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事例:S‐56

定位置における長期保管がもたらすステムベアリングの打痕と錆による操作性の低下について


【整備車両】

 GSX250RCH (GJ72A) GSX‐R250  推定年式:1987年  参考走行距離:約18,100km


【不具合の状態】

 走行中のステアリング操作に倦怠感が発生していました.


【点検結果】

 この車両はお客様のご依頼を承り各所点検整備をメガスピードにて実施したものです.

走行中のステアリング操作がスムーズでないという症状が発生していました.

ステアリング操作において,その不具合を発生させる原因として,

ステムベアリングのガタつきとステムベアリングの衰損と大きく2つに分けることができます.

今回はまずステムベアリングの締め付け状態を確認することから点検を始めました.



図1.1 トップブリッジ締め付けトルクの測定

 図1.1はトップブリッジの締め付け状態を確認している様子です.

検査用トルクレンチを使用して測定したところ,戻しトルク法の補正値で約6.9Nと,通常の倍近い締め付けがされていました.

オーバートルクであることは間違いありませんが,これは今回の不具合には直接影響していないといえます.

 次にステムベアリングを締め付けているナットの締め付け状態を確認しました.



図1.2 ステムベアリングロックナット締め付けトルクの測定

 図1.2はステムベアリング締め付けナットの締め付けトルクを測定している様子です.

補正値で10Nに満たないことから,参考規定値の半分程度の締め付けしか行われていなかったことが判明し,

これがステアリング操作の不具合の発生原因のひとつになっているといえます.



図1.3 緩んでいたステムベアリングロックナット

 図1.3はトップブリッジを取り外したステムベアリングロックナットの様子です.

ほとんど締め付けられていなかった為,

ブレーキ時にハンドル廻りにわずかなガタつきを発生させていた可能性が高いといえます.



図1.4 潤滑不良になっているステムアッパベアリング

 図1.4はステムアッパベアリングの様子です.

油脂が完全に切れていていわゆる潤滑不良の状態になっていた為,ベアリングが回転時にゴロゴロする状態でした.



図1,5 錆でローラ表面が傷ついているステムアッパベアリング

 図1.5は取り外したアッパベアリングの様子です.

ローラ部に発生していた錆が接触面の動きを鈍らせていた他,インナレースの傷の発生源になっていたと考えられます.



図1.6 著しく錆びているステムアッパベアリングインナレース

 図1.6はステムアッパベアリングを取り外したインナレースの状態です.

ステムハウジングの側面は奥まで錆が発生している他,インナレースの表面も荒れている状態でした.



図1,7 打痕の見られるステムロアベアリングインナレース

 図1.7はロアベアリングをステムシャフトごと取り外したインナレースの様子です.

全体的に赤錆が発生していましたが,留意するべきは,アッパではほとんど発生していなかった打痕が確認できることです.

打痕は触診で段差が確認できる程度に深いものであり,

ベアリングのローラが回転しこれを乗り越える際にゴロつきや倦怠感,ダルさを発生させていたと判断できます.



図1,8 状態把握の為洗浄されたステムロアベアリングインナレース

 図1.8はフレームから取り外して洗浄したロアベアリングインナレースの様子です.

打痕は車体内側の静止状態において荷重のかかる部位であり,はっきりと確認できることから,

相当の年月の間同じ位置でハンドルが固定されていたことにより,

ローラが常に接触していた部位に発生したものであると考えられ,

これはこの車両をお客様が量販店で購入される際に,長期在庫であったとの説明を受けた,という情報と合致します.




図1.9  錆により回転が鈍くなっているステムロアベアリング

 図1.9は取り外したステムシャフトとベアリングの様子です.

ロアインナレースに発生していた錆はロアベアリングの錆と密接な関連性があり,

ローラ部がインナレースに打痕をつけたと判断することができます.

発生した錆により,ベアリングそのものの動きが内部抵抗により鈍くなっていました.



図1.10 打痕の確認できるステムロアベアリング内側

 図1.10はロアベアリングのローラ及びケースを取り外し,内部の状態を確認した様子です.

ローラによる打痕が内側にも発生しており,はっきりと位置が確認できることから,

長期間同じ位置で固定されていた状態を更に裏付ける結果が得られました.




図1.11 錆の発生しているステムロアベアリングシート

 図1.11はステムからロアベアリングを取り外した様子です.

ベアリングシート部に錆が発生していましたが,ステムシャフトそのものの状態は比較的良好でした.


【整備内容】

 不具合の発生していたベアリングは交換する必要があり,ステムベアリングは上下で同軸を支えている為,

アッパ及びロアのベアリングを同時に新品に交換しました.



図2.1 車体に取り付けられている新品のステムアッパベアリング

 図2.1は新品のインナレースをフレームに圧入し,新品のアッパベアリングを取り付けている様子です.

錆びていたステムハウジング側面も可能な限り錆を除去しておきました.



図2.2 ステムシャフトに圧入されたステムロアベアリング

 図2.2はステムにロアベアリングを圧入した様子です.

取り付け時にベアリングに無理な力がかからないように,この段階で特殊冶具を使用して圧入しました.



図2.3 正確に取り付けられたステムベアリング

 図2.3は規定トルクを参考に車体に合わせて締め付けられたステムベアリングロックナットの様子です.

これにより,緩みにより生じていたガタつきがなくなりました.



図2.4 ステムベアリングの交換を完了し試運転を行った様子

 図2.4は試運転を行った車両の様子です.

白い四角で囲んだ部分はステムベアリングが使用されている部位を示しています.

ステムベアリングが新品に交換されたことにより,重い様な引きずられた様な,いわゆる“ダルい”感覚がなくなり,

意図した通りの軽くしなやかなステアリング操作が可能になりました.


【考察】

 ステアリング操作がスムーズでない場合,可能性として一番大きいのが,その部位のベアリング,

すなわちステアリングステムベアリングの状態の悪化が原因として考えられます.

このベアリングはハンドルの回転方向と,車体を支えるその垂直方向の荷重を受け持つことから,

テーパローラ型が採用されている場合が多いといえ,回転方向よりも車重を保持する方が負荷が大きい為,

この事例の様に長期間同じ位置で固定されると,接触部のローラによりインナレースに凹みが生じ,

回転時にはそれを乗り越える為に必要とするエネルギー及びその抵抗により,操作時にゴロツキ等の違和感が発生します.

そして極端な場合は,インナレースに発生した段差が大きい為にハンドルが直進方向に固定されてしまい,

大きな力を入れないとハンドルが切れず,切れた時点で力が解放される為,ハンドルを切り過ぎるといった現象が起き,

操作性の著しい悪化のみならず,公道を走行する上では非常に危険な状態になります.

やはりその様な状態に陥らない為にも,ステムベアリングは年式と走行距離を考慮し,

定期的に交換される必要があるといえます.





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