トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 車体関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:101~110


事例:S-106

直進状態に取られるハンドリングとブレーキ時のトップブリッジからの異音について

【整備車両】 
 YD125 (3NS) 3NS1  推定年式:1987年  参考走行距離:約7,800 km
【不具合の状態】 
  フロントブレーキをかけたときにステムにガタが発生していました.
  また,旋回時や直進徐行時にハンドルが真ん中にとられる状態でした.
【点検結果】 
 この車両はお客様が個人売買で購入されたものですが,徐行時にハンドルが真ん中にとられるということで,メガスピードにて点検整備を実施しました.実際に症状確認の為に試運転を行うと,ハンドルが直進で固着する位置があり,ステアリングを左右に切るときに一度段差を乗り越えなければならない感覚でした.そしてまた直進に戻すと,そこにコツンとはまり込み,直進状態が固定される状況を確認しました.またフロントブレーキをかけると,ゴツンッとトップブリッジ付近から異音が発生する状況でした.
 以上の状況からステアリングステムに不具合が発生していると判断し,整備を実施しました.

図1.1 締め付けボルトの緩んでいるトップブリッジ
 図1.1 は不具合の発生していると推測されるステアリングステム周囲の様子です.まずステムの締め付けボルトが緩んでいてガタツキが発生していることを確認しました.これがフロントブレーキをかけたときに,クリアランスが詰まって部品が接触し,ゴツンという異音を発生していたものであると判断しました.

図1.2 不具合の発生しているロア側のステムベアリング
 図1.2 はロア側のステムベアリングを取り外している様子です.グリスがほとんどなくなりベアリングレースに打痕が発生していました.発売が1987年頃であることを考慮すれば,やむを得ないとも受け取れます.

図1.3 不具合の発生しているアッパ側のステムベアリング
 図1.3 はアッパ側のステムベアリングを取り外した様子です.ロアと同様にグリスが切れている状態でした.上下ともスチールボールを使用したいわば軽量級のオーソドックスなベアリング構造ですが,ボールにしてもテーパローラにしても,直進状態で長年固定された場合に打痕が発生し,その部位に回転体(この場合はスチールボール)がはまり込み,抜け出せなくなります.この車両では上下とも同じように打痕が発生していました.

図1.4 安全に吊り下げられた車体
 図1.4 は安全に吊り下げられた車体の様子です.ステムベアリングを交換する場合,ジャッキで下から持ち上げるという行為は極めて不安定であり,可能な限りチェーンブロック等で車体を吊ることが望ましいと言えます.特にベアリングレースを交換するときには車体に負荷がかかる為,抜き取り時も,打ち込み圧入時も,ともにバランスを崩しかねません.
 2輪は軽快で楽しいものですが,その構造上 “倒れる” という現象については常に気を遣わなければならないと言えます.特にこの様な恰好をしている状態の間は安全確保とお客様の車両管理に緊張感をもって取り組む必要があります.

図1.5 打痕の発生しているロアベアリングレース上側
 図1.5 は打痕の発生しているロアベアリングレース上側の様子です.円周に規則正しく間隔をあけてへこみが見られます.

図1.6 打痕の発生しているロアベアリングレース下側
 図1.6 はステムシャフトに圧入されているロアベアリングレース下側の様子です.古いグリスをふき取ると,やはり上側と同じように円周に規則正しく間隔をあけて打痕が発生しています.アッパベアリングも同様に打痕が発生していたことから,この上下のベアリングレースに発生した打痕がステアリングを直進状態に固定させた原因であると判断することができます.


【整備内容】
 損傷していたステムベアリングを上下新品に交換し,
ガタツキの発生していたトップブリッジボルトを新品に交換して正しく締め付けました.

図2.1 新品のアッパベアリングレース
 図2.1 は新品のアッパベアリングのレースの様子です.新品ではスチールボールが動く部分が滑らかに仕上げられています.球体にとってはわずかな段差も大きな抵抗になりますから,不具合のあったベアリングレースがいかに不都合なものであるかが理解できます.

図2.2 フレームに圧入されたレース
 図2.2 はレースを正確にフレームに圧入した様子です.圧入代が少ないことから,わずかな傾斜角度でもフレームをカジリむしる原因になる為,正確に取り付けなければなりません.

図2.3 ステムシャフトに圧入されたロアレース
 図2.3はステムシャフトにロアレースを圧入した様子です.部品番号には個別の設定があるものの,やはりアッパと同様に,一式交換することで完全にベアリングをリフレッシュさせる必要があります.

図2.4 ロアレースに取り付けられたスチールボール
 図2.4 はロアレースにスチールボールを取り付けグリスを塗布した様子です.図の様にグリスを十分に塗布しておかないと,数年でグリス切れを起こし,スチールボールの錆やレースの錆,損傷の原因になります.一見多量に見えるようでも,この先10年維持を目指すのであれば,やはり大目に塗布して溢れた分を拭き取る方が間違いないと言えます.ステムベアリングを交換する経験のないまま一生を終えるバイクライダーの割合が少なくないと言えるほど,不具合のない限りはステムベアリングの整備は後回しにされる傾向が強い部位です.したがって,残念なことに整備しなければならない状況に陥った場合は,その際にはその後何年もメンテナンスしないことを考えて十分にグリスアップをしておく必要があります.

図2.5 グリスアップされたアッパベアリングスチールボール
 図2.5 はロアベアリングと同様に十分にグリスを塗布したアッパベアリングの様子です.一旦整備を終えればその後何年も手入れされない部位ですから,それを見越した潤滑が必要です.

