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事例:S-121

新車製造時に誤って組み付けられた可能性のあるシフトペダル廻りについて

【整備車両】 
 RG500EW-W (HM31A) RG500Γ(ガンマ) 1型  年式:1985年  参考走行距離:12,000 km
【不具合の状態】 
 シフト廻りを構成する部品の取り付けが不適切な状態でした.
【点検結果】 
 この車両は新車で購入されているワンオーナーのお客様のご依頼により各部の整備をメガスピードにて承ったものです.今回はシフト廻りについて記載します.

図1.1 ワッシャの紛失と歪んだサークリップ
 図1.1 はシフトペダルリンク部の収まるシャフトの様子です.抜け止めのサークリップが広がって歪んでいることや,少なくともパーツリストではあるはずのワッシャが無い状態でした.この車両はワンオーナであり且つシフト廻りの整備は過去に実施したことが無いということなので,なぜこの様な状態になっているのかを推測することは難しいと言えます.

図1.2 シフトペダルリンク部奥に挟まっているワッシャ
 図1.2 は状況を確認する為にシフトペダルを少しずらした様子です.ペダルの奥に黄色の矢印で示したワッシャが挟まっていることが確認できます.また各部が汚れていて見苦しくなっている状態でした.

図1.3 取り付け位置のずれているシフトリンクシャフト
 図1.3 は更にシフトペダルおよびワッシャを取り外して確認したシフトリンクシャフトの様子です.とんでもない出来事が!!と言えるほど衝撃的な状況が判明しました.シャフトは本来ハウジングの六角にぴったり収まるはずですが,図の様に完全にずれた位置で無理やり押し込まれていました.そして埋め込みが足りずわずかに面から飛び出ている部分がワッシャに当たり,ワッシャが削れていました.

 お客様が新車で購入されて一度も整備したことのない部位であることを前提とすると,これは一体どこでやられてしまったのか.消去法で行くのであれば,新車製造時のラインで誤って組まれて,そのまま出荷されたものであると推測されます.実際にこのシャフトを抜き取るのにかなり苦労したほど強力に圧入されていたことを考えれば,整備ミスでこの様な事態は起こりにくいと言えます.いくら何でも,どんなに間抜けなメカニックでもこれを取り付ける際にかなり力を入れなければシャフトが入らないことや,形が六角同士なので取り付け時に誤りに気付くはずだからです.それがどのくらいかと言えば,例えばうどんを注文したのにチャーハンが運ばれてきて,その誤りに気付くかどうかというのと同じレベルです.まさかそのままチャーハンを食べますまい.

図1.4 取り外したシャフトと傷のついているハウジング
 図1.4 は何とか時間をかけて養生しながらシャフトを抜いた様子です.黄色の円で囲んだ部位がハウジングの損傷です.角度により右端が見えませんが,合計6か所えぐれていました.鉄とアルミですから,傷つきやすいアルミのハウジング側がえぐれることによって無理やり押し込まれた形になっていました.裏はセルフロックナットで固定されていますが,もし生産ラインで電動インパクト等で流れ作業で締め付けが行われていたのであれば,ブルンッと一発締めて終わりにされ,次に行ってしまうはずですから,電動のパワーでずれたまま無理に埋め込まれてしまった可能性が否定できません.


【整備内容】
 シフトリンクシャフトおよびハウジングを洗浄して常識的に考えて正しいと思われる位置に取り付け,ワッシャの位置も正しいと思われる位置に移動し,シフトペダルASSYを洗浄して取り付けました.

図2.1 正しいと思われる位置に取り付けたシフトリンクシャフト
 図2.1 はシフトリンクシャフトの六角とハウジングの六角の位置を合わせて取り付けた様子です.ちょうど ○ や △, □ の幼児用のパズルをやる様に,六角同士を合わせて取り付けました.図を良くご覧下さい.どう考えてもこの取り付け位相が正しいと思えますが,いかがでしょうか.発売から何十年も経過していることなどから新車を分解して比較することはできませんが,今回はこれが正しい位置だと判断しました.

図2.2 シフト廻りの取り外した古い部品(上)と新品部品の比較
 図2.2 は取り外した古い部品(上)を新品と比較した様子です.RG500/400Γのシフト廻りを整備する時にはメガスピードでは必ずこの3点をセットで新品にします.

 図の左からワッシャ,サークリップ,ボルトになりますが,古いものはサークリップの口(青色矢印)が開いてしまっている上,シフトシャフトへの固定ボルトが少し曲がっている(赤色矢印)ことが分かります.またワッシャがシフトの動作により内側が少し削られています(緑色の矢印).これらを新品にして正しいと思われる位置に取り付けし直します.

図2.3 シフトリンクシャフトに固定されたシフトペダル
 図2.3 はシフトリンクシャフトに固定されたシフトペダルの様子です.図の様にシフトペダルのアーム,ワッシャ,サークリップの順に固定しました.

図2.4 正しく組み付けられたシフトペダルリンク廻り
 図2.4 はシフトリンク廻りを正しく取り付けた様子です.これが正しい取り付け位置であると考えます.シフトリンク部を洗浄したことにより,非常に美しい銀色が再現されました.


【考察】 
 今回の事例ではシフトリンクに関してワッシャの位置が誤っていたり,シャフトの取り付けが不適切だったりと,いわゆる組み付けミスが見られました.どう考えても普通ではない取り付けがされていることから,過去に素人整備されたか,新車時にラインでやられたかのどちらかになると推測されます.しかしこの車両がワンオーナーであり,過去にこの部位は整備に出したことが無いということなので,消去法的に考えると製造ラインでやられてしまったものであると言えます.しかしこれらはすでに過去のことであり,メガスピードにて正しく組み直されたので今後何の問題もありません.

 もしかしたら六角をわざとずらして埋め込むのが正規の取り付けかもしれませんが,モノは位置を合わせて取り付けるのが常識ですし,実際にこの事例でもその方がしっくりくるので,これが正しいと考え整備を完了しました.メガスピードではRG500Γ/RG400Γを毎年何台も細かく整備している為に部品の組み立て部位を記憶していることから,今回もワッシャの位置がおかしいことに瞬時に気付くことができました.そしてそれを是正する際に付随的にシャフトの無理なねじ込みを発見しましたが,もし気付くことができなければ,図1.3 のまま六角がずれた状態で未来永劫乗り続けることになります.機能には大きな問題はないかもしれませんが,やはり気持ち悪いと言えます.

 基本的に新車は吟味して設計され,ある程度のレベルの製造ラインでつくられます.しかしそれが新米の期間工であったり,製造工程でのミスがあとから発覚するのが決して少なくないと言えるのは,毎月発表される製造時の組立ミスによるリコールの多さからも明らかです.したがって,あまりにも常識からかけ離れた状態の個体に遭遇した場合は,個別に整備技術者の技量で判断せざるを得ないのが実情だと言え,それに気付き,実行できる知識と技術が求められます.







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