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事例:158

錆により固着したスタータプランジャとチョークレバーの動作不良について


【整備車両】

 RG400EW-2W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 2型  年式:1987年  実走行距離:約1,200km


【不具合の状態】

 チョークレバーが全く動かない状態でした.


【点検結果】

 この車両はお客様のご依頼によりメガスピードにて各所分解整備したものです.

長期保管により始動不能状態に陥っていた為,各部点検を実施しましたが,

今回の事例ではチョークレバーの動作不良について取り上げます.


 チョークレバーが固着して完全に動かないことから,

始動操作系統のレバー本体,ワイヤ内部,スタータプランジャ部のいずれかに不具合が発生していると判断しました.

チョークレバーは無理に引くと樹脂材料であるレバー部が破損するおそれがある為,

まずはケーブルを緩める為にも,キャブレータ側から点検を開始しました.



図1.1 錆により完全に固着しているスタータプランジャ

 図1.1は4番シリンダキャブレータのスタータプランジャ廻りの様子です.

リターンスプリングに甚大な錆が発生しており,それが飛散して周囲を汚染していました.

錆によりプランジャ周辺が完全に固着していたことから無理に取り外して内部を傷つけないようにする為,

そしてチョークレバーに過大な負荷をかけて破損させない為に,

新品のチョークケーブルを注文,入荷,検品してからワイヤを切断する手法をとりました.

破損させる部品としてワイヤを選んだのは,

部品そのものを外部に負荷をかけることなく除去できること,

そして当初から交換する頭でいたことによるものです.

もし絶版であればまた別の方法をとっていましたが,

今回の整備を実施する少し前に別の車両の整備にてワイヤを注文して入荷していることから,

絶版である可能性が低くまだ新品で入手できると判断しました.

ここで大切なのは,整備上の都合で部品を破損させる場合は,

例え今回の様に比較的近い過去に新品が入手できたとしても,

部品はいつ絶版になるか分からないことから,必ずその代替が確保できてから行わなけれならないということです.

特に発売から四半世紀を経た絶版車両であれば尚更その重要性を認識しておかなければなりません.



図1.2 ワイヤを切断して真上から確認したスタータプランジャ

 図1.2はワイヤを切断してスプリング等を取り外し内部を確認した様子です.

ワイヤのプランジャ側に残った部分は,プランジャと側面に挟まれて抜けない状態になっています.

キャブレータ単体で内部を良く確認すると,いかに錆がひどい状態であるかが分かります.



図1.3 錆により側面が固着したプランジャ及びシリンダ

 図1.3は取り外したプランジャの様子です.

錆が濡れているのは,取り外しの際に強固に固着していた為,

潤滑スプレー等で養生しながら周囲を傷つけない様に取り外したことによります.


 シリンダはアルミニウム合金であり,プランジャは真鍮であること,

またチョークワイヤに甚大な錆が発生していないことから,

錆の原因は,全体的に錆が発生していたリターンスプリングから出たものであると推測されます.



図1.4 洗浄されたスタータプランジャ及び切断されたケーブル

 図1.4は取り外したプランジャとそれについていた切断したワイヤの残りの様子です.

不具合の状況を確認する為に部品を洗浄してから状態を検証しました.

 まず目視でも容易に確認できるのは,黒色矢印で示したスタータプランジャ側面にある円形のシミです.

黒矢印で示したaのシミは2番シリンダキャブレータへの混合気の連絡通路を遮断する部分,

bのシミはスロットルバルブカバー外部から取り込まれる吸入空気を遮断する部位であり,

それぞれシミになる程度に長期間部品が側面と接触し,固着していたと考えられます.

そしてcはフロートチャンバからの燃料を遮断する部位ですが,

これも経年によりゴムが変形して十分な密封性能を維持できない状態でした.

またプランジャ側面に無数の縦傷が発生していることにより,

いわゆる“吹き抜け”を助長させる懸念材料になっていました.



図1.5 側面の腐食したスタータプランジャシリンダ

 図1.5は側面の腐食しているスタータプランジャシリンダの様子です.

アルミニウム合金は錆ませんが,錆が側面に張り付いていて表面を若干腐食させていました.



【整備内容】

 切断したチョークワイヤを含めたケーブルASSY,プランジャ,リターンスプリング,ホルダ,そのOリングと,

始動操作系統に関する部品をすべて新品に交換し,プランジャハウジングを洗浄することにより性能の回復を図りました.