図2.6 ステムナットで締め付けられたステムシャフト
 図2.6 はステムナットで適正に締め付けられたステムシャフトの様子です.最適な締め付けトルクは整備技術者が自ら判断しなければならない代表的な部位の一つであると言えます.というのは,サービスマニュアルの通りに締め付ければ容易に分かることですが,ステアリングが重くなり過ぎて動作がダルくなる場合が少なくないからです.ですので額面通りではなく,ご依頼いただいたお客様のお顔を思い浮かべながら,打ち合わせ等のお話の中で得たご希望のフィーリングを探っていくことが大切です.

図2.7 整備の完了したステム周り
 図2.7 は整備の完了したステム周りの様子です.トップブリッジの締め付けボルトも新品に交換してリフレッシュを図りました.
 実際に50km程度試運転を実施し,ハンドルのとられとブレーキ時のガタツキが解消したことを確認しました.通常はステムの不具合の確認であれば50kmも試運転を実施する必要はありませんが,今回50kmも乗ったのにはわけがあります.それは乗っていて非常に楽しかったからです.また梅雨の合間の晴れに実施したことにより気分転換にもなり,心もリフレッシュできました あくまで個人的な意見が許されるのであれば,テンプターに勝るとも劣らないほど乗り心地が良い個体でした.空いている道を散策しながら流すにはもってこいです.


【考察】 
 今回の不具合では異常なハンドリングと同時にブレーキ時にステムがゴツンとなる症状も発生していました.これはトップブリッジの締め付けボルトが緩んでいたのが原因であると断定できます.緩んだ原因の特定は難しいと言えますが,ひとつの推測として,過去に人為的に緩めてステムナットの調整をし,その後締め忘れた可能性が考えられます.それ程緩みが大きくガタツキが発生していました.

 ステアリングが直進状態で固定されたバイクに乗ったことのある方であれば分かると思いますが,ステアリングが直進に固定された状態では轍や段差に差し掛かってもステアリングが固定されている為に微調整ができず,車体の挙動が不安定でライダーの意図しない方に勝手に動き,非常に気持ちの悪いものです.またステアリングを曲げようとすると,ある程度力をかけなければ直進状態から抜け出せず,無理な力をかけたことにより,勢いがついてステアリングを切り過ぎる状態になります.そしてそれを補正しようとしてまた直進状態に落っこちる(この車両の場合スチールボールが打痕にはまる)と,そこから抜け出そうとして不用意な力をかけなければならず,まったく意図した操作をすることができません.したがって,この様な状態は早急に是正しなければならず,そうでなければ楽しいはずのライディングが苦痛になりかねません.いえいえ,本当です.ハンドル操作がおかしいバイクに乗ればすぐに体感できます.特にこの車両の様に軽量級のバイクであれば尚更ハンドリングの不具合が体感しやすいと言えます.逆に言えば,それ程に,何気なく自然に行っているハンドル操作の素晴らしさを再発見することができるともとらえることができます. 

 問題は,ステムベアリングを交換するのであれば,その整備料で同じ中古車を購入することができるという点です.特に原付の場合,中古車価格はもとより,新車価格も安価な為,作業工程の多い整備を実施すれば,費用的に買い替えができるお見積もりになる場合が少なくありません.しかし,発売から数十年経過している絶版車であれば,中古車を買い直しても,結局は同じような不具合を内在している場合が多く,同じことの繰り返しになる可能性が高いと言えます.いわゆる “持病” と称されるその車種特有の不具合であれば,他の中古車も高い確率で発生しています.つまり,その車種に乗るのであれば,どこかで不具合を修理しない限り,満足のいく状態で乗ることはできないのです.

 私はバイクに関して,特に自分のバイクに対しては神経質なので,不具合が発生すればすぐに直し,常に最良と判断できる状態にしておきます.なぜなら人がバイクに元気に乗れる時間など限られているからです.そうであれば,乗ったときは気持ちの良い状態で楽しみたい,そう思っています.
 大人は皆忙しいものです.ひと月に何回バイクに乗れますか.え,何ですって? 2か月に一度ですって? 忙しそうですね.それなら考えてもみて下さい,バイクに乗れるのは1年で6回です.たった6回しか乗れないのであれば,やはり毎回充実した良質のライディングを楽しみたいものです.その為にはやはりきちんと不具合は整備しておくことが大切です.

 今回の事例の不具合の原因は,ステアリングを直進状態で長年保管されていたことによると推測されます.そしてそれはおそらくセンタースタンドを立てた状態で保管されていたからではないかと考えます.というのも,サイドスタンドでの停車の場合,ステアリングがスタンド側すなわち左に切れた状態になる場合が多く,例え完全に左に切れていなくても,多少の動きが許されるからです.しかしセンタースタンドでの保管の場合,そのほとんどがステアリングを直進状態にしており,ステアリングを切って保管する状況は見た目からもあまり考えられません.統計調査をしたことはありませんが,上記理由により,センタースタンドのある車両の方がステムベアリングの打痕という不具合を発生させている個体が多いと推測されます.

 何らかの不具合がすでに発生していた場合は極力整備した方が楽しいバイクライフを送れるのは当然ですが,古い車両のステムベアリングは例え不具合を発生させていなくても,グリスがなくなっているものが多く,一度ステムベアリングを交換しておくことが,素直なハンドリング操作が得られる近道であることは間違いありません.





Copyright © MEGA-speed. All rights reserved.