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事例:E-159

フロートチャンバスクリュの締め付けトルク不足と錆による固着について


【整備車両】

 RG400EW-2W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 2型  年式:1987年  実走行距離:約1,200km


【不具合の状態】

 フロートチャンバスクリュの締め付けトルクが不適切でした.


【点検結果】

 この車両はお客様のご依頼によりメガスピードにて各所分解整備したものです.

長期保管により始動不能に陥っていた為,各部点検の結果として不具合の原因と推測される,

キャブレータのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施しました.

今回の事例ではその中のフロートチャンバの取り付け状態について記載します.


 フロートチャンバを取り外す為にスクリュを緩めた際に,

全く手応えがないことから明らかに締め付けトルク不足であると判断し,

他のキャブレータも同様であると推測してまだ手を付けていない4番キャブレータで締め付け状況を検査しました.



図1.1 フロートチャンバ取り付けスクリュの状態

 図1.1は4番シリンダキャブレータのフロートチャンバの様子です.

図の左上から時計回りにそれぞれのスクリュをa,b,c,dとし,

後述する測定結果から得られた締め付けトルク値を記載しました.


 状態としてはaとbに著しい錆が見られ,cに関しては錆と同時にカビの様な腐食が発生していました.

aとbに関しては車両外側に位置していた為,雨風に当たりやすいことが原因である可能性は排除できません.



図1.2 著しく錆びているスクリュ

 図1.2は著しく錆びている締め付けスクリュの様子です.

外観でこの様な状態であることから,ねじ溝部にも錆が発生していると推測され,

それが原因で固着している可能性があると判断しました.



図1.3  スクリュの締め付けトルク検査

 図1.3は検査用トルクドライバで現在のスクリュの締め付けトルクを測定している様子です.

エンジン側の2つのスクリュは共にほとんど手応えがありませんでした.



図1.4  検査された締め付けトルク

 図1.4は測定した締め付けトルクの結果で,補正後約37.5cN-mという締め付け状態でした.

ここで一般的なM4ねじの締め付け標準トルクは150cN-mですから,

27%程度のトルクでしか締め付けられていなかったことになります.

これでは締め付けというよりも仮止め状態に等しく,全く意味のないことです.

お客様が10年前に乗られなくなる直前に業者が整備したということなので,

その業者が締め付け不良を起こしていたと断定することができます.



図1.5  錆により固着していたスクリュ

 図1.5は頭の錆びていたスクリュを取り外した様子です.

図1.4のスクリュの締め付けトルクの低さとは逆に,このスクリュは補正値で200cN-mで締められていました.

これは標準締め付けトルクの1.4倍にあたり,キャブレータの材質がアルミニウム合金ということを考えると,

この締め付けは締め過ぎといえ,もしこのトルクで締め付ければねじ溝を破損させる恐れがある危険域です.

しかしその他のスクリュがすべて約30cN-m程度の正規の3割程度の締め付けしかされていないことから推測すれば,

同一の人間が作業したのであれば,おそらくこの錆びていたスクリュも締め付け不良であった可能性が高いといえ,

なぜ200cN-mという強固に戻し側のトルクがかかったといえば,

スクリュのねじ溝部にも著しく錆が発生していることから判断すれば,錆による固着が原因であると考えられます.

そうだとすれば,締め付け不良のまま固着したことにより,

戻しトルクは大きくても実際にはガスケットを潰し切れていなかったと考えるのが自然です.

またスプリングワッシャも潰れたまま固着しており,緩み止めの役目を全く果たしていない状態でした.


 いずれにしろ1つのフロートチャンバの取り付けスクリュにおいて,締め付けトルクが6倍も違うことは異常であることから,

メガスピードにて正しく是正することになりました.

オーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)という用語を使用するのであれば,

異常があれば最低限この水準の検査が必要であり,状況から内部を推測して再生への手掛かりをつかみ,

その後の進行を迅速かつ正確に進める為の判断材料としていかに多くの情報を得ることができるかが問われます.



【整備内容】

 取り外したスクリュのワッシャがすべて潰れていたこと,そして錆が著しいことから4本とも新品に交換しました.

キャブレータボデー側の雌ねじ溝に異常は見られませんでした.



図2.1 新品のスクリュワッシャ

 図2.1は新品のスクリュワッシャの様子です.

新車ではスクリュワッシャがキャブレータに使用されていますが,

純正部品のパーツリストではスクリュとワッシャが別々の部品番号に分かれている為,

それを使用した場合にはスクリュを取り外した際にワッシャが脱落する可能性があります.

したがってメガスピードでキャブレータのオーバーホールを実施する際はスクリュワッシャを使用することにより,

スクリュからワッシャが脱落しない一体物を新品として使用しています.



図2.2 規定トルクにて締め付けられているスクリュ

 図2.2はトルクドライバを使用して正確にフロートチャンバのスクリュを締め付けている様子です.

