始動経路がふさがらないことによるプラグのかぶりがもたらすエンジン不調について |
【整備車両】
RG400EW-W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) Ⅰ型 年式:1985年 参考走行距離:12,400km |
【不具合の症状】
頻繁にプラグがかぶり、加速や吹け上がりが極度に悪い状態でした。 |
【点検結果】
この車両はお客様が他店で購入されたものの、エンジンの吹け上がりが悪い、排気ガスの白煙が極度に多い、
120km/hで6速ギヤに入れるとパワーがなく加速しない、頻繁にプラグがかぶる、
というような症状でメガスピードにお客様が自走で持ち込まれました。
ノーロードレスポンスいわゆる無負荷での回転の上がり具合を確認したところ、
かなりもたついてから吹け上がる状態になっていました。
これは混合気が極端に濃い場合やエンジン出力が足りない場合、
2次圧縮や1次圧縮が極端に低い場合や排気タイミングを極端に高回転型にした場合、
そして2気筒以上のエンジンでどこかのプラグがかぶっている状態にありがちな症状といえます。
当該車両がノーマルということなので排気タイミングの変更は除外できるので、
エンジンの圧縮圧力不足及び混合気の過濃、プラグのかぶり等が原因として考えられます。
特に2スロトークエンジンは低速トルクが細く、2気筒の場合は片側のプラグがかぶると極端に出力が落ち込み、
加速の悪化はもとより、発進すら困難になります。
しかしRG400EW-W(HK31A)は4気筒なので、例え1気筒かぶっていても残りの3シリンダで走行が可能です。
また2気筒かぶっても、極端に出力が落ちるものの、やはり残りの2シリンダで走行が可能です。
無負荷でアイドリングからの回転の上がりが極端にもたついているので、
少なくとも1気筒、多くて2気筒のプラグのかぶりが推測できます。
今回はお客様が高速で自走してきたことや、何とか走行できるということから、
それほど出力低下が起きていないと推測できますが、
一番の大元であるエンジン内部の状態を数値で把握しておく必要がある為、圧縮圧力の測定から行いました。
図1はエンジンの圧縮圧力を測定している様子です。
1番から4番シリンダまでほぼ900kPa程度の圧縮圧力があり、
エンジンのシリンダ及びピストン廻りの密閉度すなわち2次圧縮は良好と判断しました。
また実際に速度が100km/h出ていたことを考えると1次圧縮の極端な低下はないと判断して次に進みました。
図2は圧縮測定の時に取り外したスパークプラグの様子です。
1番と2番がNGKのBR9ES、3番と4番は同B8ESが取り付けられていました。
初めは4気筒ともBR9ESを取り付けていたということですが、お客様の方で3番と4番の熱価を下げたということでした。
状態は、1番と3番が全体的にガソリンで湿っていました。
特に1番はびしょびしょでカーボンがほとんど堆積していませんでした。
2番と4番はカーボンが堆積しているものの、接地電極は乾いていました。
また2番は中心電極が湿っていましたが、4番は乾燥していて、焼けている様子でした。
これらのことから、1番は燃焼していない、3番も燃焼不良、2番は燃焼しているものの、かぶり気味、4番のみ若干濃いが、
燃焼して出力を正常に近い状態で出していると判断できます。
この状態では、いくらシリンダ内部の状態が良くても燃焼が十分に行われず、
吹け上がりの悪いエンジンになってしまいます。
また、火花は4気筒すべて確認できたので、イグニション関係は問題ないと判断しました。
図3、違う型のホルダが取り付けられた3番シリンダキャブレータ |
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図3は3番シリンダのキャブレータの様子です。
外観を見た段階でまずチョークワイヤホルダの形状が正規の型式のものではないと気づき、取り外して確認しました。
図4は取り外したホルダ廻りの様子です。
一見違和感なくボデーに収まっているように見えますが、
ホルダ下部からプランジャ下部までの距離が通常より短いことが分かります。
つまりこの段階で、プランジャの移動距離がずれている為に、
スタータの経路が完全にふさがれていない可能性があると判断しました。
図5は取り外したプランジャをもう一度ボデーに組み付け、
ワイヤを引かない状態でプランジャが確実に始動経路を閉じているか確認した様子です。
1番シリンダとの始動系の連結部から、プランジャが閉まり切っていないことが確認できます。
図のAのすき間の分が閉じ切らず、常に3番シリンダ及び1番シリンダに増量したガソリンが流れ込んでいたと推測できます。
つまりチョークワイヤを完全に戻しても、Aのすき間分の燃料が出続け、それによりプラグがかぶっていたと考えられます。
図6は混合気及びオイルが吹き返した1番シリンダキャブレータです。
図6、混合気の吹き返し量が極めて多い1番シリンダキャブレータ |
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これは始動系統が開いたまま走行した為に、
