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事例:S‐53

スロッテットナットの締め過ぎにより固着したトルクリンクロッドとキャリパの非追随性について


【整備車両】

GSX250RCH (GJ72A) GSX-R250  推定年式:1987年  参考走行距離:約18,100km


【不具合の状態】

リヤトルクリンクロッド可動部が完全に固着していてキャリパが運動できない状態でした.


【点検結果】

 この車両はお客様のご依頼を承りメガスピードにて各所点検整備を行ったものです.

リヤキャリパを取り外したところ,トルクリンクロッドが完全に固着していて,リヤキャリパが全く動かない状態でした.



図1.1 固着しているキャリパ側トルクリンクロッド接続部

 図1.1はブラケットから取り外したものの固着して浮いているリヤキャリパの様子です.

完全に固着している為にブラケットの動きに追随することができず,

チェーンの調整が不可能であることや,その他の運動が制限されている状態でした.

またスロッテットナット抜け止めの割りピンが伸びてしまっていることや,トルクリンクロッドに錆が確認できます.

割りピンの乱れは周囲をみすぼらしく見せるだけでなく,その性能に対する無用な不安を引き起こす要因になり兼ねません.



図1.2 スイングアーム側のトルクロッド接続部

 図1.2はスイングアーム側に接続されるトルクリンクロッドスロテットナットの様子です.

割りピンの状態に異常はありませんでしたが,取り付け形状が乱れていることが分かります.

可動部はキャリパ側と同じく完全に固着していた為一切の運動ができない状態でした.



図1.3 取り外されたリンクロッド及びボルト,ワッシャ,スロッテットナット

 図1.3は取り外したトルクリンクロッドとその取り付けボルト,ワッシャ,スロッテットナットの様子です.

ボルトに錆が見られるものの,締結部を固着させていたものとは無関係であると判断することができます.



図1.4 錆の発生しているトルクリンクキャリパ下側

 図1.4はトルクリンクロッドキャリパ側の下側すなわち地面側の様子です.

錆が発生していますが,通常は擦れたりする部分ではないことから,走行による飛び石等が当たり,

傷ついた塗装面から錆が発生し,長年において成長していったものであると考えられます.


【整備内容】

 トルクリンクロッドが取り外されて整備される機会は少ないことから,

今回は取り外したと同時に錆取りを行い,ロッド全体を塗装しました.



図2.1 美しく塗装されたトルクリンクロッド

 図2.1は錆取りを行い,ロッド全体を塗装した様子です.

部品そのものが美しくなり見た目も楽しめるようになったのはもちろんのこと,

塗装されたことにより走行による飛び石のダメージを軽減する効果も期待できます.



図2.2 塗装されたトルクリンクロッド廻りの新品の構成部品

 図2.2は塗装したリンクロッドとその取り付けボルト及びナット,スロッテットナット,割りピンの様子です.

取り外したボルト類は洗浄等を行えば再使用可能な状態でしたが,発売が1987年頃であることを考慮し,

すべて新品に交換することにより,機能の回復を図りました.



図2.3 スイングアーム側に取り付けられた新品のスロッテットナット

図2.3は整備の完了したスイングアーム側の接続部の様子です.

スロッテットナットだけでなく割りピンも新品に交換されたことにより,長期にわたりナットの脱落防止を見込みました.

割りピンがきれい且つ正確に取り付けられていることが分かります.

可動部は締め付け後に節度ある動きが確保されていることを確認しました.



図2.4 キャリパ側の新品のスロッテットナット

 図2.4はリヤブレーキキャリパ側に取り付けられたトルクリンクロッドの様子です.

スロッテットナットの締め付けに関し,トルクリンクロッドが節度ある運動が可能な範囲を考慮しました.

これによりトルクリンクロッドの本来の性能を取り戻すことができ,

更に塗装されたロッドや新品のナット,割りピン等の光沢により,ロッド廻りが非常に美しくなりました.

やはりこの部分も割りピンがきれいに正確に取り付けられていることが分かります.

この様にナットが新品になることだけでなく,割りピンが整然と取り付けられているかどうかが,

周囲の印象に大きく影響を与える部位は決して少なくありません.


【考察】

 スロッテットナット【slotted nut】は正式には溝付き六角ナットであり,

キャッスルナット【castle nut】と合わせてその構成を二分します.

スロッテットナットは抜け止めのピン(この事例では割りピン)が必ず併用して使用される為,

部品の目的としては,ナットを締め切らずに対象個所を自由にして運動可能な状態を維持するとともに,

部品と部品を結び付け,緩んで外れないように抜け止めが施されます.


 リヤキャリパはブラケットに保持される為,アクスルが緩められてチェーンの張りが調整される場合,

それに合わせて自由に運動して自動的に角度が保持される仕組みになっています.

リンク部が固着していればその動きに追随することができず,

つながっている部品のどこかに無理な力が作用したままの状態になり,

強引な調整は車体の歪みにつながり,ライディングフィールをスポイルすることになりかねません.

またブレーキをかけた時のディスクとキャリパ及びブラケット,ロッドの位置関係は同一線上ではない為,

曲げのモーメントが発生することにより,どこかに負荷がかかります.

リジッドで完全に固定されればフィーリングはダイレクトになりますが,

応力の逃げを考慮すれば,例えその動きが微量であっても自由に自動的に角度調整する機能が必要であるのは,

トルクリンクロッドを使用した車両のナットには,

必ずスロッテットナットかセルフロックナットが使用されている点からも明らかであるという考えに,

賛同する価値は十分にあります.


 この事例のGJ72A型でも,CH型はスロッテットナットを使用し,CJ型及びCK型はセルフロックナットの仕様になっています.

今回はオリジナルを尊重し,スロッテットナットと抜け止めのピンを手配して新品に交換しました.


 ナットは勝手に自分で締まらないことから,

この事例での固着はおそらく過去に整備した者が強力に締め付けてしまった結果,

完全に固着して運動ができなくなってしまったものであると考えられます.

取り付け時にはキャリパが節度ある動きをすることができるかどうかを確認することが重要であり,

その為にスロッテットナットが使用されているということが頭にあれば,この様な事態には陥るはずがありません.

整備書(サービスマニュアル)には規定トルクが20N‐mから30N‐mの指定がありますが,

その範囲はメーカーの指示でさえ10N‐mもの幅を考慮していることからも,

最終的には締め過ぎていないかどうかを整備者が確認して取り付ける必要があり,

額面通りに最大30N‐mで締め付ければキャリパを完全に固定してしまうことは,

トルクの概念を把握し,締め付けに対する対象物の摩擦による抵抗等を肉体化していれば,考えるまでもありません.

なぜこの部品が使われているのか.

なぜ通常のナットではないのか.

なぜこの様な設計になっているのか.

整備はものごとを読み取ることから始まります.

状況を分析し,検証し,再び構築して概念を把握した上で実行されるべきものなのです.





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