ガイドブッシュの摩耗とインナーチューブの固着が及ぼす旋回性能の低下について |
【整備車両】
SE50MSJ (AF19) DJ.1RR 推定年式:1988年 参考走行距離:約8,800km |
【不具合の状態】
ハンドルを切っても車体の直進性が強く、車両が曲がりづらい状態でした。 |
【点検結果】
ハンドルの操作フィーリングが不自然だったので、カウルを取り外しフロント廻りを点検しました。
その結果、フロントフォークに異常が発生しているのを確認しました。
図1は右側のフロントフォーク摺動部の様子です。
図1、インナーチューブの中心軸が進行方向に偏っているフロントフォーク |
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インナーチューブが錆びていて、ダストシールに亀裂が発生しているのが分かります。
またインナーチューブがアウターチューブの進行方向に偏っていることが確認できます。
もしこの中心からのずれがインナーチューブの折れ曲がりだとすると、
余程大きな衝撃がフロント廻りにかかっているはずです。
その様な状況は追突事故が起きている可能性が極めて高いといえますが、
注意しなければならないのはインナーチューブの傾きの方向です。
もし追突事故だとすれば、ほとんどの場合ステムアンダーブラケットやフォークのロワブラケットを支点として、
車体内側にインナーチューブが折れ曲がります。
しかしこの事例ではインナーチューブが進行方向にずれているので、逆の力が加わったことになります。
追突でこの様になるには、摺動部付近が支点になりその上下が進行方向側に曲がるといった状況でなければなりません。
ですが、実際にはフロントタイヤがあるので、
障害物がタイヤより上に位置する部分だけ出っ張っている様な特殊な形状でない限りは、
その様な力はかからないといえます。
それ以前に傾斜しているフロントカウルが前面を覆っているので、
例え正面から衝突しても力の向きが斜めに逃げる割合を無視することはできないといえます。
またフロント廻りの外装の状態が比較的きれいなことを含め、
フレーム部分も目立つ傷や歪みがないことから、インナーチューブの軸ずれは事故ではなく他の原因が考えられます。
スクーターの短いインナーチューブがもし曲がるとすれば、テコの原理からしても余程大きな力が必要となり、
事故以外には通常考えられません。
つまり、フロント廻りに事故の形跡がなく、且つもし事故でしかインナーチューブが曲がらないとすれば、
それは事故は発生しておらず、且つ、インナーチューブも曲がっていないということになります。
その仮定を考慮した場合、インナーチューブは真っすぐであり、
その状態で目視で確認できる曲がりを説明しなければなりません。
インナーチューブが真っすぐであるとすれば、考えられる状況として残りは、インナーチューブを支えているガイドが摩耗して、
インナーチューブをアウターチューブの中心に保持することができなくなっているということが推測できます。
その推測に留意して分解整備を進めました。
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図2はダストシールを取り外したアウターチューブ内部の様子です。
全体が錆びた金属の破片で埋まり、ガイドブッシュの抜け止めのサークリップが全く確認できない状態でした。
図3は内部の錆を除去し埋まっていたサークリップを確認した様子です。
サークリップは全体が錆びてやせてしまい、通常サークリップを取り外す工具をかける穴が腐蝕でなくなっていました。
つまりサークリップは外側に広がり溝にはまった状態で錆により固着しているますが、
工具をかける穴がないので、いわゆるどうにもならない密室の状態に陥っていました。
このような状態になってしまうと、サークリップの取り外しは非常に困難になります。
しかしメガスピードでは技術を駆使し、先に進みます。
図4、取り外したサークリップ(上)と新品のサークリップ |
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図4は取り外したサークリップ(上)と新品のサークリップを比較した様子です。
取り外したものは腐蝕により肉が減り、さらに工具をかける穴がなくなっていました。
このことから車両は相当の年月フォークの整備がされておらず、
雨風の当たるところに保管されていたことが推定できます。
図5はサークリップを取り外したフォーク内部の様子です。
