事例:E-157
エアパイプの脱落による外部エアの吸い込みと経年劣化により硬化・変形したリングについて |
【整備車両】
RG400EW-2W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 2型 年式:1987年 実走行距離:約1,200km |
【不具合の状態】
1番3番キャブレータ側のエアパイプが外れてエアの吸い込みを発生していました.
2番4番キャブレータ側のエアパイプはリングの変形により脱着が困難な状態でした. |
【点検結果】
この車両はお客様のご依頼により,不動車を再生すべくメガスピードにて各部分解整備を承ったものです.
今回の事例では,外観目視点検時に気づいたエアパイプとその保持リングについて記載します.
図1.1はエアフィルタからジョイントを介してキャブレータに連結しているエアパイプの様子です.
白矢印で示したaがリングの締め付けスクリュで,bがフロートチャンバ取り付けスクリュです.
キャブレータ側のリング取り付けスクリュaが完全に締め切っている状態で,
エアパイプがリングから外れていました.
図の黄色矢印で示した部分は外部からエアを吸い込んでいる箇所で,いわゆる“直キャブ”状態になっていました.
お客様が乗られなくなる直前に業者が整備したということと,
お客様はその後サイドカウルすら取り外していない,すなわち何もいじってない状態から判断すれば,
業者がやった整備ミスであるとしか言い様がありません.
エアパイプが完全に外れている点は致命的ですが,
取り付けスクリュが底付きするまで締め込んでいるにもかかわらず何の違和感を持たないとすれば,
もはや救い様がなく,問題は本質的な適性や資質の領域に入ります.
他の数々の整備不良から推測すれば,むしろ整備不良が起きて自然であると捉えるしかありません.
そのほかの点ではフロートチャンバ取り付けスクリュbの赤錆に留意すべきであり,
非常に見苦しいだけでなく,この状態からキャブレータの内部を推測する必要があります.
図1.2はキャブレータを整備する為に取り外したリングの様子です.
指で圧縮しても硬化により容易に変形しない状態でした.
この状態ではゴムの弾力がほとんど失われている為,キャブレータに取り付ける際や,
そこにエアパイプを差し込む際に非常に大きな抵抗になることから,
樹脂製品のエアパイプを傷めるだけでなく,キャブレータ側にも悪影響を及ぼします.
RG500/400Γ(HM31A/HK31A)において,色々な車両を整備した経緯から統計的に見れば,
新車当時のリングが取り付けられている車両が少なくなく,そのすべてと言って良いほどの割合で硬化しています.
しかし製造から四半世紀経過していることを考えればごく自然な物質の変化の一部に過ぎません.
この車両は新車からのワンオーナーで実際の走行距離が1,200km程度であることから判断すれば,
ゴム部品は使用による熱や振動等の影響以外に,
経年という大きな劣化要因を常に考慮しておかなければならないことを示しています.
図1.3は取り外したリング内側の様子です.
outsideはエアパイプ側,insideはキャブレータ側になります.
白丸で示したaの部分はキャブレータの突起がリングにはまり込むことによりリングを保持する時にできたものです.
使用により上下左右の合計4か所にこの様な潰れが発生しますが,
図のリング内側の抜け防止の為の周方向のリブの歪みからも明らかな様に,
リング全体が変形したまま硬化していることにより,
もしこのまま使用すれば,キャブレータ側はまだしもエアパイプはかなり無理をしない限り取り付けが難しい状態になります. |
【整備内容】
すでにリングは再使用するのが望ましくない状態に陥っていた為,クランプを含めてすべて新品に交換しました.
図2.1は新品のリングの様子です.
上の画像が通常無負荷の形状であり,下の画像は指で容易に変形することが出きるほど,
しなやかで弾力性があることを示す為に軽く握った様子です.
この様に材質が柔らかければ,キャブレータ側にもエアパイプ側にも負荷をかけずに正しく取り付けることが可能であり,
その柔軟性が密着部に追随する為,外部から侵入しようとするエアを確実に遮断することできます.
図2.2は新品のリング内側の様子です.
新品では周方向のリブが形状に沿って美しく規定通りのラインを描いていることが分かります.
また白矢印で示した突起部のはまり込む溝も変形や歪み等がなく,確実にキャブレータと結合されることが期待できます.
図2.3 キャブレータに取り付けられた新品のリング |
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図2.3は新品のリングを3番キャブレータに取り付けた様子です.
黒矢印のaとb及びcはそれぞれキャブレータの左右と下部の突起の位置を示しており,
それぞれがリングの溝にはまることによりリングを確実に固定します.
画像には映っていませんが,上部にも突起があり,合計4つでリングを保持しています.
