事例:E‐32
【整備車両】
NSR250R2J (MC18) 1988年式 走行距離:27,500km |
【不具合の症状】
2速ギヤで加速中にエンジンが吹けなくなり、9,000rpmからゆっくり停止しました。 |
【点検結果】
エンジン停止後に途中でクラッチを切ると回転の落ち込みが急激で、
またつなぐとエンジン回転の下降が鈍くなったことから、
駆動系ではなくエンジン内部が引きずっていると判断しました。
水温は80°程度だったので、オーバーヒートではないことが分かります。
車両停止後にすぐキックが降りクランクを回すことが可能だったことや、
圧縮圧力の低下が見られないこと、故障発生時の水温等から、原因は潤滑不良の軽度の焼き付きと判断しました。
その後は分離給油+混合ガソリンといった標準より少しオイルの濃い状態でで問題なく2,000km程度走行していました。
今回シリンダ廻りを分解整備するきっかけとなったのは、
シリンダ廻りとは直接の関連性が少ないクランクシャフト廻りの損傷が原因で走行不能になったことです。
クランクシャフト廻りの整備事例はこちらをご覧下さい。
ここではピストン廻りの不具合を検証します。
リヤシリンダは2回焼き付いたものの、圧縮は950kPaと規定値からほとんど低下していませんでした。
図1は1番リヤシリンダの前後左右の4方向から撮影したピストンの様子です。
図1 、焼き付き、異常燃焼を起こしたと考えれらるピストン |
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吸気と排気方向の側面に縦傷が複数発生していることが確認できます。
また頭部はスキッシュエリアに沿う形でピストンが融解した跡がありました。溶けた合金はヘッドに付着していました。
このことから、焼き付いた原因は、単なるオイル切れのみならず、
同時に何らかの原因で異常燃焼(デトネイション)が起きていた可能性があります。
しかし、いわゆる棚落ちまでには至らなかった点が圧縮低下をもたらさなかった可能性が高いと考えられます。
図2は異常燃焼を起こしたと考えられるリヤシリンダのヘッドの様子です。
図2、融解したピストンの張り付いたリヤ側シリンダヘッド |
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融解したピストンのアルミ合金がスキッシュエリアに張り付いているのが分かります。
鋭利な刃物でも簡単には取れないくらい強力に溶着していました。 |
【整備内容】
リヤシリンダのピストンは頭が溶けてボロボロになっていましたが、
圧縮に関係する部分の損傷はほとんどなく、再使用しても十分な性能が見込める状態でした。
しかし今回は再使用せずに新品を取り付け、ピストンリングも合わせて新品に交換しました。
図3は新品のピストン及びリングをコンロッドに取り付けた様子です。
図3、コンロッドに組み付けられた新品のピストン及びリング |
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シリンダヘッドは融解したピストンの堆積物を研磨機で取り除き、カーボンを除去しました。
目立つ損傷や亀裂等がなかったので、再使用しました。
図4はエンジンを組み立て車体に搭載した直後に圧縮圧力を測定した状態です。
リヤバンクはシリンダの真円度が0,01mm程度であったことから、950kPaと非常に良好な測定結果を得ることができました。
フロントバンクは950kPaと分解整備前の1,000kPaから約50kPa、すなわち正味5%の圧力低下をもたらしました。
これはシリンダに馴染んだ古いピストンリングを新品に交換した為に発生した、
シリンダとリングのわずかなすき間が原因であると考えられますが、
シリンダの真円の歪みは0,01mm程度なので、慣らし運転をし、
摺動部の金属が馴染んでくれば元の圧力と同等以上に良好な状態になる可能性が高いと判断できます。
これらの結果から、見た目にまったく傷がないフロントシリンダと、
目視で少なからず傷が確認できる、
焼き付いたと推測されるリヤシリンダの圧縮圧力がほとんど変わらないことを示しています。
すなわちフロント側とリヤ側のシリンダノ円筒度や真円度がほぼ同等なので、
わずかな傷は再使用には問題ないことを示しているといえます。 |
【考察】
エンジンが焼き付き付いた場合は、必ずその原因が背景にあります。
ですので、何もせずに再始動すれば、必ず同じ状況に陥る危険性が非常に高いといえます。
この事例では、焼き付いた現場がメガスピードまで近かったので、
焼き付いたエンジンを再始動させて自走で持ち込まれました。
しかし、本来エンジンのことを考えれば、エンジンの消耗を促進するような無理は極力避けなければなりません。
積載してドッグまで運ぶのが無難な選択です。
入庫後は圧縮を測定し、症状や焼き付き時の水温等を考慮し、オイル切れに対応する為に濃度を上げ、
その後は問題なく走行されていました。
今回実際に分解整備すると、ピストンの状態から原因はオイル切れのみならず、
デトネイションが関係していると考えられます。
その原因は過早点火や高圧縮比、熱価の不適合、希薄混合ガス等様々なことがあげられますが、
焼き付き前の1万キロは問題なく走行でき、焼き付き後も問題なく走行していることを考えると、
何らかの原因で突発的に異常燃焼が発生した可能性も否定できません。
この事例ではすでにピストン及びシリンダが絶版になっている為、
中古部品を使用して修復することが必要でした。
しかしピストンは部品番号が違うものの、形状から使用できると判断し、別の型式の新品を流用しました。
これはもとのピストンに対してピストンピンの軸受が改良されていて、
左右の下に空けられた穴からピストンピンが潤滑されるようになっています。
シリンダは縦傷の深さや測定した真円度から再使用可能と判断し、
内面をわずかに研磨し組み付けました。
また、シリンダヘッドに溶着したピストンの破片は、すでにヘッドと一体化していて除去することが困難だったので、
表面の凹凸を取り除き、再使用しました。
このように、部品がないものは可能な限り現物を再使用しなければならない場合が少なくありません。
その場合は結果としてどの程度本来の性能を取り戻せることができるか、
分解整備、測定結果から判断し進める必要があります。
この事例では焼き付きを起こしたと考えられる1番のリヤシリンダの圧縮圧力は950kPaと良好な数値を示していました。
焼き付き後も問題なく調子良く走行していました。
分解整備するきっかけとなったのはクランクシャフトベアリングの損傷による点火時期異常です。
それがなければエンジンを分解する機会もなく、また分解する必要もなく、
何事もなかったかのようにこのまま使用し続けることも可能だったと考えられます。
というのは、焼き付きを2回連続で起こした直後に圧縮を測定しても950kPa程度あったので、
分解整備する必要はないと考えてそのまま距離にして約2,000kmは調子良く使用されていたからです。
つまり、リヤシリンダヘッドやピストン、シリンダが損傷を受けていても、実用としては問題なく、
極端にいえばエンジンを開けるまでは、焼き付き後の内部は推測できるにしても、実際にはその状態が分からなかった、
またその必要がなかったということです。
この車両はもともとエンジンが壊れるまでガンガン走り、壊れたら乗り換えるつもりで使用されていました。
絶版車両を大切に乗るのは良いことです。
しかし部品がないから、あるいはエンジンに負担をかけたくないからといって、
ライダー自身がつまらないと感じるようなダルい運転、あるいはビクビクした運転をしていたのでは、
それは大きなストレスになり、人生の楽しくなるはずの時間を台無しにしてしまうおそれがあります。
やはり走りを楽しむ為に設計されたものであるのであれば、
それを十二分に堪能することがその車両を所有している意義といえるのではないかと考えます。
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