技術が求められます.

メガスピードでは可能な限りお客様のご要望にお応えできるよう日々精進していく所存です.






※1 “肉盛溶射による軸の摩耗の修正について”






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