キャブレータ内部への錆の混入によるエンジンの異常燃焼について |
【整備車両】
GSX750E-4 (GR72A) 年式:1984年 参考走行距離:7,500km |
【不具合の状態】
スロットルを一定にすると約2,000rpm付近でエンジンの燃焼にバラつきがでて、
トルク変動が激しく、一定速度に保つのが困難な状態でした。 |
【点検結果】
まずエンジンそのものの力の有無を測定する為、シリンダの圧縮圧力を測りました。
4気筒とも1,100kPa程度と良好であることを確認しました。
次に、エンジンの燃焼にバラつきがある原因として電装と燃料系統を点検しました。
その結果、点火系統には特に問題が見つからなかった為、
燃料系統を調べる必要があると判断し、キャブレータを分解しました。
図1は分解したキャブレータのフロートチャンバ底部の様子です。
図1の穴はフロートチャンバ底中心部にあるドレンプラグの穴です。
その付近に堆積しているものは錆です。
キャブレータ内部にこれだけの錆がどこからか侵入していました。
図2はスロージェットのプラグを取り外した様子です。
図2、スロージェットプラグ付近に堆積している錆の粉末 |
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GR72Aのキャブレータのスロー系統の燃料経路は、メーンジェットから吸い込んだ燃料を、
スロージェットに通じている穴を通り、スロージェットに吸い込まれます。
プラグにこれだけ錆が堆積しているということは、錆が細かく、メーンジェットを通りぬけていることを示しています。
図2からも錆が粉状であることが確認できます。
図3は取り外したスロージェットの様子です。
ジェットの入り口付近には錆の粉末が付着しているものの内部にほとんど錆がなく通路は貫通していました。
このことから、錆の粉末はスロージェットに詰まることなく燃料とともにエンジンに吸い込まれて、
燃焼室で爆発し、排気されていたものと考えられます。
図4は取り外したフロートバルブシート及びストレーナの様子です。
ストレーナは金属の目の粗いアミ状なので、このすき間から錆の粉末がフロートチャンバに入り込んだと判断できます。
錆は通り抜けていたものの、ストレーナには何かの繊維とみられるものや、ゴミが引っ掛かっていました。
図5はストレーナに引っ掛かっていたゴミの様子です。
図5、ストレーナに堆積していた繊維の様なものとそれに絡み付いた固形物 |
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繊維の様なものに何かの物質が固まり絡み付いています。
燃料系統でこれだけ大きなものが侵入できるのはガソリンタンクのふたしかないので、
給油中に服から飛散した繊維や空気中のゴミがタンクの中に入ったと考えられます。
図6はフロートバルブシートハウジングの様子です。
ハウジングの奥にある錆は、大きさからストレーナを通り抜けられずに溜まっていたものと考えられます。
このことから、錆は粉末状の微細なものからある程度の大きさのある固形物まで様々なものが存在しているといえます。 |
【整備内容】
まずキャブレータを分解し、可能な限り細部の点検清掃、錆取りを行いました。
図7は清掃、錆取りを行ったスロージェット取り付け部の様子です。
図8は清掃の完了したスロージェット取り付け部に新品のスロージェットを取り付けた様子です。
ゴムのプラグも劣化していたので新品に交換しました。
これは取り外したプラグに付着していた錆の粉末がゴムに入り込み、除去しきれない為、
完全にクリーンな状態に近づける目的もあります。
図9は新品のフロートバルブシート及びストレーナの様子です。
ストレーナの形状は、取り外したものは目の粗い金網でしたが、
当時と同じ部品番号で注文し、新品で取り寄せたものは、柔軟性のある樹脂製の目の細かなネットでした。
部品設計が改良され、ろ過能力が向上していることが分かります。
ストレーナというよりはフィルターに近い性能が期待できます。
図10、点検清掃の完了したフロートバルブシートハウジング |
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図10は通路に付着していた錆等を除去し、清掃の完了したフロートバルブシートハウジングとその通路の様子です。
ここまでの工程で、キャブレータ内部の燃料経路の錆はほぼ完全に除去することができました。
図11は分解整備の完了したキャブレータを組み立て、車両に組み付け調整を行っている様子です。
クリーンな燃料を使用する為、専用のガソリンタンクからフィルターを通してキャブレータに燃料を供給しました。
調整の結果、エンジン低回転時に発生していた燃焼不良によるトルクのバラつきが解消されたことから、
エンジントルクのバラつきの原因はキャブレータ内部、エンジン燃焼室に侵入した錆であると断定しました。
図12は燃料タンクのフタから確認できるタンク内部の錆の様子です。
キャブレータ内部にこの錆が侵入していたと考えられます。
固形物や酷い錆の塊等は見られず、錆の粉の様なものが全体に分散している状態でした。
図13は実際に燃料タンクから錆がどのくらいの割合で出てきているかを調査する為、
ビーカーにガソリンを入れている様子です。
試験材料として1回につき300mlのガソリンを取り出し、
合計5回1,500mlのガソリンをサンプルに錆の混入状態を調査しました。
その結果、図14の様に、肉眼で確認できるだけでも、
300mlの中に大体平均20個程度の微細な錆が存在していることを確認しました。
300mlという限定された条件において、ある程度錆が混入しているのが確認できたので、
次は走行距離や流量に対してどのくらいの錆が出てくるのかを調査しました。
図15はキャブレータ分解整備、調整後に15km程試運転した時の燃料フィルターの様子です。
細かな錆がフィルターに堆積しているのが確認できます。
錆そのものが微細なので、ろ過能力の高いフィルターを選択しました。
フィルターを装着したことにより、エンジンの燃焼状態も良好な状態を維持したので、
今回はこの状態で納車しました。 |
【考察】
エンジンの燃焼に関して不具合を引き起こす原因は多々あります。
この事例では、燃焼室への“錆”の混入が原因でした。
錆はタンク内から発生していましたが、この事例では燃料タンクが塗装されたばかりで、
塗料が完全に硬化、安定するまでは薬品は使用しない方が良いという判断で、
燃料タンクの錆取りは行いませんでした。
しかし、錆の根源である燃料タンクの錆取りを行わない限りは抜本的に整備したとはいえません。
燃料タンク内に堆積していた錆がすべて流出してしまえばそれ以上錆に起因する不具合は起こりませんが、
燃料タンクは脇の部分が溝になっていたりして、
錆が堆積している場合は、何らかの拍子で散発的に錆が出てくる場合があります。
やはり、錆取りをしても問題ない程度タンクに肉厚のある場合は、可能な限り錆取りを行うことが求められます。
錆取りをすると穴があく恐れのあるタンクでは、燃料フィルターで対応する必要があります。
その場合は定期的に錆の堆積具合を確認し、フィルターを点検整備する必要があります。 |
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