事例:E-183
逆付けされたワイヤ固定リングによるスロットル操作の違和感について |
【整備車両】
RG250EW (GJ21A) RG250Γ(ガンマ) 1型 推定年式:1983年 参考走行距離:約9,200km |
【不具合の状態】
スロットルの操作具合に違和感がありました. |
【点検結果】
この車両はエンジンの吹け上がりに引っ掛かりがある ※1 ということで,
メガスピードにて修理を承ったものです.
今回はエンジンの吹け上がりに間接的な影響のあるスロット操作の違和感について記載します.
図1.1は点検の為キャブレータを取り外す前に撮影した様子です.
この段階で複数の不具合が見られました.
具体的には ①赤丸部のねじが完全になめていること ②白楕円部のジョイント部が外れかかっていること
③黄丸部のクリップが不適切であること及び燃料ホースが不適切であること
が挙げられます.
図1.2はトップキャップを開けてスロットルバルブを取り外した様子です.
内部を見ると,ワイヤをバルブに固定するリングの取り付けにずれがあることが分かりました.
図1.3はリターンスプリングを巻き上げ内部を確認した様子です.
外れ止めのリングが非常識な取り付け方になっていました.
すなわち端的に言えば,上下逆さまに取り付けられている上斜めに反り返っていたということです.
これは靴下を手袋だと思って両手にはめて,何事もないような笑顔で街に繰り出すようなものです.
普通であれば,靴下と手袋の違いは形状からも容易に判断できることですが,
100歩譲って靴下を手にはめてしまったとしても,何かおかしいなと違和感を覚えなければなりませんし,
そうであれば,そこで立ち止まって,もう一度手にはめたモノが本当に手袋なのかどうか見直さなければなりません.
それができれば,このリングを上下逆に取り付けるという素人整備のミスは防げたはずです.
図1.4は取り外したリングの様子です.
上の画像が誤って取り付けられていた状態のもの,下の画像がそれをひっくり返した本来の取り付け向きです.
部品の形状と役割を知っていれば間違いようのないことであるのは明白で,
その大きなポイントとしては2つの機能が挙げられます.
ひとつはリターンスプリングとの接触面,すなわちスプリングシートになる部位は概して平滑であること,
そして二つ目は突起物がストッパになること.
例え初見であっても十分にその部品の役割を考えれば間違える可能性を極力少なくすることができますし,
その能力を養うのが優れた整備技術者になる近道のひとつであるといえます.
図1.5 縮んだリターンスプリングと新品のスプリングの比較 |
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図1.5は取り外した古いリターンスプリング(上)と新品のスプリングを比較した様子です.
取り外したスプリングは2mm程自由長が短くなっていました.
これが使用や経年による衰損の結果なのか,あるいはリングが逆さまに取り付けられたことによる弊害なのか,
原因を切り分けることは難しいといえますが,少なくともリングが不適切な取り付けにより,
スプリングシートが数mm程持ち上がっていることを考えれば,その影響は無視できないはずです. |
【整備内容】
取り外したリングは変色していて材質的に脆くなっていたことから新品に交換しました.
また短くなっていたスプリングは新品に交換しました.
図2.1は新品のリングの様子です.
古い車両を整備する際に樹脂部品はその色から経年を判断することが少なくありません.
新品のリングは鮮やかな黄色の樹脂部品が入荷される為,
取り外したものを比較することにより,いつ頃整備されたか,というような過去の整備の様子を推し量ることができます.
図2.2 新品のリングで固定された新品のスロットルワイヤ |
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図2.2は新品に交換したスロットルワイヤとリターンスプリングを新品のリングで固定した様子です.
リングが新しくかつ正確な取り付けになり,更に新品のスプリングが着座し,ワイヤも新品に交換されたことにより,
驚くほどスムーズなスロットル操作感を取り戻すことができました.
図2.3 オーバーホール【overhaul】の完了したキャブレータ |
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図2.3はスロットルバルブ廻りを適切に整備し,なめていたトップキャップのスクリュを新品にして組み立てた,
オーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したキャブレータの様子です.
もちろんスロットルバルブガイドを取り外して細部まで点検洗浄した為,非常に美しい外観になっています.
これにより機能的性能を約束するだけでなく,所有者の満足感も同時に満たすことができました.
やはり1にも2にも整備されたキャブレータは美しくなければならないのです. |
【考察】
この車両はメガスピードで整備を承る前に,他店でキャブレータの取り外しが行われたものですが,
その際にスロットルバルブの取り外しが行われたかどうかは分かりません.
そこでリングが逆付けされたのかもしれませんし,あるいはそれ以前に逆付けされていた可能性も否定できません.
そして誰が逆付けしたかを考えてもほとんど何の価値もないことです.
大切なのは,逆付けというような素人整備をしない様にするにはどうしたら良いか,それを考えていくことです.
人は必ずミスをします.
手っ取り早く完全になるのであれば,人間やめて化け物かサイボーグになるしかありません.
しかし人間をやめることなくミスを最小限に抑えたいのであれば,整備前の下調べはもちろんのこと,
工業製品に対する終わりのない学習をはじめ,様々な努力が必要です.
もちろんパーツリストが破れるまで繰り返し読み込むことも大切ですし,
サービスマニュアルに記載されている一語一句をノートに書き写すくらいの気概が求められます.
そして一番大切なのが確認作業を怠らないことです.
そうすれば,この事例の様な素人整備は防ぐことが可能です.
当然それには整備技術者としての各分野の基礎知識等はもちあわせていなければなりませんが,
少なくともリングを逆に取り付ければ,きちんとはまらない,すなわち入る様にしか入らない部品であることを考えれば,
逆に取り付けることなど“ありえない”とするのが自然です.
しかしありえないと思う様な事が実際に起きる,それが現実です.
だからこそ正しい知識と技術及び経験をもって真っ向から整備に臨む必要があるのです.
※1 吹け上がりの引っ掛かりと空燃比の狂いについて
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