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事例:E-154

燃料コックブリーザホース外径に対する不適切なサイズ選択により緩んだクリップについて


【整備車両】

 RG400EW-2W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 2型  年式:1987年  実走行距離:約1,200km


【不具合の状態】

 燃料コックブリーザホースの取り付けが不適切でした.


【点検結果】

 この車両はお客様のご依頼によりメガスピードにて各部分解整備を承ったものです.

今回の事例では燃料コックブリーザホースとクリップについて記載します.


 燃料コック廻りを点検したところ,コックのブリーザホース取り付けクリップが不適切であることに気づきました.



図1.1 燃料コックブリーザホース部に取り付けられたSIPC用クリップとスタータ用ホース

 図1.1はブリーザホースコック側に取り付けられているクリップの様子です.

RG500/400Γを数え切れないほど整備していると,その反復から各部の部品形状を暗記するまでに至る為,

このクリップとホースを見た瞬間に異常であると気づきました.

それはこのクリップが本来SIPCに使用されるべきものであるからです.

案の定,指でクリップを触診すると,ほとんど締め付けられておらず,容易に空回りしてしまう状況でした.

これではクリップの意味が全くないといえます.


 また使用されているホースは特徴的な青緑のラインが入っていますが,

これは現在新品で注文した場合に入荷されるスタータホース(内径:6.5mm×外径11.5mm)と同じであり,

本来5.4mmの内径のホースを使用すべき部位において6.5mmのホースを差し込めば,

当然.1.1mmのすき間が発生し緩みにつながる為,ホースそのものが取り付け不良になります



図1.2 正規のブリーザクリップ(左)と取り外したSIPC用クリップ

 図1.2は本来使用されるべき新品のブリーザホースクリップ(左)と取り外したSICP用クリップを比較した様子です.

単純に外観だけでもSIPC用の方が内径が大きいことがわかります.

またSIPC用の方が線径が太く,実際に圧縮してみれば,ばねの力も大きいことが容易に分かります.

ブリーザホースは内径5.4mm×外径11.4mmであり,SIPCは内径8mm×外径13mmですから,

SIPC用ホースは1.6mmも外径が大きいことになります.

したがってSIPC用に作られたクリップを誤って取り付けられていたスタータホース(内径6.5mm×外径11.5mm)に使用すれば,

約1.5mm分の径差によるすき間ができ,指でも簡単にクリップが回転してしまう程度しか締め付けることができません.

極端にいえば,赤ちゃんの指に大人の指輪をはめている様なものです.

これではホースをクランプするという役割を無視することになります.



【整備内容】

 クリップはブリーザ用のものを使用して同時に硬化していたホースも新品に交換しました.



図2.1 正常に取り付けられた燃料コックブリーザホース及びクリップ

 図2.1はホースを新品に交換し,適切な締め代の正規の部品番号のクリップを取り付けた様子です.

ホースの内径がパイプ外径に適応しているだけでなく,

ホース自体が新品に交換されたことによる“締り”の良さを取り戻し,

更に新品の適正なクリップにより確実に燃料コックにホースがクランプされました.

このホースは1番と3番及び2番と4番のキャブレータ間を連結する燃料ホースと同じもので,

スタータホースに使用されている青緑のラインはありません.



考察】

 今回の事例では,燃料コックのパイプ外径に対して誤った内径のホースが使用されていて,

更にそのホースの外径に対しても誤った大きさのクリップが使用されていたという二重の整備ミスが発生していました.

その結果,ホースを正しく固定するという概念を完全に無視したパイピングになっていました.


 RG500/400Γ (HM31A/HK31A)の燃料系統には多くのパイピングが存在しますが,

それぞれの径に対して適切なクリップが設定されています.

私は数多くのRG500/400Γの整備を実施してきたことからそれらの部品を瞬時に見分けることができますが,

なるほど確かにそれは部品を暗記しているから分かる,という見方をすることもできます.

しかし本当に大切なのは,例え部品を暗記していなくても,

ホースにクリップを取り付けた段階で,締め付けの弱さや違和感に気づくことができれば,

この事例の様な誤った使用方法はされないということです.

つまり知識として知っているかどうか,ということではなく,

実際に現物を見て状況を判断し,その結果と自己の持つデータとの整合性から違和感に気づくことができるかどうか,

ということが重要なのです.

まさにそれは優れた整備技術者になる為の必須条件であるといえ,

あらゆる分野の最終的な壁には,この様な状況判断分析能力が研ぎ澄まされているか,否か,

といった個人的資質が影響してくるという点に集約されるといえるほど,大切なことなのです.

もちろん分析能力を高める為の様々なデータを蓄積して肉体化する努力が大前提なのは言うまでもないことです.


 このクリップの状況は,お客様が10年前に整備を業者に依頼した時に,

そこで素人整備されてしまったものである可能性は極めて高いといえます.

そもそも正規のクリップを紛失した為にSIPC用クリップを代用してしまったのか,

また取り付け時に緩みに気づいていたものの,面倒だからそのままにしてしまったのか,

あるいは何も考えずに形だけ作って納車してしまったのか,その真相は分かりません.


 果たして新車の時の装備はどうなっていたかを再現することは,発売から四半世紀が経過していることから不可能です.

当時のカタログ等を見ても写真それぞれで違うものが使用されていたりして,

何が“正規”かという問いに正確に答えるのは極めて難しいことです.

そして当時の通りに再現したところで何の意味もありません.

なぜなら,今,目の前で実際に取り付けられているクリップがゆるゆるで全く仕事をしていない状況が発生しているからです.

百歩譲って新車当時はこのクリップが取り付けられていたとしても,

SIPCとブリーザホースの外径が1.6mmも違うこと,そして実際にクリップが正常に仕事をしていないことから判断すれば,

これが誤った状態であると考えなければならないのは明瞭です.





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