トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例31~40)



ダイヤフラムの噛み込みによるピストンバルブの動作不良がもたらす最高速度の低下について


【整備車両】

AN150S (CG41A) Vecstar (ヴェクスター) 150  推定年式:1995年  参考走行距離:約8,500km


【不具合の症状】

最高速度が65km/h程度しか出ない状態でした。


【点検結果】

エンジン実働ということで個人売買で購入されたものの、

最高速度が出ないので点検してほしいというご依頼を承りメガスピードに入庫されました。

症状再現、確認の為試運転を行うと、加速力も弱く、最高速度は65km/h程度で頭打ちになっていました。

この車両の排気量区分は軽二輪であり高速道路の走行が可能なので、必要最低限の速度が出る設計になっています。

そのことから考えると最高速度が65km/h程度というのは明らかに異常が発生しているといえます。

駆動系はすでに整備してあることから原因の可能性から排除し、

点火もしていることから、力不足は圧縮不足あるいは不適切な混合気が原因であると判断しました。


図1はシリンダの圧縮を測定した様子です。


図1、エンジン圧縮圧力の測定

約1400kPaとエンジン内部の圧縮圧力は規定値と等しく、非常に良好であることを確認しました。

これによりエンジン内部のパワーユニットは問題ないと判断し、混合気の点検に移りました。




図2、ダイヤフラムのねじれているキャブレータ

図2はキャブレータを分解しダイヤフラムの状態を点検した様子です。

カバーを開けてみると、ダイヤフラムのいわゆる耳の部分が挟まっていて、

そのままの形状で固定されていた為に変形していました。

ゴムの質がかなり硬化していたので、長期間このままの状態で保持されていたと推測できます。




図3、カバーの取り付け不良によりねじれているダイヤフラムの耳

図3は図2のカバーに挟み込まれた部分を拡大した様子です。

大気がキャブレータボデーと変形したダイヤフラムのすき間を通って

ピストンバルブ下部の負圧発生部に流れ込みむことにより、

本来ベンチュリ部の負圧とダイヤフラム内側の大気圧との差圧で持ち上がるはずのピストンバルブが動かず、

結果的にスロットルバルブは全開になっても、ピストンバルブは閉じたまま、

あるいはそれに近い状態になっていたと考えられます。

このことにより、吸入空気量がスロットルバルブの開度に対して極端に少ないだけでなく、

大気がダイヤフラム、ピストンバルブを通りベンチュリ部に流れ込むことにより空燃比も狂っていたと推測できます。

またベンチュリ部の流速が十分でないことから負圧の発生が低下し、燃料も不足していたと考えられます。

これらのことから低速では走行できても、不適切な混合気によりパワーが出ず、

結果的に吸入空気の流速及びそれによる発生出力とつり合った状態の65km/h程度が最高速度になっていたといえます。

メーンジェットに詰まりがなかったことや、その他の部分でも不具合が見つからなかったことから、

出力不足の原因はダイヤフラムの不具合のみであると判断しました。


【整備内容】

ダイヤフラムASSY(アセンブリ)はピストンとダイヤフラム、そしてその両者を締結する部品で構成されています。

取り外した古いダイヤフラムASSYは、ダイヤフラムは修正不可能なほど硬化、変形しているものの、

ピストンバルブは問題ないと判断できる状態でした。

しかし多くの場合、正規の部品設定ではダイヤフラムはASSY(アセンブリ)扱いになっているので

ピストンバルブの樹脂部等経年の摩耗や劣化を考慮し、今回は通常通りダイヤフラムASSYで交換しました。




図4、新品のダイヤフラムASSY

図4は新品のダイヤフラムASSYの様子です。

取り付ける前に点検したところ、ゴムに豊かな柔軟性があり、

ピストンの動きに合わせてスムーズに形を変えて追従することが確認できました。




図5、新品のダイヤフラムASSYを取り付けてキャブレータ

図5は新品のダイヤフラムASSYを点検整備したキャブレータに取り付けた様子です。

ボデーの溝に入りこむ部分に細心の注意を払いながらスプリング及びカバーを取り付けました。




図6、大気取り入れ口とピストンバルブ

図6はキャブレータを吸入口方向から見た様子です。

Aの大気圧取り出し口に圧力をかけてBのピストンバルブが持ち上がるのを確認するとともに、

ダイヤフラムから空気漏れが発生していないことを確認して車体に組み付けました。




図7、修理前の最高速度(A)と改善した最高速度(B)のメーター指針での比較

図7は修理前と修理後の最高速度を示し比較したスピードメータの様子です。

試運転では発進、出だしから力強い加速を感じ、最高速度はメーター読みで約98km/hをマークし、良好と判断しました。


