事例:95
【整備車両】
SE50MSJ (AF19) DJ.1RR 推定年式:1988年 参考走行距離:約10,000km+3,500km |
【不具合の状態】
走行中にスロットルグリップの手応えがなくなり,エンジンが吹け上がらず発進できない状態になりました. |
【点検結果】
この車両はお客様が“走行中にスロットルグリップの手応えがなくなり,アイドリングしかしなくなってしまった”,
という状況の修理のご希望を承り,メガスピードにて整備を行ったものです.
状況確認の為,実際にスロットルを捻ると,全く抵抗がないことから,途中でワイヤが断線していると判断しました.
図1.1.は抵抗のなくなっているスロットルグリップの様子です.
手応えが全くないことから内部でワイヤが不具合を起こしていると考えられます.
いくつかの可能性をあげると,スロットルグリップ部でワイヤのタイコ部分がホルダから脱落している,
キャブレータのスロットルバルブ側で断線している,
あるいはスロットルグリップとキャブレータ及びオイルポンプのワイヤの接続部までの間で断線している,
等が推測できます.
実際に不具合の状態を突き止める必要がある為,アクセスしやすい個所から点検を開始しました.
図1.2 スロットルワイヤホルダに取り付けられているワイヤ |
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図1.2はスロットルワイヤ取り付け部の様子です.
樹脂のグリップではあるものの,しっかりとタイコが取り付けられていて,この部分での不具合は確認できませんでした.
図1.3 スロットルグリップを捻っても反応しないオイルポンプレバー及びスロットルバルブ |
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図1.3はスロットルバルブ部とオイルポンプレバー部のスロットルワイヤの様子です.
グリップでスロットルを捻っても,両方とも全く反応していないことから,
両方のワイヤが同時に切断する可能性の低さを考慮すると,
中間部よりグリップ側で不具合が発生していると判断することができます.
図1.4はハンドルグリップからスロットルバルブ及びオイルポンプに分岐する部分の様子です.
分岐点よりも少しグリップ側にずれた所でワイヤが断線していました.
これはスロットルバルブとオイルポンプの両側のスプリングの負荷がかかっている部分であり,
ワイヤの切断面から使用による疲労切断であると判断できます.
少なくとも確認が取れる走行距離は13,500km程度であり,もしメータが更に一周していればプラス10,000kmになります.
原付の消耗品はいわゆる二輪自動車に比べて耐久性が低いものが少なくないことや,
発売が1988年頃であり,おそらく当時のワイヤがそのまま使用され続けていたことを考慮すれば,
スロットルワイヤが断線しても不思議ではありません.
図1.5はワイヤの断線部の様子です.
ワイヤが著しくほつれていることや,断面が均一でないこと,
ほつれている線の色が他の部分と変わらず,光っていないこと等から,ワイヤは一度に断線したのではなく,
負荷により徐々に撚り線がほつれてその各々が切れていったものであると考えられます. |
【整備内容】
すでに純正のスロットルワイヤASSYが絶版である為,AF19型純正の中古部品を使用するか,
別の車種の新品を使用するという選択肢が考えれます.
今回は万全を期する為,別の型式の新品のスロットルワイヤを流用しました.
図2.1 キャブレータ及びオイルポンプに接続された新品のワイヤ |
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図2.1は別の型式の新品のスロットルワイヤをキャブレータ及びオイルポンプに取り付けた様子です.
ケーブルの長さがAF19型と異なる為,特にスロットルグリップから分岐点までの取り回しを工夫する必要がありました.
しかし右ハンドルスイッチやキャブレータ,オイルポンプに接続する部分はほぼ同一の形状である為,
保持や動作の確実性は損なわれることなく,正確に設置することができました.
図2.2はスロットルワイヤホルダを新品に交換した様子です.
ホルダはワイヤを保持し,加速の度にワイヤを引っ張る部分ですが,材質が樹脂であることから経年劣化等を考慮し,
スロットルワイヤASSYと合わせて新品に交換しました.
図2.3は新品のスロットルグリップの様子です.
ホルダに合わせてグリップラバーも新品に交換したことにより,機能のみならず見た目の美しさも取り戻すことができました.
スロットル廻りをすべて組み立て試運転を行い,
機能に問題がなく,走行状況が良好であることを確認して整備を完了しました. |
【考察】
この事例ではお客様が走行中にスロットルワイヤが断線し,アイドリングはするものの発進不能になりました.
スロットルワイヤが断線すればそれは即走行不能を意味する為,極力避けなければならない状況であるといえます.
スロットルワイヤは走行距離のみならず,年式を考慮して早めに交換しておきたい最も優先する部品のひとつであり,
予防的に整備しておくことで,外出中の断線による帰宅困難という事態を回避することができます.
やはり少なくとも発売後10年経ている車両や,走行距離が増えている車両の場合,
部品の供給がある場合は迷わず新品に交換しておくことが望ましいといえます.
もし絶版であっても,この事例の様に可能であれば,別の型式の新品を流用する等し,
新品に交換しておくことが大切であるといえます.
どうしても適合する形状がなく,仕方なしに中古品を使用せざるを得ない場合も中には存在しますが,
その場合は尚更点検時期を短くとり,常日頃からワイヤの状態を把握しておくことが必要であるといえます.
今回の事例ではワイヤが断線していることから,
ワイヤと同程度に使用されていたスロットルワイヤホルダも合わせて新品に交換しました.
やはり材質が樹脂であることからも寿命は長くはないといえ,
ワイヤが切れたことを考慮すれば新品にしないという選択肢はありません.
この先原付にワイヤを使用しない電子制御式スロットルバルブが採用される可能性はまずないといえ,
遠い将来までワイヤで原始的かつ機械的にスロットルを開く仕組みが続くと予測されることからも,
スロットルワイヤを始め,クラッチワイヤやチョークワイヤ等,各種ワイヤ類とは上手に付き合っていく必要があるといえます. |
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