間違ってもここで一般的な単なる汎用ドライバで締め付け作業する様な事をしてはなりません.

もしそうであればこのキャブレータを最後に整備した業者と同じ素人レベルになり,

結果としてこの事例の同じことの繰り返しになるといった全く意味のないことに陥るということを,

メガスピードのホームページの熱心な読者であれば,ここまでの記述により容易に理解しているはずです.



図2.3 正確に取り付けられたフロートチャンバ

 図2.3は正しく取り付けられたフロートチャンバの様子です.

4か所ともすべて正しいトルクで管理され,かつ新品のスクリュに交換されたことにより,

緩み止めのスプリングワッシャの性能も長期間発揮されることが期待できます.

また色あせていたオーバーフローパイプも金の光沢が蘇り,

その他の部位と合わせて非常に清涼感ある仕上がりになりました.




図2.4 フロートチャンバに取り付けられた新品のスクリュ

 図2.4はフロートチャンバを規定トルクで締め付けられたスクリュの様子です.

新品のスクリュワッシャを使用することにより締め付け性能はもとより,

その光沢のまばゆさが洗浄されたキャブレータボデー及びフロートチャンバを一層引き立てています.

キャブレータのフロートチャンバ廻りは逆さまにして見た場合に非常に美しい部位の1つといえ,

精密機械だからこそ,尚より一層美しくしておきたいものです.


“見た目より中身である”.確かにそうです.対象が人間だったら至極当然の正論でしょう.

しかし相手が機械であれば話は別です.

中身の性能が正常に発揮される様に整備されていることが大前提であり,

その上でお客様のご要望に応じて外観をどこまで美しくすることができるかが問われるのです.



考察】

 キャブレータのオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)において,

フロートチャンバ締め付けスクリュの不適切なトルクの掛け方により,

キャブレータボデー側の雌ねじの溝が破損しているケースが少なくありません.

そしてその逆にこの事例の様に締め付けトルクが全く足りず,

合わせ面から燃料漏れを発生させているケースも同様です.

ではなぜその様な状況に陥っているのか.

その答えの一つとして,素人整備が挙げられます.

ここでは生業として整備にかかわっているか否かを問わず,未熟な作業をすべて素人整備と定義します.

すなわち極めて未熟な者が“オーバーホールした”と自称して,

実際にはぐちゃぐちゃに組み立てられてしまっているキャブレータが,

潜在的に膨大なある一定量存在するということが問題であり,

その数だけ人的要因の不具合を内在する車体が業者間や一般市場あるいは個人売買を通して流通し,

無意識のうちに不具合のある車両の所有者になっているということが懸念されます.

そして更にその所有者が素人整備を行えば負の連鎖は半永久的に存続します.


 この事例では錆が発生していたことにより2本に固着が発生し,もう2本は締め付けトルク不足でした.

錆でスクリュが固着していたことにより締め付けが200cN-mという異常な数値を示していましたが,

元をたどればその他と同じ35cN-m程度という明らかな締め付け不良に帰結します.

ではなぜ正規の3分の1程度の締め付けしかされていなかったのか.

それは素人レベルの作業者が素手で締め付けた結果であるからです.


 確かにあらゆる分野において極限の壁を超える最後の砦は人間の感覚です.

芸術でも学問でも最後にはその域に達することができるか否かが分かれ目になる要素の1つとして存在し,

それを否定することはしません.

しかしフロートチャンバの締め付けに極限の技は必要ないのです.

多くの人間にとって感覚は主観的であり,あらゆる環境で毎回正確に締め付けを再現することは不可能に等しく,

だからこそ測定工具というものが存在し,

少なくともガソリンという高カロリーの可燃性液体を密封する箇所の締め付けは,

主観に頼ることなく正確無比に行われなければならないのです.


 話を事例に戻すのであれば,ここではお客様が整備後ほとんど乗らずに保管状態になってしまった為,

間違っても振動による緩み等の概念は存在しません.

そして物体は外部から力が働かなければ静止し続ける為,ねじの緩みにつながる要因は皆無です.

それではいつ緩んだのでしょうか.

各部の状態や現在までの状況から判断すれば,

初めから緩んでいた,すなわち作業者の締め付けが全く足りなかったということになります.

この車両のその他の不具合を鑑みれば,

最後に整備した業者がこの事例の様な締め付け不良を発生させたとしてもごく自然に受け止めなければなりません.


 正しく組み立てられているか否か,それは測定器具を使用すれば瞬時に明らかにすることができます.

そしてその逆に測定工具を正しく使用することにより,理想的な締め付けトルク管理を実施することが可能であり,

オーバーホールという質に対して明確にその水準が求められます.

ましてや燃料を密封しているガスケットの締め付け部に対するトルク管理が適切に行われるのは当然のことなのです.





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