トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:151~160)


事例:E-160

無理にねじ込まれたことにより変形した燃料フィルタについて


【整備車両】

 RG400EW-2W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 2型  年式:1987年  実走行距離:約1,200km


【不具合の状態】

 燃料フィルタが変形して内部が潰れていました.


【点検結果】

 この車両はお客様のご依頼によりメガスピードにて各所分解整備したものです.

他の業者が整備した直後にお客様が乗られなくなり,そのまま長期保管により始動不能の状態に陥っていた為,

点検結果から不具合の原因と推測される,

キャブレータのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施しました.

ここではその際に取り外した変形した燃料フィルタについて記載します.


 メガスピードでは機械的な劣化や消耗が原因の不具合だけでなく,

多くの人的不具合に起因する事例を取り扱います.

したがってその場合に一個の整備技術者としては大なり小なり刺激を受けることがありますが,

今回の事例においても非常に衝撃的な内容であると言わざるを得ない状態でした.



図1.1 内部の潰れている燃料フィルタ

 図1.1は取り外した4番シリンダキャブレータに手を加える前に現在の状態を確認する為,

色々な角度から点検した際に気付いた燃料パイプ内部の不具合の様子です.

燃料フィルタの枠が上下に位置し,下側の枠が盛り上がって上部と接触し,燃料通路を狭くしていました.

私はRG500/400Γ(HM31A/HK31A)のキャブレータを数多く精密にオーバーホールしている為,

燃料パイプ内部の構造がどの様になっているかを知識として予め認識していることから,

この状態においてフィルタの下枠が燃料パイプに干渉してせり上がっている可能性が高いという判断が可能ですが,

例え予備的な知識がなく原因まで推測できなくても,この状態を見たら異常と判断する能力を備えていなければなりません.



図1.2 変形した燃料フィルタ

 図1.2は4番シリンダキャブレータ内臓の燃料パイプから燃料フィルタを取り外した様子です.

出てきたフィルタの変形した姿には衝撃を受けたと同時に,取り外しにはかなりの接触抵抗がありました.

これは固着ではなく,取り付け時に無理やりフィルタを押し込んだ際の摩擦力が保存されていた為であると考えられます.



図1.3 変形して大きく歪んでいる燃料フィルタ

 図1.3は取り外した燃料フィルタの様子です.

形状は常識の範囲を超えるレベルで大きく歪められていました.

少なくとも取り付けられてから9年が経過していることから,

経年により樹脂が変形したまま硬化してしまったと考えられます.

機能的な面では内部にはゴミや錆が堆積していて,燃料フィルタとしての最低限の役割を果たしていたといえます.

普通に使用した場合にこの様に変形する可能性は極めて低く,

通常の使用ではガソリンの流入抵抗以外に外力はなく,

また流入抵抗も樹脂を変形させる程のものであり得るはずがありません.

この様な変形をもたらす外力で一番可能性が高いのは燃料フィルタを取り付ける際の人間の指の力です.


 取り付け作業者が燃料フィルタがパイプ内部に干渉して潰れて変形しているにもかかわらず,

そのまま無理やり押し込んで取り付けてしまった結果,この様に歪んだ形で長年固定されたことにより,

取り外しても元に戻らない程度に変形してしまったと推測することができます.



【整備内容】

 燃料フィルタの変形は元に戻すことが困難であり,内部に堆積したゴミや錆がフィルタから完全に取り除けないこと,

そしてフィルタが変色して劣化していたことから,新品に交換することにしました.



図2.1 洗浄されたパイプ内部

 図2.1はパイプ内部をクリーンな状態にした様子です.

例え燃料フィルタを新品にしても,その先のパイプ内部に錆が存在していれば,新しいフィルタなど何の意味もないことです.

また黒色楕円で示したaは2番と4番キャブレータを連結する燃料ホースの取り付けパイプであり,

取り外した古い燃料フィルタはこの部分に干渉していたと判断できます.



図2.2 新品の燃料フィルタの正しい取り付け

 図2.2はオーバーホールの完了したキャブレータボデーに新品の燃料フィルタを取り付けている様子です.

燃料パイプに対するフィルタの正しい取り付け位置は,パイプに対してフィルタの枠を水平に取り付けることです.

正しい取り付け方向により,パイプ内部下側の連結パイプに干渉することなくスムーズに奥まで挿入することができます.



図2.3 フィルタの取り付けられた燃料パイプ内部

 図2.3は正確にメインの燃料パイプに取り付けられた燃料フィルタ内部の様子です.

この状態からも分かる様に,下側の連結パイプに干渉しない様に取り付ける為には,

フィルタの平らな形状をそのまま水平にパイプ内に挿入する必要があります.