リングが新品に交換されたことにより,溝が締め付け性能を取り戻した為,
突起部を包み込む様に確実にフィットしていることが画像からも分かります.
図2.4はキャブレータにリングを介して正常に取り付けられたエアパイプの様子です.
縦の白線で示した白矢印の間隔は適正に締め付けた際の締め代の残りであり,正常な寸法です.
図1.1の入庫された状態ではこのすき間がなくなるまで締め付けられていたのですから,
いかに不自然な状況であったかは,図を比較すれば容易に把握できることです.
同時に劣化して白くなっていたエアパイプの表面を美しい黒色に再生させました.
これにより新品に交換されたリングの黒やクランプの銀,新品の各ホースの色,
そしてオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)されたキャブレータのアルミニウム合金の光沢の,
それぞれが機械的な美しさを取り戻すことができました.
また特に赤錆で見苦しかったフロートチャンバの取り付けスクリュが新品に交換されたことにより,
キャブレータそのものの美しさを更に引き立てることができるようになりました.
図1.1と比較すれば一目瞭然ですが,美しくなった車両は機能的な点はもとより,所有する喜びも増すものです. |
【考察】
エアパイプはキャブレータ2か所と上部のジョイント側の合計3か所で保持されている為,
どこかで脱落が発生していても直ちに落下するものではありません.
しかしキャブレータ側で外れていれば,そのすき間からエアフィルターを通さずに大気を吸い込む為,
いわゆる“エア吸い”の状態になり,空燃比の狂いが生じます.
マニホールド側のいわゆる“二次エア”の吸い込みではないことから大幅な燃焼不良は発生させないと推測されるものの,
本来あってはならない姿であるといえます.
この事例で問題なのはエア吸いだけでなく,エアパイプのねじを締め切っているにもかかわらず,
異常を感じることができない作業者により,1番キャブレータの取り付け部が外れたまま納車されてしまっていることです.
もちろんそこから走行により跳ね上げられた砂利がエンジン内部に吸い込まれれば,
エンジンブローといった重大な故障に発展する危険性が十分に考えれられます.
しかしそれ以上に問題なのは,ねじを締め切って底付きしていること,
そしてエアパイプが脱落しているという2つの大きなミスが同時に発生しているということです.
正しく締め付ければリングのスクリュが締め切るわけがなく,
また締め切ったとしてもそこで何かおかしいと思えば周囲を確認するはずですし,
エアパイプの取り付け状態を見れば締め付け異常に気付く機会があるといえます.
つまり,最低2回の作業確認するチャンスを全く無視した結果がこの様な事例を引き起こしたと結論付けられます.
人間は誰でもミスをします.
いわゆるヒューマンエラーとの戦いは航空産業が盛んになってから現在まで終わりのない戦いとして続いていますし,
人間やめて化け物かサイボーグにでもならない限り,ヒューマンエラーは付いてまわります.
それは人間が所詮生物の一分類に過ぎず,どんなに進化しても食べて寝る必要があるのと同じ様に,
極自然にミスをする生き物だからです.
しかし,例えゼロにはならなくても,不断の努力により,
極限をとればミスを+側から限りなく0に近い状態に近付けることができるはずです.
それが人間の優れた能力であり,人間を人間たらしめる,人間らしい能力であると私は考えます.
つまり,この事例のミスも,ねじの締め切りやエアパイプの脱落といった,
2回の点検機会のうちに修正されればそれで何事もなかったのです.
2回もチャンスがあったのです.ダブルチャンスです.
懸賞の応募ではダブルチャンスに外れても仕方ありませんが,整備にはそれが許されません.
しかし,実際にはその機会を逃してしまった,あるいはそれに気づかなかった,
または気づいていても面倒でそのまま納車してしまったという結果により,メガスピードにて修正の必要がありました.
物事には適性があると言われています.
もちろん職業にも適正診断という名がある通り,社会的な通念ではそこで大きな“ふるい”にかけられることもあるでしょう.
しかし私は適性というものをあまり信じていません.
確かに向き不向きはあるでしょうが,絶え間ない努力により,
その壁を乗り越えられると確信している人間の一人だからです.
ですが,実際にこの様な酷い内容の事例に毎回真っ向から取り組む年月,時の流れにより,
やはり整備技術者にも資質が問われると認識しなければならないと認めざるを得ないという結論に至ります.
優れた整備技術者とは何か,
その条件に,私は鋭い観察力と確認能力,そしてきちんと最後までやり遂げる能力の3点をまず挙げます.
そして理想とする域に少しでも近づける様に生きていくことが私の職務上の使命であると考えています. |
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