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事例:E-155

締め付け時になめたエアパイプクランプねじの頭と脱落した固定ナットについて


【整備車両】

 RG400EW-2W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 2型  年式:1987年  実走行距離:約1,200km


【不具合の状態】

 エアパイプのジョイント側のクランプのねじの頭がなめていました.


【点検結果】

 この車両はお客様のご依頼により10年程度不動であったものをメガスピードにて各部分解整備を承ったものです.

今回の事例ではエアパイプのジョイント側のクランプについて記載します.



図1.1 頭がなめているエアパイプのクランプねじ

 図1.1は2番と4番キャブレータのエアパイプをクランプするジョイント側のねじの様子です.

頭がなめていることから,次の締め付け時に再使用した場合,

適切なトルクがかかる前に再びなめる可能性が高いと判断しました.

またクランプバンド部が劣化して見苦しくなっていました.



図1.2 締め付け方向になめているクランプねじの頭

 図1.2はクランプから取り外したねじの頭の様子です.

ねじの表面を見るとえぐれた部位a,b,c,dがあり,その状態から回転方向を判断することができます.

すなわちこの場合,締め付け方向のみa及びbの2か所に大きなエグレが見られ,

a→b→c→dの順番でエグレが小さくなっていることが分かります.

これはaにドライバの軸が傾いた状態でなめたことを示しています.

また左回転方向にはほとんど損傷がないことから,

締め付け時に大きくなめを生じたと分析することができます.

x及びyは,なめた時に毟ってしまった部分が酸化して錆びたものであると考えられます.

一般的に金属は錆びない様に塗装あるいは表面処理がされていますが,

一旦なめてしまうと内部が剥き出しになり,急激に酸化していきます.

したがって,この事例のねじの頭の錆びている部分が破損してえぐり取られた部位であり,

また錆が発生する程度の期間が実際に経っているということを表しています.

これらの情報から総合的に判断すれば,

この“なめ”は10年前に業者がやってしまったものであると推測することができます.


 そして最も重要なのは,締め付け方向でなめているということは,取り付けの最終段階でなめたということです.

ここから言えるのは,クランプの締め付けは十分なものの,目の前になめた頭が残ってしまったということです.

なめたことに気づかないとすればそれは資質の点から論外ですが,

仕上げ時になめてしまった場合にどうするか,そこに整備技術者としての真価が問われます.

少なくともプロフェッショナルとして仕事をするのであれば,当然やり直さなければなりません.

部品が破損していることから,再度新品を注文する必要があり,例え部品の入荷に数日かかっても,

そこまで待ってやり直さなければならないのです.

その手間をかけずにそのまま納車してしまう様では,所詮その程度です.



図1.3 なめているクランプねじ破損部

 図1.3は図1.2のねじの頭を水平方向から見た図です.

黒矢印で示している部分はなめたことによりえぐられた金属が盛り上がった様子です.

上部からだと分かりにくい破損も角度を変えて観察することにより状況が露わになります.

またねじ溝に著しい錆が発生していることにより摩擦抵抗がねじの回転を妨げる為,

ただでさえ,なめ易いねじを更になめ易くすることから到底看過できない不具合であるといえます.


 この部品は現在でも新品の供給があります.

したがって,例えミスしても部品代を投資すれば再度やり直すチャンスが与えられます.

しかし,もし整備ミスで破損させてしまった部品が絶版だったらどうでしょうか.

そしてそれが高価な部品であり,更に機械的構造が複雑で容易に作ることのできない,

あるいは代替品がない様なものであればどうでしょうか.

古い物を扱うのであれば,整備技術者はそこまで考慮して仕事をしなければなりませんし,

それゆえ古い物は慎重に確実に作業を行う技術,実行する時間とそれに対する費用を要するのです.



図1.4 クランプから脱落したナット

 図1.4は本来クランプのバンド部に固定されているナットが脱落した様子です.

ねじを取り外す際に容易に回り,ねじと一緒にクランプ本体から脱落しました.

本来ナットを手で固定せずにねじを締め付けられる様にクランプに固定されているものですが,

経年劣化により外れてしまったと考えれられます.

詳細に見れば,取り付け部の接触部4か所がすべて錆びていることが分かります.

これにより接着力が低下し,脱落したものと判断することができます.



【整備内容】

 ねじはクランプとASSYの部品設定であり,ナットも脱落していることから,クランプASSYを新品に交換しました.



図2.1 新品のクランプナット側

 図2.1は新品のクランプのナット側の様子です.

この様に新品ではナットが確実にクランプ本体のバンド部に固定されています.



図2.2 新品のクランプねじ側

 図2.2はクランプ締め付け部ねじ側の様子です.

ねじはクランプの座面の形状に対応して平たく設計されています.

新品の状態ではこの様に表面処理されている為,

傷つけない限り直射日光や雨水に対してある程度の耐久性が期待できます.



図2.3 エアパイプに正確に取り付けられたクランプ

 図2.3は新品のクランプASSYをエアパイプのジョイント側に取り付けた様子です.

なめることなく正確かつ確実に取り付けました.


また見苦しかったバンド部も美しくなり,浮くことなく周囲に溶け込む様な外観になりました



考察】

 なぜねじの頭がなめていることに対してここまでの分析が必要なのか.

答えは明瞭です.

ひとつはその部位がなめ易い傾向にあることを認識すること,

つまり先例からより一層の注意の喚起を汲み取る為です.

そしてもうひとつは自分が実際に整備する時に同じ様な過ちを行わないこと,すなわち同じ轍を踏まない様にする為です.


 色々なRG500/400Γ (HM31A/HK31A) の整備を実施していると,

実際にこのねじの頭がなめている個体を数多く見ることができます.

そしてそれらの多くはこの事例と同じ締め付け方向になめています.

すなわちこれは,エアパイプがきちんと締まっているにもかかわらず,

未熟な作業者が更に締め付けてしまうといった素人整備をしてしまう危険部位の1つであることを示しています.

これはキャブレータのフロートバルブピンの支柱を折るという,

取り返しのつかない重大な整備ミスと同程度に未熟さが露呈される部位にあたります.

ねじの頭のなめと支柱の折れでは結果の重大性では差異があるものの,

それに至る本質的な中身は同じなのです.


 ここで大事なのは,初心を忘れている,あるいはそもそも基礎が身についていないというケースが少なくないことです.

ドライバの正確なトルクの掛け方を忠実に実行し,

その手に伝わる感覚を研ぎ澄ませば,なめることはありません.

単なるねじの締め付け作業と思ってしまうから素人整備から抜けだせず,何回やってもなめてしまうのです.

そこに壁を超える大きなカギが見え隠れすることに気づくことが出きれば,将来性があるといえます.

ねじの一本を締め付けるにも,神経を集中させて取り組まなければならないのです.





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