図2.1 点検洗浄されたスタータプランジャシリンダ

 図2.1は点検洗浄,表面研磨を行ったプランジャシリンダの様子です.

腐食が著しい為,側面を平滑にするまで研磨した場合,内径が必要以上に広がる可能性が否定できなかった為,

錆とゴミの汚染物を除去して表面をさらう程度にしました.

これはプランジャがシリンダと接触して何かを密封する為の機構でないことから,

意味のない工程を避けることによりすき間の広がりを最小限に抑える為に他ならず,

わずかに混合気がプランジャとシリンダのすき間から吹き抜けることを想定して,

ホルダにOリングが設置されていることで対応することができるからです.



図2.2 新品のスタータプランジャ

 図2.2は新品のスタータプランジャの様子です.

プランジャ側面の縦傷やシミがなくなったこと,そして底面のゴムが新品の平滑な状態になったことにより,

フロートチャンバからの始動燃料を確実に遮断することができるようになりました.



図2.3 ケーブルに取り付けられた新品のスタータプランジャ廻り

 図2.3は新品のチョークワイヤケーブルASSYに新品のプランジャ及びリターンスプリング,

新品のホルダとそのOリング及びブーツを取り付けた様子です.

すべて新品で入手することができた為,部品としては最良の状態に復元することが可能になりました.

チョークケーブル廻りの部品はケーブルやホルダの黒,スプリングとワイヤの銀,

そしてプランジャの金と各部それぞれに設計された材質でありながら,

組み立てた際の色彩が非常に美しく,構造的な機能美だけでなく色合いそのものを楽しむことができるといえます.



図2.4 正常に機能しているスタータプランジャ廻り

 図2.4は正確に取り付けられたホルダ【holder】及びスタータプランジャ廻りの様子です.

オーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)されたキャブレータに取り付けられたことにより,

始動系のみならずその他の機能も含めて万全を期すことが可能になりました.

 また図1.1と比較すれば明瞭ですが,スロットルバルブカバーのガスケットが新品になることにより,

キャブレータの分解整備した効果を視覚的に確認することが可能です.

機能だけでなく,全体的に綺麗に蘇った外観の美しさを抜きには何も語ることができません.



考察】

 車両を長期間乗らずに保管した場合,その環境によっては各部の固着や錆を発生させます.

この事例におけるスタータプランジャも錆により強固に固着していました.

固着の原因である錆の発生源はリターンスプリングであると判断することができます.

それは実際にリターンスプリングが錆びていたこと,

そして錆びていないかったワイヤ以外には錆を発生させる材料が使用されていないことによります.

今回の事例では4番キャブレータのみスタータが錆びていました.

3番のスタータは無事であることから,保管状況に置いての差異は,

車両がサイドスタンドの使用により傾斜していたことにより,

雨風を受けやすい車両右側に位置する4番のホルダ内部に水分が混入し,錆を発生させた可能性があります.

10年近くその状態で保管さていれば,異物が入らない様に取り付けられているブーツや,

内部からホルダをシールしているOリングの性能低下を責めるのは酷なことです.

むしろそれ程長期間保管されている場合は,錆びて固着していることを前提として取り組まなければなりません.


 今回の事例の最大課題であったチョークレバーの固着については,

軽くチョークレバーを引くことができるだけでなく,

操作後に指を離せば自動的に完全に元の位置に戻る様にすることができました.

RG500/400Γ (HM31A/HK31A)のチョークレバーは,概して作動時にはその位置で停止したままになっている,

非常に動きの悪い状態に陥っている個体が少なくありません.

しかし正しく整備されたそれは,引いていた指を離した瞬間に,

リターンスプリングの力だけでパチンッと根元までレバーが完全に戻る様になります.

ただ部品を新品にしただけでは十分に満足のいく操作感を得ることはできません.

なぜならチョークケーブルはリターンスプリング2つだけでレバーの引き戻しを行う為,

無理な取り回しにより,わずかでもケーブルの内部抵抗が増大すれば,非常にフィーリングが悪化するからです.

したがって,特にチョークケーブルは正しい取り回しによる取り付けが非常に重要であり,

それと同時に最適な給油方法,油脂類の選択が非常に大切になり,

それが整備技術水準の分かれ目になると言っても過言ではないほどフィーリングの異なる結果に至ります.





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