増量されたガソリンが消費されずに吹き返したものであると考えられます。
図7、極度に油面が低くされていた2番シリンダキャブレータ |
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図7は2番シリンダのキャブレータのフロートチャンバ内部の様子です。
フロートの傾斜から明らかに調整の範囲外ということが分かります。
実際に測定すると、極端に油面が低く、約21mmになっていました。
基準が17mmとされていることから、約4mmも低くなっていることになります。
4番シリンダのキャブレータも同様に極端な状態になっていました。
1番と3番シリンダのキャブレータの油面は正常な値だったので、
2番と4番は意図的に極端に油面を下げたものと考えられます。
目的がガソリンのオーバーフローの解消であれ、プラグのかぶりの解消であれ、
このような極度な調整は行ってはならず、他に不具合の原因を探すべきであるといえます。
結果的に油面が極度に低くなっていたことにより、高回転でのガソリンの供給不足があった可能性が少なくなく、
それによりお客様がパワー不足を認識されていたものと推測できます。
もちろん1番と3番のプラグはスタータの開きっ放しによる燃料過多がかぶりを発生させて、
正常な燃焼が起こらずに本来の出力がでないといったことも同時に発生していたと考えれられます。
またフロートの表面に劣化したガソリン等の堆積物が付着していることから、
長期間キャブレータが使用されていなかった可能性があります。
図8、キャブレータ内蔵のオイルチェックバルブ機能の点検 |
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図8は3番シリンダキャブレータ内蔵のオイルチェックバルブの開弁、保持圧力を測定している様子です。
1番から3番は約10kPa程度あり機能が確認できたものの、4番は0kPaで完全に抜けている状態でした。
これにより、4番キャブレータはエンジンをかけない状態では、
最大で24時間に4mlの2サイクルエンジンオイルがキャブレータに流入して、
始動時にオイル過多のガソリンを吸入し、プラグをかぶらせる原因になっていたと考えられます。
また、これはお客様が言われていた始動直後に白煙の量が異常に多い、という訴えの原因でもあると判断できます。
オイルの自然落下量やオイルチェックバルブの不具合の修理事例はこちらをご覧下さい。 |
【整備内容】
プラグをかぶらせている一番の原因ともいえるプランジャの整備から行いました。
図9は取り外した別の型式のプランジャ及びホルダ(上)とHK31Aの純正新品のそれとを比較した様子です。
古い方はねじ山が3、新品は4という違いはあるものの、
ともに雄ねじの外径が12mm、ピッチが1,0の為に違和感なく取り付けられていたと考えられます。
図9、取り外した別の型式のホルダ(上)とHK31Aの純正新品ホルダ |
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ホルダの最下部からプランジャの最下部までの長さは、
取り外したものが約26,0mm、正規のものが約31,5mmとなっています。
つまり、取り外したプランジャが約5,5mm本来の長さより短かった為、
チョークワイヤレバーを完全に戻してもキャブレータの始動経路をふさぐことができず、
常に半分程度開いた経路から燃料が増量されて1番及び3番シリンダに流れ込んでいたことになります。
古いホルダはチョークワイヤのケーブル被覆の座面が上から約8,40mmで、正規は約6,75mmです。
この部分だけ見ると古いホルダの方が最下部からプランジャ最下部までの距離が長くなりますが、
古いホルダはスプリングの座りが最下部から14,96mmと正規の約9,08mmに比べて約5,88mm深くなっています。
これが最終的にホルダ下部からプランジャ下部までの距離の差として現れています。
それは古いホルダの全長が約25,64mmで正規の18,78mmよりも約6,89mm程長い為です。
リターンスプリングは古いもの、正規のもの、ともに直径が約6,30mm、線径が約0,68mm、左巻、総巻き数11で、
自由長のみ古い方が約21,88mm、正規が約22,50mmと0,62mm程度短くなっています。
これは使用による消耗や衰損というよりも、
むしろ本来の長さよりも長いホルダに無理に圧縮されて取り付けられていた為に、
余計な負荷がスプリングにかかっていたことが原因であるといえます。
またワイヤは伸び切った状態で、ともにケーブル被覆最下部からかしめ部の最下部までの長さが約26,5mmであることから、
ホルダ最下部からプランジャ最下部までの長さの差は、ホルダ本体にあると結論付けることができます。
図10、プランジャが正常に始動経路を塞いだキャブレータ |
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