黄色い線で示したのはスピードメータの針の代替で、修理前のAが約65km/h、修理後のBが約98km/hとなっています。

不具合が発生していた時の最高速度は修理後の約98km/hの約66%の約65km/hまで落ち込んでいました。

この約65km/hという数字も加速が悪い為長距離を走行して何とか出たものであり、

スムーズに加速して出た約98km/hとは質が違います。

このことから適切な空燃比及び適量な混合気がいかに大切であるかがうかがえます。


【考察】

最高速度が期待値より大幅に低いという症状には色々な原因が考えられ、その根幹から点検していく必要があります。

スクーターの場合は、エンジン、燃料系、点火系、駆動系と大きく分けることができます。

この事例の場合は、エンジンの圧縮圧力が1,400kPaとほぼ規定値通り出ているので、

エンジンパワーそのものは良好であると判断できます。

スパークプラグは目視で火花が飛んでいるので、ひとまず良好と仮定することができます。

駆動系はすでに点検を行い、ウエイトローラーやムーバブルドライブフェース、フィクストドライブフェース、

ドライブベルトを新品に交換し、クラッチシューの残りやミッションその他すべて問題ない状態に整備されていたので、

最高速を下げている原因から排除できます。

燃料系統については、本来の性能ではないにしろ、最高速度が65km/h出ている状態なので、

メーンジェットは部分的に通路が狭くなっている可能性はあるものの、

ある程度は機能していると考えられます。

エンジンを動かす上で大事な3要素すなわち“良い圧縮”、“良い火花”、“良い混合気”のうち、

圧縮は良い、火花は良い、となれば残りは混合気になります。

65km/hまでしかエンジン回転が上がらない原因は、“混合気”であると絞ることができます。

混合気はガソリンと空気で構成されますが、上記の点検結果により、

中低速の燃料と空気はひとまず供給されていると仮定するならば、

残りはフルスロットル時にガソリンと空気が必要量シリンダに供給されていないことになります。

フルスロットル時はガソリンはメーンジェットから供給されるので、

まず第一にメーンジェット経路が完全に貫通しているかどうかがポイントになります。

次にフルスロットル時に空気が性能のまで供給されているかどうかが問題になります。

混合気の流れはエアクリーナから空気が入り、キャブレータで燃料が供給され、インレットマニホールドで混合気になり、

燃焼室で燃やされてマフラーで排気されます。

入口のエアクリーナはほとんど新品に近いきれいな状態だったので、入口は問題ないと判断できます。

出口のマフラーの詰まりも確認できなかったので、出口も問題ないと判断します。

以上からキャブレータに原因がある可能性が非常に高いと判断できます。

キャブレータ内部をフルスロットル時に通過するの空気の流量を制御するものとしては、

スロットルバルブと、負圧式ピストンバルブの2つがあります。

しかしスロットルバルブはスロットルワイヤで完全にコントロールでき、急激な全閉操作で動作を音で確認できるので、

不具合の可能性は低いと判断できます。

したがって、残りの負圧式ピストンバルブの不具合が重要なポイントとして考えられます。

これらの故障診断により、不具合の原因はメーンジェットあるいは負圧式ピストンバルブであると考え、

この2点を中心に分解整備を行いました。

その結果キャブレータボデーの通路やメーンジェットに詰まりがないことから、

ダイヤフラムのカバーを外したところ、耳の部分がカバーに挟まれて変形していました。

このことから不具合の原因は、ダイヤフラムの噛み込みによる変形でピストンバルブが持ち上がらずに、

十分な空気の流速流量が確保できないことから、ベンチュリ部の流速による負圧の発生も低下し、

燃料の吸い上げ効率が悪化したと判断できます。

すなわち空気も燃料も不足していた為にパワーがでなかったと結論付けられます。



ダイヤフラムのカバーとの合わせ面は静止している上、カバーがされた状態では外部からの力は受けないので、

過去にキャブレータを取り外した者が誤った作業により、

ダイヤフラムをカバーに挟み込むという取り付け不良を発生させたと断定できます。

この様な事態に陥らない為にも、キャブレータを含めすべての箇所において確かな知識、

技術のある整備技術者が分解整備を行うべきであるといえます。



修理は現在の状況から過去を読み解く推測能力や判断力、診断、その為の学術的理論や知識、

総合的に得られた解法を実践する整備技術といった様々な能力が求められます。

そしてそれらは一朝一夕では成せず、常に精進しなければなりません。

メガスピードではお客様のご要望に可能な限りお応えできるよう日々真剣に研鑚を積んでまいります。





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