図2.4 正しく取り付けられた燃料フィルタ

 図2.4は正確に燃料パイプに取り付けられた燃料フィルタの様子です.

新品の白色になったフィルタそのものの美しさもさることながら,

燃料パイプ外観も錆取り及び研磨処理を実施したことにより非常に美しく輝いていることが分かります.

またオイルチェックバルブは内部がストレート加工され,新品のオーバーサイズのニップルを装備されたことにより,

真鍮のゴールドが美しく輝いていることも見逃すことはできません.

そして画像からも分かる様にスロットルバルブカバーを取り外して内部を詳細に点検洗浄を行い,

新品のガスケット及び新品のスクリュワッシャトルクスで正確なトルクにて締め付けを実施しています.

やはりオーバーホールしたというのであれば,こうでなければなりません.

巷では素人のみならず業者までもがキャブレータ内部の掃除をしただけでオーバーホールと称する輩が存在しますが,

掃除は掃除であり,オーバーホールとは似て非なるものです.

未熟な者の不適切な語句の使用が一般消費者を混乱させているという現状が大変憂慮すべきであるといえるのは,

業者による整備の結果としてこの歪んだ衝撃的な燃料フィルタを見れば容易に理解することができるはずです.



考察】

 この様な不具合に遭遇するたびに,

“気がついて行動できるのは1流であり,気がついても行動できないのは2流,気づくことさえないのが3流である”

という言葉を支持しないわけにはいきません.

確かに作業者は人間ですから,不完全な点があるのは当たり前であり,

根掘り葉掘りそれを責めることに何の救いもないでしょう.

しかし,この燃料フィルタは取り付け時に誤って枠を縦にしてパイプ内に挿入したとしても,

下側の内部の連結パイプに干渉する為その接触抵抗を感じ取らなければなりませんし,

第一に下側のパイプに接触した時点で図3.1の様に上側のパイプに収まり切らない為,端が飛び出ている状態になるのです.



図3.1 パイプから飛び出している燃料フィルタ(参考)

 図3.1は参考に燃料フィルタの枠を縦にしてパイプに挿入した時の,

先端が下側の燃料パイプに接触した時点での飛び出し具合の様子を示したものです.

事例のフィルタは根元まで挿入されていたことから,

下部のパイプに接触してもなお力を加え続けて無理やり挿入してしまったものであると考えることができます.


 ここで作業者として不適切なのは,

①下部パイプに接触しても違和感を覚えないこと,あるいはそれに気付かないこと,または気づいていても無視していること

②下部パイプに接触した段階でフィルタがメインの燃料パイプから飛び出していることに違和感を覚えないこと

③飛び出したフィルタを無理やり“力”でパイプの奥にねじ込んでしまったこと

④プロとして上記①~③の作業をしてしまったにもかかわらず,

それに気付かずに,あるいは気づいているにもかかわらず面倒で納車してしまったこと

の4点が挙げられます.

フィルタの取り付けが異常であることは,取り付け後に燃料パイプ内部を一度でも確認すれば容易に分かることであり,

もしそれでも分からなければ,初めから能力的に論外であった,と結論付けられます.

この様な作業を私は“素人整備”と呼び,警笛を鳴らし続けているのです.

素人がやることだけを素人整備というのではなく,

業者がやっても未熟で水準に達していなければそれは素人整備に過ぎず,

この域まで解釈を拡大するのであれば,作業の質として,

もはや人間性に左右されると断言してもやむを得ない領域に踏み込まざるを得ません.


 このところ,トンネルの天井がボルトごと崩れ落ちたりする,

本来適切に設計や保守管理がなされていれば有り得ない様な,

いわゆる“人災”と呼ばれる大きな社会的影響を及ぼす事故が多発しています.

そしてメガスピードにて整備を実施した際に不具合の検証を行った結果として,

いい加減な業者や適当な素人による未熟な整備不良としての“人災”がかなりの割合で存在していることは,

数量としてすでに無視することができないレベルになっています.

その状態で公道に繰り出せば,どの様な結果が待ち受けているかは火を見るより明らかであり,

それを看過できないのは,自損だけでなく,周囲の交通を巻き込む可能性が否定できないことに集約されます.


 部品の劣化や使用による消耗は機械の集合体であるバイクにはつきものです.

しかし不具合が人災である場合,それは避けることができるのです.

ハインリヒの法則を持ち出すまでもなく,人災の直接の原因を取り除くにはどうしたら良いか.

個々人が真剣に向き合う時がきたのではないかと,誤った情報過多の時代において改めて実感せざるを得ません.





Copyright © MEGA-speed. All rights reserved.