事例:S-29
ローラピンの錆によるタンデムステップの固着について |
【整備車両】
GSX-R400RS (GK76A) 年式:1996年 参考走行距離:約38,500km |
【不具合の状態】
タンデムステップが上がったまま固着していて、使用時に下げることができなくなっていました。 |
【点検結果】
右側のタンデムステップも左側と同様に固着していました。
初期の修理、整備として外部から潤滑スプレーを吹き付けたものの固着は全く解消しなかった為、
オーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を行い性能を取り戻しました。
左側は固着の原因や状態を詳しく確かめる為、現状を汚染しないように初めから分解整備を行いました。
図1.1は錆により固着していたローラピンの様子です。
黄色い四角で囲んだAとBはピンの両端でハウジングとの接触部です。
この部分が軸受に張り付いていて回転しなかった為にステップが動かなかったと考えられます。
図1.2はローラピンの取り外されたハウジングと内部のクッションの様子です。
軸受はわずかに摩耗していました。
ローラピンをステップ側に押し付けハウジングと適度なクリアランスを保持する為のクッションは、
ローラピン側面にめり込む形状で潰れていました。 |
【整備内容】
ローラピンが固着していたことから、まずその整備から行いました。
図2.1は錆ていたローラピンを洗浄し、表面を研磨して性能を取り戻した様子です。
今後再び錆が発生しにくいように潤滑防錆剤を塗布しました。
図2.2 新品のクッション(左)と取り外した潰れているクッション |
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図2.2は新品のクッション(左)と変形したクッションを比較した様子です。
クッションはローラピンをステップ側に押し付ける役割を果たしていますが、
長期間使用されたことによりローラピンの形状がクッションに移り、
接触面が増えたことによりローラピンの回転を妨げる力が少なからず発生していた可能性があります。
図2.3 新品のクッション(左)と潰れて短くなっている取り外したクッション |
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図2.3は新品のクッション(左)と取り外した古いクッションの長さを比較した様子です。
円錐部分はほとんど変化がないので、その部分によるクッションがピンを押しつける能力はそれ程変わりないといえます。
しかし円柱部分を見ると古いクッションは長期間圧縮されていた為に新品に比べて1mm程度短くなっています。
この縮みの分クッション本体の材質によるローラピンを押しつける能力が低下し、
本来ステップ側に押し付けられていたローラピンが回転時にステップ側からの応力を受け、
ハウジングを削る作用を発生させていたと考えられます。
またそれによりハウジング側からローラピンに反力が働きローラピンのハウジングとの接触部を削り、
表面の傷ついた部分から錆が発生したと推測できます。
このことは図1でローラピンとハウジングの接触部が著しく錆びていることから裏付けられます(黄色い四角AとB部)。
そしてその錆がローラピンとハウジング、ローラピンとステップの動きを固着させる原因になっていたと判断できます。
図2.4 車体に組み付けられた整備の完了したステップ下部 |
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図2.4は新品のクッションを点検整備したホルダに組み付けローラピンとステップを取り付けた様子です。
割りピンは錆びている上に疲労が見られたので新品に交換しました。
また軸方向のクリアランスを調整するワッシャは錆びていたものの機能的には研磨で性能を回復できる状態でしたが、
割りピンに合わせてワッシャも新品にすることにより見た目の美しさを追求しました。
図2.5は整備の完了したタンデムステップの様子です。
可動部がスムーズに動くようになりました。
図2.6は折りたたまれたタンデムステップの様子です。
折りたたみ時にしっかりロックし、それでいて使用時には容易に開くことができ、
いわば節度ある使用感覚が得られたことを確認して整備を完了しました。 |
【考察】
タンデムステップはパセンジャーが足を置く為になくてはならないものですが、一般の交通から推測しても、
実際に2人乗りする機会はほとんどのライダーにとってそれ程多くないのが実情ではないかと考えるのが自然です。
その為に使用されないタンデムステップが長期間同じ位置にある為に固着している車両は少なくありません。
この事例では人力では全く動かない程稼働部が固着していました。
分解した結果、ローラピンが錆びてハウジングに固着していたことが原因でした。
中々2人乗りする機会がない為に、タンデムステップに触る機会すらないというのも珍しいことではありません。
しかし、いざリヤシートに人が乗る場合にタンデムステップがスムーズに出ないと、
パセンジャーに対して格好悪いのは言うまでもなく、安全面からも問題があります。
パセンジャーが足をぶらぶらさせていては非常に危険であり、
リヤ荷重が定まらなければライダーの運転が不安定になります。
この様な事態を避ける為にも、
時々はタンデムステップを動かして稼働部をグリスアップしておくことが大切であり、
必要に応じてオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)されることが望ましいといえます。
やはり2人乗りする時はスマートにパセンジャーをリヤシートへ導き、余裕のあるライディングで魅せたいものです。
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