画像上側が車両進行方向なので、仮定通り、進行方向側のガイドブッシュが摩耗し、
インナーチューブが摩耗した方に寄ってしまったものと考えられます。
力の配分を考えると、摩耗の直接の原因はストローク時にかかる荷重と推測することができます。
車体を支えている方すなわち進行方向側のガイドが摩耗しています。
そしてフォークがこれほど偏るまでガイドが摩耗してしまうのはガイドの材料が原因といえます。
通常のオートバイではガイドブッシュいわゆるスライドメタルは金属ですが、
この事例では樹脂で生成されたガイドブッシュが使用されていました。
樹脂なので、金属に比べ摩耗に対する耐久力は格段に下がります。
その結果、ここまでガイドが摩耗し、インナーチューブが摩耗した側に寄ったといえます。
設計者がガイドを金属にしない大きな2つの理由は、
部品にかかるコストの節減と車両の軽量化ではないかと推測できます。
50ccという原動機付自転車では販売価格も安価であり、
その限られた排気量による出力でも十分な移動性能を備えていなければならず、
それらのニーズを満たすには、材料費の節減と軽量化が効果的です。
まさに樹脂という願ったり叶ったりの素材を使用したといえます。
樹脂は金属に比べて加工が容易で軽量安価な分耐久性は落ちますが、
メーカーが原動機付自転車にそこまで過酷な使用を見込んで製造していると考える方が難しい場合もあります。
実際にこの事例の車両はメーター表示で9,000km近く走行し(もしメーターが一周していればプラス10,000km)、
さらに製造から数十年経っています。
メーカーが原動機付自転車にそこまで長期間の使用と走行距離を見込んで製造していると考える方が酷だといえます。
図6は進行方向の180°後ろ側のブッシュの様子です。
変色しているものの、ほとんど摩耗による変形がないことが分かります。 |
【整備内容】
まず偏摩耗していたガイドブッシュを新品に交換することから行いました。
図7は新品のガイドブッシュの様子です。
新品の状態では全体が均一な厚みになっています。
図8、整備され垂直に組み付けられたインナーチューブ |
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図8は整備の完了したフォーク摺動部の様子です。
インナーチューブは絶版なので、錆取りを行い点検清掃し再使用しました。
新品のガイドブッシュにより、アウターチューブに対してインナーチューブが垂直に組み付けられています。
フロント廻りを組み付け後に走行した結果、
右左折を始め、フォークが自然に必要量ストロークすることにより、
コーナーでもスムーズに荷重移動、旋回することができるようになりました。 |
【考察】
原動機付自転車の場合、その販売価格に対するコストから、
構成部品は安価なものを使用している場合が少なくありません。
この事例の場合、本来耐久性を考えればガイドブッシュは金属であることが望ましいといえますが、
重量や材料費から樹脂の設定になっていると考えられます。
実際には別の意図から樹脂のガイドブッシュが使用されているのかもしれませんが、
材料がこのようなものなので、走行すれば比較的早い段階で摩耗が始まり、
フォークの曲がりといった症状が発生してきます。
一般的にスクーターのフロント廻りはカウルに覆われて、タイヤくらいしか確認できない場合が少なくありません。
この事例のフォークは、錆の状態からほとんどメンテナンスがされていなかったと推測できますが、
オーナーが整備を行わなかったという単純な理由のみではなく、当該部分がカウル等に隠れていることにより、
逆に大きな症状が現れない限りは問題ないと判断し、
一般的なユーザーはそのまま乗り続けてしまうといった要素を含んでいることも影響していると考えても良いといえます。
もしフォークの摺動部が外側から簡単に目視できる状態にあれば、
ここまで軸がずれる前に何らかの整備が行われた可能性は少なくありません。
徐々に軸がずれていったとすれば、オーナーはその旋回性能の低下に気づかなかったかもしれません。
いずれにしろ、症状に出ていない部分でも数年に一度は定期的に点検整備が行われていれば、
不具合の発生する前にその傾向を発見することができる場合があります。
やはり日常の足として使用される原付だからこそ、
いつでも容易に始動、安全に走行できるように整備されていなければならないといえます。 |
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