トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:251~260)


事例:E-253

ロータリーバルブカバー裏地の剥離による吸気口遮蔽がもたらす燃焼不良について

【整備車両】 
 RG400EW (HK31A) RG400Γ(ガンマ)  年式:1985年  参考走行距離:8,900 km
【不具合の状態】 
 いきなり急加速したりパワーがなくなったり,加速時の車体の動きがギクシャクしていました.
【点検結果】 
 この車両は一年ほど前に不動に陥ったということで,メガスピードにて不動車再生のご依頼を承ったものです.1番キャブレータへ2サイクルエンジンオイルが流れ込んでいたり,3番キャブレータのスロットルバルブが全開で固着していたりと様々な不具合がありましたが,今回の事例ではエンジン始動後に正常に燃焼していない1番シリンダについて取り上げます.結論として,ロータリーバルブカバーの損傷が不具合の直接的な原因でした.

図1.1 手のひらを吸い込んでいるサイレンサー出口
 図1.1はエンジンをかけた状態で,エキゾースト付け根がほとんど温まらない1番シリンダの点検の為,排気の状態を確認べくサイレンサー出口に手を当てた様子です.色々な事例に遭遇していると, 『驚く』 ということが少なくなりますが,久しぶりに驚く現象を確認しました.手がサイレンサーに吸い込まれたのです.と言っても,吸い込まれっ放しではなく,吸い込まれては吐き出され,そしてまた同じ分量が吸い込まれて吐き出されるといった,電気で言えば交流の様なサイクルが繰り返されていました.まるで生き物の様に吸ったり吐いたりしていたのです.

 本来排気管は一方的に排気ガスを排出するものであり,吹き抜けラップ量の多い2サイクルエンジンの構造でも,出口から吸い込まれることはまずありません.エンジンの圧縮はほぼ新車同等にあります.したがって,吸い込まれる現象は吸入口が何らかの原因でふさがれていることが推測されます.キャブレータをオーバーホールしてから取り付ける際には何もないことを確認した吸気系統ですが,この様な現実を突き付けられては改めて確認せざるを得ませんでした.

図1.2 吸入口を塞いでいる1番シリンダのロータリーバルブカバー裏地
 図1.2は再度キャブレータを取り外して吸気口を確認した1番シリンダのロータリーバルブの様子です.何とキャブレータを取り付けた際には存在しなかった異物が吸入口を塞いでいました.つまり,シリンダは吸気できずに排気ガスを吸っては吐いていたのです.そして何度もロータリーバルブの整備を実施している経験から,すぐにこの異物はバルブカバーの裏地であると判断しました.
 吸気口断面積の9割がふさがれていたら燃料も空気もエンジンに入るわけがありません.これが1番シリンダが正常に燃焼しなかった原因でした.ここで重要なのは,キャブレータを取り付けた際には吸入口が完全に空いていたということです.そうなると,エンジンをかけてからバルブカバー裏地が回転したことになります.

図1.3 剥離してほぼ一周したロータリーバルブカバー裏地
 図1.3はロータリーバルブカバーを取り外した様子です.カバーの裏地が剥離してロータリーバルブにくっついていました.そしてバルブは向かって時計回りの運動をすることと,裏地の吸入口との位相から,少なくとも裏地は剥離してから時計回りにほぼ1回転して停止したことになります.
 10km程試運転した時には急に加速し出したり,力が無くなったりを繰り返していたので,おそらくすでに裏地が剥離して常にバルブと一緒に共廻りしていて,エンジン吸気口と裏地の吸気口の位相が一致した時のみパワーが出ていた可能性があります.

図1.4 破損しているロータリーバルブカバー裏地
 図1.4は剥離したロータリーバルブカバー裏地の様子です.千切れている部分はすでにエンジンに吸い込まれて排気されていると考えられます.1985年の発売から何十年も経過すれば,接着だけで貼り付いていたものは剥がれても仕方ないと言えます.


【整備内容】
 新品の部品供給があった為,ロータリーバルブカバーを新品に交換しました.

図2.1 新品のロータリーバルブカバー裏側
 図2.1は新品のロータリーバルブカバー裏側の様子です.部品番号が変更されていたことや,材質からして当時ものではなく,その後生産された部品という印象を受けます.

図2.2 点検洗浄したロータリーバルブ
 図2.2は点検洗浄したロータリーバルブの様子です.1番および3番のカバーを交換するにはフライホイールカバーを外さなければならず,その場合カバーのオイルシール交換や,カバーを外す為にフライホイールやステータコイルを外す必要があること,そしてその為にはサイドカウルステーをずらさなければならず,それにはラジエータを動かすことが条件になるといった,非常に多くの作業工程が求められます.ですので,今回は1番と併せて3番のロータリーバルブカバーも新品に交換しておきました.

図2.3 新品のロータリーバルブカバー
 図2.3は新品のロータリーバルブカバーを新品のスクリュおよびOリングを使用してエンジンに取り付けた様子です.これで吸入口の性能が確保されました.

図2.4 整備の完了した1番ロータリーバルブ周囲
 図2.4は整備の完了した1番ロータリーバルブの様子です.3番も同じくフライホイールカバーやサイドカウルステーがある為,それらを除去してからでないとアクセスできません.
 最終的にキャブレータを取り付け,高速や一般道を総計150km程度試運転し,良好であることを確認して整備を完了しました.


【考察】 
 エンジンに必要なのは,良い圧縮,良い混合気,そして良い火花の3要素です.制御の仕方に差異があっても,今も昔もこの3点のみでエンジンを動かしていることには変わりありません.

 今回の事例ではその3つがすべて正常であると確認して不動車のエンジンがかかるようにしました.しかし実際には走行後に1番シリンダの吸気口がふさがれていました.というのは,不動の状態でキャブレータを組んだ時には吸気口は完全に確保されていたからです.エンジンを動かしたことにより,内部に潜んでいた不具合が露見した形になりました.そして再度故障診断,不具合の発見,整備という流れになったのです.ロータリーバルブカバーの裏地が剥離していることを初めから見抜くには,もはや超能力が必要な次元です.したがって超能力者になれない者は,不具合が出るごとにひとつひとつ原因を追究して何度もやり直しながら理想的な状態に持っていくしかないのです.
 不動車や素性の分からないものは,今回の事例の様に初めに目で見て問題ない状態を確認しているにも関わらず,エンジンがかかってから予測できない不具合が内在している場合があります.特にエンジンがかからないといった不具合は,正確に言えばエンジンを動かす構成部品すべてを疑わなければならないということです.

 ロータリーバルブカバーの裏地が剥がれたのを見ると,いよいよRG400Γも部品そのものの寿命も近づいてきたなと感じます.もし今回カバーの新品がなければ裏地を1から作らなければなりません.その場合,耐熱・耐摩耗といった耐久性,接着性等の設計から入る必要があり,部品ができたとしても,それがどれくらいもつかはデータがない限り不明といえ,一点物では長時間の負荷実験をすることもできず,費用を考えれば現実的ではありません.また中古部品で対応するとしても,部品そのものが何十年も経っている為信頼性が低く不安を払拭することができません.したがって,新品の部品供給があるうちは迷わず新品に交換しておくことが望ましいと言えます.







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